日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成27年4月1日 永代経

報恩抄

《来世を信じますか?》

報恩抄(平成新編御書九九九頁)
弘安元年七月八日  五七歳

報恩抄 (御書九九九頁)

夫(それ)老狐(ろうこ)は塚をあとにせず 白亀(はっき)は毛宝(もうほう)が恩をほうず 畜生すらかくのごとし いわうや人倫(じんりん)をや

『報恩抄』の冒頭の有名な御文です。「老狐」とは年老いた狐のことで、「塚」とは生まれ育った巣のことです。「あとにせず」とは、足を向けないことです。つまり、狐でさえ年をとって死を迎えたときに、自らが生まれた巣に足を向けるようなことはしない、というのです。次の「白亀」とは白い亀のことで、「毛宝」は武将の名です。これは中国・晋代の故事で、毛宝が食料として市場で売られていた白亀を買い、大切に育てた後、川に放してやったところ、後に、戦いに敗れた毛宝が川岸に追い詰められて、進退が窮まったとき、水中から白亀が現れ、毛宝を背に乗せ対岸に渡し命を救った、というものです。

大聖人様はこの狐と亀のことを挙げ、畜生界の衆生でさえ恩を忘れることはないのであるから、私たち人間界の衆生が恩を忘れてはなりません、と恩を報ずること、即ち感謝の心を持つことが人間としての重要な心構えであることを教えて下さっております。

その感謝の心とはどのようなものであるかを具体的に示されたのが次の御文です。
@『上野殿御消息』(御書・九二二頁)

仏教の四恩とは、一には父母の恩を報ぜよ、二には国主の恩を報ぜよ、三には一切衆生の恩を報ぜよ、四には三宝の恩を報ぜよ。

〈現代語訳〉

仏は四種類の報恩を教えております。一番最初に挙げられるのは「父母からの恩に報いる」ということです。二番目には、「国主への恩に報いる」こと。三番目が「一切衆生への恩に報いる」こと。四番目には「仏・法・僧の恩に報いる」ことです。

一番最初に「父母」が挙げられていることに大切な意義があります。この世に生を受けたことは、なによりも父母のお陰です。その父母、特に母への報恩のために、南無妙法蓮華経と唱へることを勧められたのが次の御文です。
A『千日尼御前御返事』(御書・一二五一頁)

但法華経計りこそ女人成仏、悲母の恩を報ずる実の報恩経にては候へと見候ひしかば、悲母の恩を報ぜんために、此の経の題目を一切の女人に唱へさせんと願す。

〈現代語訳〉

法華経のみに女性の成仏が説かれ、慈悲深い母に対して真心からの親孝行ができる教えであることが分かりました。そこで、法華経の題目である南無妙法蓮華経を世界中の女性に唱えさせ、皆で幸せになろうではないか、と日蓮は願いを立てたのです。


○追善供養は残された私たちが「南無妙法蓮華経」と御題目をとなえること。
追=時間的に遡った対象に対する行為をも追といい、追孝・追祀・追享のようにいう(字統)
善=善とは世間一般には、良いこと、道義にかなっていることであるが、仏教でいう善は、
B『盂蘭盆御書』で、 (御書・一三七七頁)

善の中の大善も又々かくのごとし。目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は、我が身仏になるのみならず、父母仏になり給ふ。上七代下七代、上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給ふ。
と教えて下さるように、末法では日蓮大聖人様の三大秘法を修行することです。その修行によって大きな功徳善根を受けることができます。そして、受けた功徳善根を亡き方々にお贈りする、プレゼントをするのが末法の追善供養です。プレゼントを頂いて喜ばない人はおりません。その喜びの心が私たちに返ってくるのが御本尊様の功徳です。

○あの世を信じる割合 【「あの世」を信じている人はどれぐらいの割合か。統計数理研究所が2013年の国民性調査で聞いたら、20歳代では45%が「信じる」と答えていた。55年前に比べてずいぶん増えているという。1958(昭和33)年にも同じ調査で同様の質問をした。そのときは13%だったから、3倍を超える。片や70歳以上は、37%だったのが31%とむしろ減っている(略)(「天声人語」・平成二十七年三月二十)】


つい先日までは、「寒いですね」が挨拶代わりでした。それが、「暑くなりましたね」に変わります。季節は移っても、御信心は変わりません。移ろい惑う世の中にあって、不変の教えを護り伝えているのが日蓮正宗富士大石寺の信仰です。自信と誇りを持って報恩・孝養の信仰に励んでまいりましょう。

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