日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成25年11月3日 広布唱題会拝読御書

日興跡条々事

《富士の立義》

日興跡条々事(平成新編御書一八八三頁)
元弘二年一一月一〇日

日興跡条々事 元弘二年一一月一〇日 (御書一八八三頁)

一、本門寺建立の時、新田卿阿闍梨日目を座主と為し、日本国乃至一閻浮提の内、山寺等に於て、半分は日目嫡子分として管領せしむべし。残る所の半分は自余の大衆等之を領掌すべし。

一、日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし。

一、大石寺は御堂と云ひ墓所と云ひ日目之を管領し、修理を加へ勤行を致して広宣流布を待つべきなり。

 右、日目は十五の歳、日興に値ひて法華を信じて以来七十三歳の老体に至るも敢へて違失の義無し。十七の歳、日蓮聖人の所に詣で甲州身延山 御在生七年の間常随給仕し、御遷化の後、弘安八年より元徳二年に至る五十年の間、奏聞の功他に異なるに依って此くの如く書き置く所なり。仍って後の為証状件の如し。

   十一月十日
                              日興花押


 日興上人から日目上人への御付嘱状です。日興上人が御遷化になる三ヶ月前の元弘二年十一月十日の日付があります。今を遡ること六百八十一年前。

 ここに、「日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし」と大御本尊の事に関する明確なお言葉があります。すなわち、現在総本山の奉安堂に御安置申し上げる本門戒壇の大御本尊様は、大聖人様から日興上人へ相伝され、さらに日目上人・日道上人と代々の御法主上人が相伝されるべきものであることを示されているのです。ですから、私たちは代々の御法主上人のお許しを得て御開扉を受けることが出来る、との筋道を忘れてはならないのです。

 また、「大石寺は御堂と云ひ墓所と云ひ日目之を管領し、修理を加へ勤行を致して広宣流布を待つべきなり」と仰せです。このお言葉に、我等の信仰は座して広布を待つのではなく、積極的に行動して広布を実現して行く方途を示されております。

 いわゆる、「修理を加え勤行をいたし」とのお言葉です。今月の十九日には待望の御影堂大改修落慶法要が奉修されますが、これも日興上人の仰せを守り、御影を御安置する堂宇に修理を加えることであり、修理の為には行動を起こさなければならないことは自明の理です。したがってこの度の大改修にも、広宣流布への強い願が表れているのです。

 平成の法華講衆である私たちがその慶事に巡り会い、そこで修行に励むことの素晴らしさを自覚し、未来広布に向かって自行化他の修行に励みましょう。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺