日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成25年12月1日 広布唱題会拝読御書

折伏

《明年を迎える準備の十二月に》

顕仏未来記(平成新編御書六七六頁)
文永一〇年閏五月一一日 五二歳

顕仏未来記 (御書六七六頁)

彼の二十四字と此の五字と其の語殊なりと雖も其の意之同じ。彼の像法の末と是の末法の初めと全く同じ


 慌ただしい年末を迎えました。皆さまにはお元気で十二月の唱題会に参詣され、御法主日如上人と心を一つにする唱題に励まれましたことは、過去世からの貴い因縁であるとお慶びを申し上げます。

 本日は海外信徒登山のため、不在となっておりますが、ご理解下さるようお願いいたします。

 申すまでもありませんが、私たちの信心は日蓮大聖人様の御遺命である「広宣流布」を目指して折伏行に励むことにつきます。法華経の『常不軽菩薩品第二十』には常不軽菩薩の折伏行が説かれております。

 この常不軽菩薩は、威音王仏の滅後、像法時代に出世した菩薩で、全ての衆生に仏性があることを説き、次のような修行に励みました。
「我深敬汝等。不敢軽慢。所以者何。汝等皆行菩薩道。当得作仏」

【我深く汝等を敬う。敢えて軽慢せず。所以は何ん。汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし】 (新編法華経 五〇〇頁)

 意は、(不軽菩薩である)私は、あなた方を深く敬います。決して軽蔑したり謗ったりはいたしません。何故ならば、あなた達は菩薩の修行をして仏に成ることができるからです」というものです。

 この経文について、大聖人様は、『顕仏未来記』では
「彼の二十四字と此の五字と其の語殊なりと雖も其の意之同じ。彼の像法の末と是の末法の初めと全く同じ」(六七六頁)
と仰せです。

現代語に訳してはいすれば、
「不軽菩薩が唱えた『我深敬』等の二十四字と、日蓮が今唱える題目の五字は、その言葉は違うが意は同じである。不軽菩薩の像法の終わりと今の末法之初めは同じ修行なのである」
という意味になります。

 つまり、折伏の修行は日蓮大聖人様が勝手に仰せ出されたものではなく、お経文の中に説かれていることであり、それを末法において実践されていることをあきらかにされているのです。

 勿論、御本仏大聖人様のお立場から拝すれば、一切が大聖人様の随自意のお振る舞いですから、折伏は大聖人様の御命であることは当然のことです。

 その御本仏のお振る舞いの一分でも私たちが行ずることが叶うならば、私たちにも仏様の功徳の一分を受けることが出来ます。

 世情は安穏ではありませんが、このような時こそご信心を第一に、南無妙法蓮華経を唱えて明るく楽しい新年であるように祈ってまいりましょう。

日寛上人『観心本尊抄』文段に曰わく
「この本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば、則(すなわ)ち祈りとして叶わざるなく、罪として滅せざるなく、福として来たらざるなく、理として顕れざるなきなり」(観心本尊抄文段)

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日蓮正宗向陽山佛乗寺