日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成27年3月21日 日蓮大聖人御書拝読 春季彼岸会

お彼岸

 満開となった杏のもとで彼岸会を奉修いたしましたところ、檀信徒の皆さまにはご多用の中、また遠路を厭わずのご参詣、まことにご苦労様です。皆さまの修行により、亡き方が功徳を受けることができます。またその功徳は皆様方の功徳です。亡き方と生きている私たちが共に成仏の功徳を受けることのできる信仰です。お励みを下さい。

 さてこの彼岸に、追善供養に励む意味を、「佛好中道(ぶっこうちゅうどう)」、つまり仏は中道を好む、という教えから考えてみますと、時正(じしょう)つまり、彼岸の中日は昼と夜の長さが同じである、という自然界のありかたが前提としてあります。また、「暑さ寒さも彼岸まで」ということが表しておりますように、寒くなく暑くなく、という季節の中間でもあります。

 その「中道」とは、右にも左にも偏らないことで、別のいい方では、「平等」の言葉で表すことができます。

 平等とは差別のないことですが、私たち人間には本質的な差別があります。それはいうまでもなく男女の別です。故に、仏教でも男女の差別が説かれ、「女人は成仏することが叶わない」とハッキリと書かれている経文もあるほどです。

 しかし、法華経にいたって、一切衆生にことごとく「仏性」があり、男女も境界も克服して平等に仏に成ることができる、と説かれました。

 差別をあたりまえのように考えていた人々は、この法華経の教えに接してどれほど勇気づけられてことでしょう。

 宗祖日蓮大聖人は、法華経には爾前権教にない、平等の教えが説かれていることを、
「平等と書いてはおしなべてと読む。此の一心三観・一念三千の法門諸経にたえてこれなし。法華経に遇はざれば争でか成仏すべきや。余経には六界八界より十界を明かせどもさらに具を明かさず」(『一念三千法門』御書・一〇八頁)
と述べられております。

 「おしなべて」とは、すべて一様に、皆ひとしく、総じて、との意です。また「一心三観」とは私たちの心の中に、仏の覚りである、空仮中の三観を感じることであり、「一念三千」は私たちの一念に仏がおわしますことを知ることです。これらの尊い教えは法華経のみに説かれることで、この法華経を修行することで、みな平等に仏に成ることができる、という大聖人様の御言葉を信じることが仏道修行の第一歩です。

 彼岸を梵語ではパーラミータといい、波羅密と漢訳します。修行という意味です。この修行に、「六波羅蜜」というものがあります。布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六種が挙げられます。これは大乗教の菩薩方が誓願を立てて行った修行で、これを行ずることによってのみ「成仏」が叶うとされました。

 大聖人様は「観心本尊抄」でこの尊い修行について、
「未だ六波羅蜜の修行を修する事を得ずと雖も六波羅蜜自然に在前す」(六五二頁)
と仰せ下さり、大聖人様が御図顕下さった御本尊様を持って日々、南無妙法蓮華経と唱えて信心修行に励む皆様方の、信心の中に、菩薩方が行った尊い六波羅蜜の修行が厳然として整っておる、と教えて下さっております。

 お彼岸に皆さまが御参詣になって、御先祖や亡き方々のために、南無妙法蓮華経と修行に励まれたことは、菩薩行であり「平等に仏に成る」修行に励まれたことになりますから、亡き方も共に大きな功徳を受けることができます。亡き方がお悦びのことと存じます。

 ご参詣の皆さまにはこの後も、大聖人様の仰せを固く守り、自らの成仏と他の成仏を実現する日蓮正宗の御信心に益々励まれることをお祈り申し上げます。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺