日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成25年12月8・13日 日蓮大聖人御報恩御講拝読御書

祈祷抄

祈祷抄 (平成新編御書六二四頁)
文永九年  五一歳

祈祷抄 (平成新編御書六二四頁)

仏さまざまの難をまぬかれて御年七十二歳、仏法を説き始められて四十二年と申せしに、中天竺王舎城の丑寅、耆闍崛山と申す山にして、法華経を説き始められて八年まで説かせ給ひて、東天竺倶尸那城の跋提河の辺にして御年八十と申せし、二月十五日の夜半に御涅槃に入らせ給ひき。而りといへども御悟りをば法華経と説きをかせ給へば、此の経の文字は即釈迦如来の御魂なり。一々の文字は仏の御魂なれば、此の経を行ぜん人をば釈迦如来我が御眼の如くまぼり給ふべし。人の身に影のそへるがごとくそはせ給ふらん。いかでか祈りとならせ給はざるべき。(御書・六二四頁)


【現代語訳】

釈尊は様々な難を免れて七十二歳の時、仏法を説き始められて四十二年目に、中天竺の王舍城の丑寅の方角にあたる耆闍崛山という山において、法華経を説き始められました。法華経を八年の間に説かれた後、東天竺倶尸那城の跋提河のほとりで八十歳の二月十五日の夜半に涅槃されました。
涅槃されたとはいえ、釈尊のお悟りを『法華経』と説き置かれましたので、この法華経の文字はただちに釈迦如来の御魂です。法華経の一文字ひと文字が釈尊の御魂であれば、この経によって修行をする人を釈迦如来は我が御眼のように護って下さるのです。人の身に影がそうように、(法華経を行ずる私たちの身に)立ち添って護って下さいます。どうして私たちの祈りが叶わないことがありましょうか。


【語句の意味】

中天竺(ちゅうてじく)=天竺はインドの古代の呼び名。中天竺はインドの中央部のこと。

王舎城(おうしゃじょう)=中天竺にあった摩竭陀国(まかだこく)の都の名前。釈尊が説法をした所である。阿闍世王が国王として治めた。

丑寅(うしとら)=東北の方角。

耆闍崛山(ぎしゃくせん)=釈尊が法華経を説かれた霊鷲山のこと。山の頂が鷲の頭に似ているところから付けられたといわれている。

東天竺(ひがしてんじく)=インド東部のこと。

倶尸那城(くしゃなじょう)=古代インドにあった十六大国の一つ、摩羅国の都クシナガラの城。

跋提河(ばつだいが)=クシナガラを流れる河。熙連禅河(きれんぜんが)ともいう。この川の辺にあった沙羅林で釈尊は涅槃を迎えた。

涅槃(ねはん)=仏が入滅すること。日寛上人が『立正安国論』の「牛馬巷に斃れ」の御文について講義された箇所には次のようにある。
仏の死を涅槃といい、衆生の死を死といい、而して天子に崩御といい、諸候に薨といい、太夫に不禄といい、智人に遷化といい或は逝去といい、将軍に他界といい、平人に死といいまた遠行といい、牛馬の死を斃というなり。若し人、不義を行えば則ち牛馬に同じ。故に左伝に云く「多く不義を行えば必ず自ら斃る」と云云


〇『祈祷抄』は、文永九年(一二七二年)に、佐渡で顕された御書です。この時大聖人様は五十一歳でした。佐渡の島に住していた最蓮房に与えられた書であると伝えられております。御法門について大聖人様に質問したことへの御返事です。
ことに、
大地はさゝばはづるとも、虚空をつなぐ者はありとも、潮のみちひぬ事はありとも、日は西より出づるとも、法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」(御書・六三〇頁)
との仰せは、私たちにとってまことに有り難く、また頼もしいお言葉です。


〇自我偈(その四)

我見諸衆生 没在於苦海 故不為現身 令其生渇仰 因其心恋慕 乃出為説法 神通力如是 於阿憎祇劫 常在霊鷲山 及余諸住処 衆生見劫尽 大火所焼時 我此土安穏 天人常充満


【書き下し】

我諸の衆生を見るに 苦海に没在せり 故に為に身を現せずして 其をして渇仰を生ぜしむ 其の心の恋慕するに因って乃ち出でて為に法を説く。神通力是の如し 阿僧祇劫に於て 常に霊鷲山 及び余の諸の住処に在り 衆生劫尽きて大火に焼かるると見る時も 我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり


【現代語訳】

私は多くの衆生が皆一様に、苦海に落ち、もがきあえいでいるように見えます。ですから、私は直接姿を現さずに、彼らの心に私を仰ぎ慕う気持ちが生じるように、と計ったのです。そして、彼らが私を恋い慕う心を持ったならば、そこにはじめて身を顕して法を説くのです。

(私の)神通力はこのようなものです。十の五十九乗という長い長い時間、常に霊鷲山やその他のあらゆる所に住しております。 衆生が(この世界の)劫がつきて (人々の住むこの世界が)大火に焼き尽くされると見えるときであっても、私の常住するこの国土は安らかであり穏やかなのです。天人も常に満ちあふれております。


【ポイント】

「心懐恋慕」と長行で説かれ、自我偈では「因其心恋慕」と説かれます。どちらも、仏を心から恋慕することの大切さを説かれたものです。いずれも仏が姿を顕さないのは衆生に恋慕の心を起こさしめるためである、との教説です。思いますに、「孝行したい時に親はなし」という言葉もあるように、私どもは常にあると思う故に有り難さにどんかんになるのでしょう。そのような衆生を喚起するうえでの迹佛の化導である、ともいえます。

一方、日蓮大聖人様の御化導は、『国府尼御前御書』で、
「日蓮こいしくをはせば、常に出づる日、ゆうべにいづる月ををがませ給へ」(御書・七四〇頁)
と仰せになります。佐渡に住していた国府尼(こうあま)に、「日蓮は太陽や月のように、常にあなたの前におります。ですから、あなたも強い心で御題目を唱えなさい」とのお手紙を与えご信心を励まして下さっております。

また、同じ佐渡に住していた阿仏房には、
「日蓮がこいしくをはせん時は学乗房によませて御ちゃうもんあるべし」(御書・一二五三頁)
と仰せです。日蓮のことを思うならば、あなたに差し上げた手紙を学乗房に読ませ、南無妙法蓮華経の教えを聴聞しなさい、ということです。末法の私たちの機根と、在世の衆生の機根の違いでもあります。御本仏と迹佛との違いです。

つまり、釈尊のように、姿を隠して恋慕の心を起こさしめるのではなく、大聖人様は、太陽や月のように三百六十五日一時も休まずに見守っています、導きます、と仰せ下さるのです。この御化導に、久遠元初の仏様のお姿を拝することができる、と思います。さらに、御本尊としてお姿を留め下さったのです。

『守護国家論』
亦云はく「我此土安穏」文。 此の文の如くんば本地久成の円仏は此の世界に在せり。此の土を捨てゝ何れの土を願ふべきや。故に法華経修行の者の所住の処を浄土と思うべし。何ぞ煩はしく他処を求めんや。(御書・一五五頁)

『御義口伝』
大火所焼時とは実義には煩悩の大火なり。我此土安穏とは国土世間なり。(御書・一七七〇頁)

年末の慌ただしい時期を迎えました。寒さもつのります。このような時こそ、『四条金御殿御返事』に、
「法華経の御信心強盛なれば大難もかねて消え候か」(御書・一二九二頁)
との仰せを心に留め共に行じて良き年を迎えましょう。ご自愛の程お祈り申し上げます。  

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