日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成25年8月4日 広布唱題会拝読御書

持妙法華問答抄

《御本尊様に心から唱題を》

持妙法華問答抄(平成新編御書二九六頁)
弘長三年  四二歳

持妙法華問答抄 (平成新編御書二九六頁)

重病をたやすくいやすは、独り法華の良薬なり。只須く汝仏にならんと思はゞ、慢のはたほこをたをし、忿りの杖をすてゝ偏に一乗に帰すべし。名聞名利は今生のかざり、我慢偏執は後生のほだしなり


『持妙法華問答抄』は題号に示されますように、妙法蓮華経を持つ功徳や修行の在り方を五つの問答ので明かされたものです。

とくに、最高最勝の法華経を持つことは、観念観法、つまり心の中だけで持つのではなく、固く法華経を信じ、凡夫の狭い心を打ち破って仏様の御心に随った信心が大切であることを示されております。

拝読の箇所は、末法の私たちを「重病」に例え、その病を癒やす「良薬」は南無妙法蓮華経であることを述べられたところです。そして、「良薬」である御題目を唱えるにあたり、心構えとして、「慢のはたほこ」を倒して、貪・瞋・癡の三毒を構成する「いかり」の心から離れることが肝心であることを教えて下さっております。

また、「偏」御本尊様を信じることを勧められております。「偏」は、いちずに、ひたすら、との意ですから、「ひたすら御本尊様の功徳を信じ、いちずに御題目を唱え、疑う心なく修行に励むこと」を教えて下さる御文なのです。この大聖人様の御言葉を忘れないようにしたいものです。
さらに、「名聞名利」などの世間的なことは、ただ現在を飾るだけのものであって、五年後、十年後にはどうなっているかわかりません。まして来世にあっては無きも等しいものである、と知るべきです。さらに、「我は貴い」という思いは、来世を地獄に縛りつける縄でしかない、と厳しく破折されていることは、深く肝に銘じなくてはなりません。

暑い日々がいま少し続きますが、まもなく秋の訪れが感じられるようになります。今しばらくの暑さだと心得、実りの秋を楽しみに唱題に励みましょう。


【語句の意味】

○慢のはたほこ=我慢偏執の旗を付けた鉾。鉾は武器であり、人の命を奪うものです。このことから、「慢のはたほことは」他人の命を奪う慢心ののことです。また、他の命を奪うことは、自らの生命も失うことになるのが因果の法則です。争いは、凡夫の心から生じる慢心であることを示されたお言葉である、といえます。

○一乗=ただ一つの仏乗のこと。仏乗は、すべての人々を仏に導くために用意された乗り物のこと。すなわち、南無妙法蓮華経の御本尊様のこと。

○名聞名利=名聞は世間での名声や評判。また、名誉やよい評判を得るためになす偽善をいう場合もある。名利は世間一般で云われるような名声と、現世で得る利益のこと。

○我慢=我慢は七種の慢心の一つ。自分自身に固執して他人を侮ること。自惚れること。我意を張ること。強情であること。弱さを見せまいとすること。またそのさま(日本国語辞典)。

○偏執=片寄った執着。一つの考えに固執すること(日本語大辞典)。片寄った考えや思いによって他の意見がきけず、他人を恨んだり嫉む心。現在問題になっている「ストーカー行為」は、この「我慢偏執」が姿として現れたものといえる。過去の因縁の上からか、南無妙法蓮華経と唱へながらも、なおこのような行為に走る輩もいる。これは謗法である。

○ほだし(紲)=きずな。かけなわ。牛や馬をつなぐなわ。罪人を獄につなぐ縄。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺