日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成25年9月1日 永代経

法華経の七譬

その六 「髻中明珠の譬え」
○法華経の七譬 その六
【髻中明珠の譬え】
『妙法蓮華経安楽行品第十四』

勇健にして 能く難事を為すこと有るには 王髻中の 明珠を解きて之を賜わんが如く如来も亦爾なり 為れ諸法の王 忍辱の大力 智慧の宝蔵あり 大慈悲を以て 法の如く世を化す 一切の人の 諸の苦悩を受け 解脱を欲求して 諸の魔と戦うを見て 是の衆生の為に 種種の法を説き 大方便を以て 此の諸経を説く 既に衆生 其の力を得已んぬと知っては 後に乃ち為に 是の法華を説くこと 王髻の明珠を解きて 之を与えんが如し 此の経は為れ尊 衆経の中の上なり 我常に守護して妄りに開示せず 今正しく是れ時なり 汝等が為に説く 我が滅度の後に 仏道を求めん者 安穏に 斯の経を演説することを得んと欲せば 応当に 是の如き四法に親近すべし 是の経を読まん者は 常に憂悩無く 又病痛無く 顔色鮮白ならん 貧窮 卑賎醜陋に生れじ 衆生の見んと楽わんこと 賢聖を慕うが如くならん 天の諸の童子 以て給使を為さん 刀杖も加えず 毒も害すること能わじ

(新編法華経 四〇一頁)


【語句の意味】

〇勇建=健全な心身を備えていること。

〇難事=法華経を受持すること。

〇王髻中の明珠=王の髪を束ねその中に大切にしまってある最高の宝物。お経文では、全世界を統一する転輪聖王が、これまで誰にも与えたことのない最高の宝を、厳しい戦いの中で最も手柄を立て部下に与えた、と説かれる。また、最高の宝物とは法華経である、と明かされる。さらに、末法我等の立場では、日蓮大聖人建立の、南無妙法蓮華経の大法のことである。

〇忍辱の大力=辱めに耐え忍ぶことのできる大きな力のこと。

〇智慧の法蔵=あらゆる人々を導く智慧の力を備えていることを、宝の蔵に譬えた言葉。

〇大慈悲=仏が平等に衆生を思う心。絶対平等の仏の心。

〇解脱=覚り。生死の苦しみから離れた心。煩悩から解放された心の状態。

〇諸々の魔と戦う=魔は摩羅(まーら)の略。天台の「摩訶止観」には、有名な三障四魔が説かれている。三障は、@煩悩障・A業障・B報障。四魔は@煩悩魔・A陰魔・B死魔・C天子魔。煩悩障と煩悩魔は共に貪・瞋・癡の三毒から起こる。 業障は悪業によって起こるもので、五逆罪や妻子等がその因となると説かれる。報障は地獄界、餓鬼界、畜生界等の苦しみの報を受けることを云う。陰魔は五陰魔の略。衆生の身体は色陰・受陰・想陰・行陰・識陰の五陰が仮に和合したもので、生きていること自体が苦悩である、とする。死魔は死の苦悩をいい、衆生の命を奪う故に魔という。天子魔は他化自在天子魔(第六天の魔王)で、衆生の善心を破る。また権力者による妨げ等はこれにあたる。

〇種種の法=釈尊が十九歳で出家し、三十歳で覚りを得、七十二歳で法華経を説かれるまでの四十二年間に説かれた多くの経文のこと。

〇大方便=大いなる方便。人々を真実に導くための、巧な教えや手段をさす。

〇四法=@身安楽行A口安楽行B意安楽行C誓願安楽行のこと。@の身安楽行は、身体を安定させて静かな場所で修行をすること。Aの口安楽行は、仏の滅後に法華経を説くとき、穏やかな心で宣説すること。Bの意安楽行は、末世に法が滅しようとしたときに、法華経を持ち読み説くために大慈大悲の心で修行をすること。Cの誓願安楽行は大慈大悲の心で、一切衆生を救う誓願を立てること。

〇憂悩=憂いや悩みのこと。

〇顔色鮮白=顔色が鮮やかな白色であること。

〇貧窮=貧しく困窮していること。

〇卑賎=地位や身分が低いこと。

〇醜陋=容姿のみにくいこと。

〇天の諸の童子=ここでは法華経を説き弘める者を守護する役目の諸天善神のこと。

〇給使=貴人のそばにあって身の回りの世話をする者のこと。

〇刀杖=刀と杖のこと。現代的に云えば、暴力行為などから守られることを「刀杖も加えず」と説かれる。


【現代語訳】

 困難なことに立ち向かう勇気ある者がいたならば、国王は自らの髻の中にある宝珠を取り出し、その者に特別に賜うであろう。諸法の王である如来には、忍辱の大力と智慧の宝蔵があり、大慈悲をもって法を説き世の人々を導くのである。全ての人々が多くの苦悩を受け、覚ることを願って多くの魔と戦う姿を見て、これらの衆生の為に多くの法を説いたのである。法を説くにあたっては、偉大な教化の方法を用いて説かれたのである。衆生が多くの法の意味を理解した後に、この法華経を説いたのである。諸々の教えの最後に法華経を説かれたことは、国王が髻の中にある宝珠を取り出して与えたのと同じである。
 この法華経は尊い経文であり、多くの経文の中で最上の教えである。私はこの法華経を常に大切にして、これまでむやみやたらに開き示すことはしなかったのは、法華経が最も尊い故である。しかし、今が法華経を説く時であり、あなた達のために説くのである。私が入滅した後に、仏道を求める者があって、安らかで穏やかに法華経を説こうとするのであれば、先に説いた四安楽行を実践すべきである。法華経を読むものは、常に憂いや悩みがなく、また病やその痛みもなく、顔色も鮮やかな白色となる。貧しく困窮することもなく、賤しくみにくく生まれることもない。人々がこのような人に会いたいという願は、賢人や聖人を慕う心と同じである。諸天善神が給仕となり、周囲からの暴力的な行為からも、毒をもって殺害しようとするような行為からも守られる。


【解説】

 お経文の中で説かれる王は転輪聖王のことです。この王は、武力を用いることなく正法の力で全世界を統一する王です。輪宝を所持し、この輪宝を転じて環境世界を穏やかにして、衆生をして王の威徳に、心から従うようになることから、この名が付けられたと云われております。

 転輪聖王が国々を従えるために大軍を催し、家臣を督励し、戦功があった者には種々の褒賞を与えました。しかし、最高の褒賞を与えることはありませんでした。その理由は、みだりに最高の褒賞を与えることで不信を懐かせることになる、という理由からです。

 この譬では、転輪聖王が仏様、家臣が私たち凡夫、また与えられた種々の褒賞が爾前権教、最高の褒賞が法華経となります。

 日蓮大聖人様は『持妙法華問答抄』で、
「嬉しいかな、釈尊出世の髻の中の明珠、今度我が身に得たる事よ。十方諸仏の証誠としているがせならず」(御書・三〇〇)
と仰せになり、釈尊の説き顕した最高の教えである法華経を、末法の現在日蓮が覚ったのである、このことを、一切の仏が証明しているからこれほど嬉しいことはない、と述べられております。この御文は竜の口で末法の御本仏としてのお立場を顕かにされる以前のものですから、「釈尊出世の髻の明珠」と述べられて、一往の上から釈尊を立てております。しかし、法華経文底の立場である日蓮正宗の信仰では、三大秘法の御本尊様が「明珠」であることは明確な事実です。

 したがって、「髻中明珠の譬え」を私たちの立場で拝しますと、御授戒を受けて、南無妙法蓮華経と唱えた時、直ちに最高最勝の宝物を、日蓮大聖人様より賜ったことになります。お経文にあるように、「みだりに与えることのない」最高の宝を得ることが叶っているのですから、過去からの因縁を誇りに思うべきです。

 そして、「是の経を読まん者は 常に憂悩無く 又病痛無く 顔色鮮白ならん 貧窮 卑賎醜陋に生れじ」と説かれる仏様のお言葉を素直に信じることが肝要です。仏様のお言葉を信じるならば、その心が姿にも形にも表れます。憂いや悩みも良い方向に展開し、病や痛みも苦痛とは思わずに、成仏の種である、と思えるようになります。周りからは、尊く気高い立派な姿に見られるようになります。生活は貧しくとも心は豊かに、地位や身分は低くともそれを恥じることなく仏様の使をすることで最高の姿形となってまいります。そのためにも、大聖人様のお使いとして、御本尊様の信仰を周囲の方々に教える修行に励むことが大切なのです。

 九月に入ったとはいえ、暑い日々が続くようです。ご自愛をお祈り致します。

(日蓮正宗佛乘寺)

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