日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成26年8月 盂蘭盆会

上野殿御返事

○お盆にあたり亡き方々への思いの表し方を宗祖日蓮大聖人のお手紙から学びたいと思います。

上野殿御返事(平成新編御書八二四頁〜八二五頁 要点を抜粋)

@ さつきの二日にいものかしらいしのやうにほされて候を一駄、ふじのうえのよりみのぶの山へをくり給びて候(八二四頁)

【通解】

五月二日に、石のように堅く干した芋のかしら一駄を、富士上野から身延の山中へお送り下されたことに御礼を申します。


A 山里の事ををもひやらせ給ひてをくりたびて候。所詮はわがをやのわかれのをしさに、父の御ために釈迦仏・法華経へまいらせ給ふにや、孝養の御心か(八二五・一行目)

【通解】

山里でのことを心配されお送り下さいました。思いますに、このことは、亡き父上との別れの辛さから、追善供養の心を起こし、御本尊様への御供養となって顕れたものでしょう。親孝行なお心です。

※ここで「釈迦仏・法華経」とあるのは、御本尊様のことです。注意が必要です。

B いよいよ強盛なるべし。さるほどならば聖霊仏になり給ふべし。成り給ふならば来たりてまぼり給ふべし。其の時一切は心にまかせんずるなり(八二五・六行目)

【通解】

ますます強盛に御信心に励むべきです。貴男が強い信心であるならば、亡き父上は必ず成仏なさるでありましょう。そして成仏なさった父上が必ず貴男を守って下さいます。その時には、あらゆる障害が消えて、貴男は自在の境界を開くことができます。


この御文の意を要約しますと、
 一、亡き父を思う心から大聖人様に御供養を申し上げる上野殿の御心。
 二、その御心をより一層強盛に持続するならば、亡き父の成仏は疑ない
 三、仏と成った亡き父の加護により、子の上野殿は自在の境界を開くことが叶う。
の三点です。

つまり、亡き方を思う修行は、自らのためでもある、ということです。このような大聖人様の御教えに随い、私たち日蓮正宗の僧俗は、七百五十年の間、追善供養を成仏のための大切な修行の一環として執り行ってまいりました。この精神は未来まで変わりません。

ご参詣の皆さまには、大聖人様が上野殿を通して教えて下さる追善供養の意味を深く心に留め、暑い毎日ではございますがご精進を重ねられますよう念願いたします。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺