日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成25年6月2日 広布唱題会拝読御書

日女御前御返事

『日女御前御返事』(平成新編御書一二三〇頁)
弘安元年六月二五日  五七歳

日女御前御返事 (平成新編御書一二三〇頁)

御布施七貫文送り給び畢んぬ。嘱累品の御心は、仏虚空に立ち給ひて、四百万億那由他の世界にむさしののすすきのごとく、富士山の木のごとく、ぞくぞくとひざをつめよせて頭を地につけ、身をまげ掌をあはせ、あせを流し、つゆしげくおはせし上行菩薩等・文殊等・大梵天王・帝釈・日月・四天王・竜王・十羅殺女等に、法華経をゆづらんがために、三度まで頂をなでさせ給ふ。譬へば悲母の一子が頂のかみをなづるがごとし。爾の時に上行乃至日月等忝き仰せを蒙りて、法華経を末代に弘通せんとちかひ給ひしなり。


【現代語訳】

お送り頂いた七貫文の御供養を確かに拝受致しました。

さて、法華経嘱累品第二十二において、仏が虚空の中に立たれ、上行菩薩をはじめとした大衆に付嘱をされた仏の御心について申し上げます。

この時には、四百万億那由佗という無限ともいえる広大な世界の中に、続々と大衆が参集いたしました。その有り様を譬えていえば、武蔵野に広がるススキのように、富士山の麓にある樹海の木のように、一分の隙間もなく仏の前に集っているのです。

次から次へと来集した大衆は、仏の前で、膝を折り、頭を地につけ、体を折って手を合わせ、汗がほとばしるほどに懸命な姿でした。

露が密集して一分の隙間もない程に詰めかけた、上行菩薩等の大菩薩や、文殊等の迹化の菩薩、また大梵天王や帝釈天や日天や月天、さらには持国天等の四天王や竜王、十羅刹女等に対して、仏は法華経を付嘱するために三回も頭を撫でられたのです。譬えていえば、悲母が唯一人の我が子の髪の毛を撫でるようなものです。

その時に、上行菩薩や日月等は、仏の尊い命を受けて、仏の滅後に法華経を弘通することを誓ったのです。


【拝読のポイント】

○折伏は仏様の命
末法で南無妙法蓮華経と唱えて折伏に精進する私たちは、仏様との約束を果たしていることになります。仏様の命を守る私たちを、仏様が見捨てるはずはありませんから、どのようなことがあっても真っ直ぐに進むことができます。

○即身成仏の功徳
『御義口伝』に
「三摩の付嘱有るなり。三摩の付嘱とは身口意の三業、三諦三観と付嘱し玉ふなり云云」
と仰せです。三摩(さんま)の付嘱とは三度頭を撫でて法を付嘱したことです。つまり、頭を三度なでて頂き法を付嘱されたことは、身と口と意の三業を懸けて折伏の修行に励む時、三諦三観という仏の覚りを我が身に受けることが叶う、という意味です。換言すれば、折伏の修行は即身成仏の功徳が受けられる、ということです。

ジメジメとした季節です。しかし私たちには、爽やか且つ力強い三千ヘルツの宝物があります。固く信じて唱題と折伏に励むならば、命の中に生えるカビも退散いたします。御精進御精進。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺