日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成26年2月2日 広布唱題会拝読御書

佐渡御勘気抄
佐渡御書

《春はもうすぐです》

佐渡御勘気抄(平成新編御書四八二頁)
文永八年一〇月初旬 五〇歳

佐渡御勘気抄 (御書四八二頁)

日蓮は日本国東夷東条安房国、海辺の旃陀羅が子なり。いたづらにくちん身を、法華経の御故に捨てまいらせん事、あに石に金をかふるにあらずや。


【現代語訳】

日蓮は日本国の東部、安房国の海辺で旃陀羅の子として生まれました。その地で人生を過ごして空しく朽ち果てるであろう身であった。ところがこの度、法華経の為に命を捨てることとなった。まさしく「石を金に替える」とはこのことである。


【語句の意】

○東夷(とうい)= 京都からみて、東国の人、特に無骨で粗野な東国武士をあざけっていった語(大辞泉)。

○東条(とうじょう)=現在の千葉県鴨川市にかつてあった地名。

○安房国(あわのくに)=房総半島の先端部分に位置した旧国名。

○旃陀羅(せんだら)=《(梵)ca???laの音写》インドで、四姓外の、最下級とされた階級。狩猟・と畜などを生業とした(大辞泉)。日本にあっても、最下級の賤しい身分と見なされて、差別を受けていた。


佐渡御書(平成新編御書五八〇頁)
文永九年三月二〇日 五一歳

佐渡御書 (御書五八〇頁)

不軽菩薩の無量の謗法の者に罵詈打擲せられしも、先業の所感なるべし。何に況んや、日蓮今生には貧窮下賤の者と生まれ旃陀羅が家より出でたり。


【現代語訳】

不軽菩薩が多くの謗法の者達から悪口を言われ罵られ、拳や杖などで打ち叩かれるのも先業の報いである。まして日蓮は今生には貧しく下賤の身として旃陀羅の家に生を受けたのである。


【語句の意】

○不軽品=法華経常不軽菩薩品第二十のこと。この中で説かれる常不軽菩薩の修行を、大聖人様は末法今日の私たちの折伏行である、とお示しになる。不軽菩薩は、「我深く汝等を敬う。敢えて軽慢せず。所以は何ん。汝等皆菩薩の道を行じて、当に作佛することを得べし」と常に礼拝の修行に励み、過去世の罪障を消滅したことが説かれている。

○先業=前世での善悪の業。

○貧窮下賤=貧しく賤しいこと。


 二月十六日は大聖人様のお誕生日です。大聖人様は、自らのご出自を「旃陀羅が子」と仰せになります。このお言葉に、末法のご本仏としての御確信を拝するものです。これは、「示同凡夫」といって、末法の仏様は私たち凡夫と同じお姿をもって、私たちの中にあって、私たちを導いて下さることを表しているのです。

 自らの置かれている立場や環境に臆することなく、大聖人様の弟子たる自覚のもと、寒さに負けないで進んでまいりましょう。大聖人様は仰せです。

「冬は必ず春となる」 と。励みましょう。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺