日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成26年10月5日 広布唱題会拝読御書

聖人御難事

聖人御難事(平成新編御書二五〇頁)
弘安二年十月一日 五八歳

聖人御難事 (御書二五〇頁)

彼のあつわらの愚癡の者どもいゐはげましてをとす事なかれ。彼等には、たゞ一えんにをもい切れ、よからんは不思議、わるからんは一定とをもへ。ひだるしとをもわば餓鬼道ををしへよ。さむしといわば八かん地獄ををしへよ。をそろしゝといわばたかにあへるきじ、ねこにあへるねずみを他人とをもう事なかれ。此はこまごまとかき候事は、かくとしどし月々日々に申して候へども、なごへの尼・せう房・のと房・三位房なんどのやうに候をくびゃう、物をぼへず、よくふかく・うたがい多き者どもは、ぬれるうるしに水をかけ、そらをきりたるやうに候ぞ。


今から七百三十五年前の十月に認められた御書です。

「熱原の法華講衆を励まして、退転することがないように、異体同心の信心を」
とのお言葉から、当時の切迫した様子が伝わってまいります。

富士熱原から鎌倉に連行され、囚われの身となり、その上蟇目の矢をいか蹴られるなどの拷問を受けながらも、退転することなく信心を貫くことができたのは、このような励ましの御言葉があったからです。大聖人様の励ましは続きます。

「生を受けたときから死は定まっている。法のために命を捧げることで来世の成仏は疑いのないところである。だから、執着の心を排して南無妙法蓮華経と唱えるべきである。濁世末法の娑婆世界なのだから、よいことは不思議なこと、悪いことが当たり前である、と思いなさい。ひもじいというのであれば餓鬼道を教えなさい。寒いというのであれば八寒地獄を教えなさい。恐怖に怯えているならば鷹に狙われたキジ、猫の前のねずみが我が身であると思いなさい。こまごまと書くのは、つねに申していても、名越の尼や三位房のような臆病で無智で欲深く疑い多き者たちにとっては、漆を塗った板にいくら水をかけても染み込むことがないように、大空に向かって刀を振り回してもなにも切れないのと同じように、切りつけるように全く無駄なことになってしまったからである」と。

大聖人様の仰せを深く信じて、南無妙法蓮華経と唱へ続け、ついには法に殉じた神四郎、弥五郎、弥六郎等をはじめとする熱原の法華講衆の信心があって、本門戒壇の大御本尊様が建立されたことを私たちは忘れてはなりません。

十月十二日は本門戒壇の大御本尊様が建立された日であり、翌十三日は大聖人様が滅不滅のお姿を明らかにされた日です。いつもの月に増して意義深きことを思い、自他ともの幸せを願い唱題と折伏に励んでまいりましょう。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺