日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成26年12月 日蓮大聖人御報恩御講拝読御書

下山御消息

下山御消息(平成新編御書一一三九頁)
建治三年六月  五六歳

下山御消息 (御書・一一三九頁)

正直の初心の行者の法華経を修行する法は、上に挙ぐるところの経々宗々を抛ちて、一向に法華経を行ずるが真の正直の行者にては候なり。而るを初心の行者、深位の菩薩の様に彼々の経々と法華経とを並べて行ずれば不正直の者となる。世間の法にも□□□□□かねたるがごとし。家には殺害を招き、子息は父定まらず。賢人は二君に仕へず、貞女は両夫に嫁がずと申すは此なり。又私に異義を申すべきにあらず。如来は未来を鑑みさせ給ひて、我が滅後正法一千年像法一千年末法一万年が間、我が法門を弘通すべき人々並びに経々を一々にきりあてられて候。而るに此を背く人世に出来せば、説ひ智者賢王なりとも用ゆべからず。


【現代語訳】

正直で素直な心の初心の行者が法華経を修行する方法は、上述したように阿弥陀経や華厳経や大日経等の経文、またそれらを依りどころとする真言宗や念仏宗や禅宗等の諸宗を投げ捨てて、ひたすら法華経の修行をすることです。これが真実の行者です。

ところが、初心の行者が深い位に到達した菩薩のように、念仏や真言や禅などの爾前経と法華経とを並べて同時に修行するのであれば、それは不正直の者となります。世間の教えでも○○○○かねたるがごとし、とあります。家には殺害を招き、子息は父親が定まらないのです。したがって、「賢人は二人の主君に仕えることはなく、貞淑な女性は二人の夫に嫁ぐことはない」とされるのです。

これらの解釈は日蓮が自分勝手に申し立てているのではありません。如来が未来世のことをお考えになり、如来が入滅された後の、正法一千年、像法一千年、末法一万年の間に、如来の法門を弘通すべき人々とその時に用いる経文を一つ一つ明確に定められているからです。

如来は未来を見通されて自らの亡き後、自らの法門を弘通すべき人々と弘めるべき経を一つ一つ明確に定められております。これに背く人が世に現れたならば、たとえ智者・賢王といわても用いてはなりません。


【語句の意味】

○正直=世間一般ではウソやいつわりのないまっすぐな心をいう。仏法では、方便を説かず、直ちに真実を説く円教を指す。すなわち法華経のこと。ここでは世間一般の意。

○初心=初めて心を起こして仏道に入る人の志のこと。

○一向=一つのことがらに専念して他のことを考えない意を表す語。ひたすら、いちずに。

○行者=仏道修行をする人のことをいう。修行者。本日参詣の皆さまのこと。

○上に挙ぐるところの経々宗々=此れまで述べてきたように、ということ。この御文の前に「法華経には『正直に方便を捨てゝ 但無上道を説く』云云。涅槃経には『邪見の人』等云云。邪見方便と申すは華厳・大日経・般若経・阿弥陀経等の四十余年の経々なり。捨とは、天台の云はく『廃るなり』と。又云はく『謗とは背くなり』と述べられておるところを指します。

○抛ちて=投げ捨てること。惜しげもなく捨てること。

○深位の菩薩=修行が進み深い悟りの位にある菩薩のこと。『其中衆生御書』には「発起影向等の深位の菩薩は十方の浄土より娑婆世界へ来たり」(御書・九二七頁)とある。「発起影向等」とは、釈尊の説法を助けた文殊菩薩や観音菩薩や薬王菩薩のこと。

○並べて行ず=二仏あるいは三仏を並べて本尊とすること。またあるときは釈尊の仏像、あるときには大日如来の仏像とその時々で手を合わせる対象が変わること。例えば、釈迦仏と阿弥陀仏とを並べてその前で手を合わせたり、あちこちの神社に参拝することも広く言えば並べて行ずることになり、誤った信仰の姿が表れたものである。

○世間の法にも□□□□□=この御書が認められたのは今から七百三十七年前の建治三年(一二二七七年)です。その間、先輩の方々が守り伝えて下さったのですが、残念ながらこの箇所のように判読が出来ないものや、全体が焼失したものもあります。その代表的なものが『開目抄』です。身延山で保管されておりましたが、明治八年の火災で焼失し、現在は御真蹟を拝することが出来ません。誠に残念なことです。大聖人樣がどのようにお書きになったかを知る術は今となってはありません。ただ日興上人をはじめ多くの方々の写本がありますので、大聖人様のお心を私たちは学ぶことができます。しかし、「一念三千の法門は文の底に秘し沈めて」という『開目抄』で最も大切な「文底秘沈」を説かれた箇所については、御真筆が失われておりますことを良いことに日蓮宗身延派等は、「ほおかむり」を決め込んでいるのが実状です。残念なことです。しかし、このようなこともあると大聖人様はおぼし召して、日興上人に仏法の深義の全てを御付属されたのです。日興上人が『遺誡置文』で「当門流に於ては御抄を心肝に染め極理を師伝して」(御書・一八八四頁)と仰せになる意はここにあります。つまり、大聖人様のお書きになった御文が失われるようなことがあっても、唯授一人の御法主上人の御指南を拝することによって大聖人様のお心を拝することが叶う、という意味なのです。御書を根本にすることはあたりまえのことですが、それ以前に、大聖人様の教えの全ては代々の御法主上人が受け継がれそれを私たち弟子檀那に伝えて下さっていることを忘れてはならないのです。これが日蓮正宗の信仰です。そのことをこの御書の欠けた部分から学ぶことができます。

○家には殺害を招き=後に出る「賢人は・・・」に関することだと思われる。つまり、複数の主に仕えることで、相反する命を受けることが考えられる。その場合、一家の中で親と子が対立して殺害に及ぶような事態に立ちいたることも考えられることからの意と思われる。

○子息は父定まらず=後にでる「貞女・・・」に関わるもので、父親が二人おればどちらの子であるかがわからない、という問題が生じること。筋道の通った後継者を定めることは封建時代では大切な徳目であったことを思うと、ここが混乱すると一家が滅亡する元になる。

○賢人は二君に仕へず=忠臣は二君に仕えず、と同じ意。忠誠心の強い人、徳があり賢明な人は最初に仕えた主君の恩や真義を守り、死ぬまで他には仕えないこと。

○貞女は両夫に嫁がず=たとえ夫と死別したとしても再び嫁ぐことなく墓を守り舅姑に仕える女性の行動規範のこと。出典は中国古代の思想書である史記であることから、儒教の色合いが強い文言であると思える。

○如来=仏のこと。ここではインドに出現されて種々の教えを説かれ人々を導いた釈尊のこと。

○鑑みる=神仏が明らかに見ること。

○我が滅後正法一千年像法一千年末法万年=釈尊が入滅した後の年代を三つに分け、その時代時代に弘まる法と弘める人が示されている。正法時代には迦葉や阿難、竜樹天親等が小乗教や権大乗教を弘め、像法時代には天台や伝教が法華経の迹門を弘め、末法には大聖人様が法華経独一本門の南無妙法蓮華経を弘め、私たち衆生を成仏に導くこと。


『下山御消息』の大意

 当抄は建治三年(一二七七年)六月、身延で述作されました。大聖人五六歳の御時です。与えられたのは甲斐国(山梨県)南巨摩郡下山の地頭、下山兵庫五郎光基(しもやまひょうごごろうみつもと)です。日興上人が十大部に選定されております。御真蹟の大部分は各所に分散され保存されておりますが、紛失した箇所もあります。

 御書の最後に、差出人として「僧 日永」(一一六〇頁)となっております。このことから日蓮大聖人の書かれたものではない、と思われるかも知れません。「僧日永」とは、下山兵庫の子供で日興上人に折伏され大聖人の弟子となった「因幡房日永(いなばうにちえい)」のことです。日永は天台宗の僧侶であり、天台にありながらも念仏の修行を強盛にしておりました。しかし、日蓮大聖人の教えが末法の真実の教えであることを日興上人に教えられ、大聖人の門下となったのです。

 ところが、父親の下山兵庫は念仏の強信者でありましたので、日永が法華経の信仰に変わったことを快く思いませんでした。思わないばかりか法華経信仰を妨害するようなことになったのです。そこで、日永は日蓮大聖人にお願いして、父親への折伏の手紙を書いて頂いたのです。この手紙の後、下山兵庫は、念仏の信仰を捨てて日蓮大聖人に帰依し、大聖人御在世の間は外護に励みました。

 長文ですが簡単に大要を述べますと、冒頭で、日永が父親の下山兵庫から念仏信仰を捨てて日蓮大聖人の信仰をするようになったことを強く責められたことに対して、その顛末を詳しく述べられています。その中で「日蓮聖人」と記され、日永が認め父親を折伏する書であることを強調されていますが、前述した如く日蓮大聖人がお認めになったものです。全体として、わかりやすいお言葉でお認め下さっております。例えば、
小善還って大悪となる。薬変じて毒となる。(御書・一一三八頁)
や 、本日拝読致しました、
上に挙ぐるところの経々宗々を抛ちて、一向に法華経を行ずるが真の正直の行者にては候。
との御指南は、私たちの日頃の折伏の手引きとして誠に有用な御文であると思います。ゆえに、長い御文ではありますが、最初から最後まで拝読し、「折伏の時にはここが使える」と思ったところには、線を引き、あるいはノートに書き写して何度も拝読し、心に入れておきたいものです。

 文末には、
此の御房は唯一人おはします。若しやの御事の候はん時は御後悔や候はんずらん。世間の人々の用ひねばとは一旦のをろかの事なり。上の御用ひあらん時は誰の人か用ひざるべきや。其の時は又用ひたりとも何かせん。人を信じて法を信ぜず。(御書・一一六〇頁)
と認められております。

 「此の御坊」とは日蓮大聖人様を指します。ゆえに、ここの御文の意を私たちの立場で拝しますと、
「日蓮大聖人様は末法において唯お一人の、かけがえのない大切なお方です。でありますから、今、日蓮大聖人様の仰せになることに従わなければ必ず悔いを残します。世間の人たちの多くが、大聖人様の信仰を否定しているからとの理由で、南無妙法蓮華経と唱へることが出来ないのは、仏法の全体を見ない部分観から起こった誠に愚かなことです。例えば、国主が大聖人様の教えを信じたならば、皆信じるでありましょう。その時になって信じるのでは遅いのです。それは、『人を信じて法を信じない』という愚かなことです」

 このように、誠に確信にあふれた言葉で父を折伏しております。特に「この御坊は唯一人おはします」は、末法のご本仏のお立場を明確にされた御文ですから、心に留めましょう。さらに、仏法の上からは、法華経の修行に励み反対に親を導くことが真の孝養である、また、念仏を読まないのは親孝行のためである、と述べられ、日蓮大聖人の信仰を貫く決意の固いことを宣言されています。

 当抄から、七五〇年前の鎌倉時代にも、正しい教えはただ一つである、という仏様の教えに背き、真言や念仏を並べて気にもとめない人々の姿が浮かび上がってまいります。それに対して、日蓮大聖人様は、経文に説かれるように、幸せになることが出来る教えは法華経ただ一つであることを御教示になり、幸せになるためには、南無妙法蓮華経の御本尊様に御題目を唱えることと、誤った信仰にある人たちを正法に導く折伏の修行を教えて下さいました。

 新たな御命題である八十万人体制の構築に向かって進むことも、成仏のための修行であることは申すまでもありません。当抄は、どのような時代になろうとも、自らと周りの方々の幸せを願って折伏の修行に邁進することが肝要であることを御教示になる御文です。このことを教えて下さる御法主日如上人の御指南のままに精進を重ねようではありませんか。

 年末の慌ただしい中の御報恩御講への御参詣です。常の御参詣よりさらに功徳が備わります。本日お受けになった功徳はそのまま、「明るく楽しく朗らかに」新年を迎える因となります。七五〇年の歴史と伝統ある日蓮正宗の信仰に身をおいている誇りと、正しい信仰を貫いていることに自信をもって前に進みましょう。

 ご参詣の皆さまが、よき年を迎えられますよう御祈念申し上げます。一年間まことにご苦労様でございました。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺