日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成25年10月1日 永代経

法華経の七譬

その七 「良医病子の譬え」
『如来寿量品第十六』法華経七譬 その七
【良医病子の譬え・ろういびょうしのたとえ】


〇釈尊の教えでは(文上の教えでは)
 良医(父)=釈尊。
 良薬=法華経。
 毒薬=誤って飲んだ薬。
 病子=声聞・縁覚・菩薩。

〇日蓮大聖人様の教えでは(文底の教えでは)
 良医(父)=久遠元初の自受用報身如来・末法の御本仏日蓮大聖人様。
 良薬=南無妙法蓮華経の御本尊様。
 毒薬=念仏や真言や禅などの教え。
 病子=末法の私たち。


〔お経文〕
「譬如良医。智慧聡達。明練方薬。善治衆病」
例えば、智慧の勝れた医師がいるとします。その医師はあらゆる薬を調合して人々の病を癒やすことができます

「其人多諸子息。若十。二十。乃至百数」
その医師にはたくさんの子供がおります。その数は、十人・二十人乃至百数十人です

(略)

「此大良薬。色香美味。皆悉具足。汝等可服。速除苦悩。無復衆患」
色も香りもすべて具えた大良薬をここに置きます。服用したならば、あなたの苦悩は速やかに除かれるばかりか、患(うれい)も無くなります

「其諸子中。不失心者。見此良薬。色香倶好。即便服之。病尽除愈」
子供たちの中で、心を失わない者は色も香りも好い薬を見て、即座に服用したところ、病は尽く除かれて平癒しました

「求索治病。然与其薬。而不肯服。所以者何。毒気深入。欠本心故。於此好色香薬。而謂不美」
同じように、病を治そうとし薬を求めている他の子供達にも同じように薬を与えましたが、飲むことができません。それは、毒気が深く入っており、本心を失い、色も香りも好い薬を不美味(まずい)と思っているからです

(略)

「我今当設方便。令服此薬。即作是言。汝等当知。我今衰老。死時已至。是好良薬。今留在此。汝可取服。勿憂不差」
そこで、医師でもある父は、方便を用いてこの薬を飲ますことにしよう、と考えて次のように云いました。「あなた達の父は年老いてまもなく死ぬであろう。是の好き良薬を今此に留めおきます。あなた達は手に取って服しなさい。差(いえ)ることがないとしても憂いてはなりません」と

(略)

「作是教已。復至他国。遣使還告。汝父已死」
是の教えの後に、他の国に至り、遣いを出し、子供たちに告げさせました。あなた達の父はすでに死にました、と

「是時諸子。聞父背喪。心大憂悩。而作是念。若父在者。慈愍我等。能見救護。今者捨我。遠喪他国。自惟孤露。無復恃怙。常懐悲感」
この時、父が背喪(はいそう・死ぬこと)した、と聞いた子供たちは心が大きな憂いと悩みに支配されました。そして、父が死んでしまい、頼る所がない私たちは孤児になってしまった。いったいどのようにすればよいのだろうか、と常に嘆き悲しむようになりました

「心遂醒悟。乃知此薬。色香味美。即取服之。毒病皆愈」
そのような心になって、やっと心が醒め、その時にはじめて父の言葉を理解することができました。そして、色も香りも味もよい薬を手にして服することにより、毒の薬による病を癒やすことができたのです



@『御義口伝』(一七六八頁)
「諸子とは謗法なり、飲毒とは弥陀・大日等の権法なり。今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉るは毒を飲まざるなり云云」


A『御義口伝』(一七六八頁)
「御義口伝に云はく、毒気深入とは権教謗法の執情深く入りたる者なり。之に依って法華の大良薬を信受せざるなり。服せしむと雖も吐き出だすは、而謂不美とてむまからずと云ふ者なり。今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者は而謂不美の者に非ざるなり」


 本門戒壇の大御本尊様が建立された功徳溢れる十月です。大聖人様が滅不滅の相を示された意義深き十月です。季節も実りの秋を迎えました。私たちも、共々に自他共の幸せを願って精進をいたしましょう。

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