日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成27年7月1日 永代経

立正安国論

立正安国論

立正安国論(平成新編御書二四八頁)
文応元年七月一六日  三九歳

立正安国論 (御書二四八頁)

夫釈迦の以前の仏教は其の罪を斬ると雖も、能仁の以後の経説は則ち其の施を止む。然れば則ち四海万邦一切の四衆、其の悪に施さずして皆此の善に帰せば、何なる難か並び起こり何なる災か競ひ来たらん。

《現代語訳》

そもそも釈尊が過去世を説かれる上で、仙予国王や有徳王が謗法の者の命を断ったことを明らかにされましたが、印度に出世された釈尊以後は、謗法の者に対しては布施をしない、ということです。そこで世界中のすべての人々が謗法に対する布施を止め、この日蓮が説き明かす正法に帰依すれば、どのような難も起こることはありません。どのような災いも起こることはありません。

立正安国論 (御書二五〇頁)

邪謗の獄に入る。愚かなるかな上下万人各悪教の綱に懸かりて、鎮に謗教の網に纏はる。此の朦霧の迷ひ彼の盛焔の底に沈む。是愁へざらん哉豈苦しまざらん哉。汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国也。仏国其れ衰へん哉。十方は悉く宝土也。宝土なんぞ壊れん哉。国に衰微無く土に破壊無くんば、身は是安全にして、心は是禅定ならん。此の詞此の言信ずべく崇むべし。客の曰く今生後生誰か慎まざらん誰か和はざらん。この経文を披きて具に仏語を承るに、誹謗の科至って重く毀謗の罪誠に深し。我一仏を信じて諸仏を抛ち、三部経を仰ぎて諸経を閣きしは、是私曲の思ひに非ず。則ち先達の詞に随ひしなり。十方の諸人も亦復是の如くなるべし。今世には性心を労し来生には阿鼻に堕せんこと、文明らかにして理詳らかなり。疑ふべからず。弥貴公の慈誨を仰ぎ、益愚客の癡心を開き、速やかに対治を廻らして早く泰平を致し、先ず生前を安んじ更に没後を扶けん。唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りを誡めんのみ。

《現代語訳》

(日本国の人々はみな正法の門を出て)
 邪宗邪義の獄に入っております。また愚かなことに、悪い教えの綱にかかり、永く謗法の網にからまって抜け出すことができないのは、愚かなことであります。今世には迷いの霧にたちこめられ、死後には地獄の焔の底に沈み無限の苦しみを受けなければなりません。嘆かわしく苦しいことです。
 あなたは一刻も早く邪宗邪義の信仰を捨てて、ただちに唯一の真実の教えである法華経に帰依しなさい。そうするならば、この世界は仏の国となります。仏の国は決して衰えることはありません。世界は浄土となります。浄土は決して破壊されることはありません。国が衰ず、世界が破壊されなければ、わが身は安全であり、心は穏やかです。この言葉は真実です。信じ崇めなければなりません。

客はいいます。
 現世の平穏な暮らしや来世の成仏を思って身を慎まない者や、仏の教えにしたがわない者が誰かおりますでしょうか。
 これまでに示された経文を開いて仏の教えを具体的に承りますと、知らないこととはいえ、仏や経文の悪口をいったり非難したりした罪がまことに重く、また深いものであることを知ることができました。
 しかしながら、私が阿弥陀だけを信じて他の仏を投げ捨てて、浄土教の三部経だけを信じて他の経文を読むことをやめたのは、私が勝手な考えでしたことではありません。
 それは、浄土教の先師の言葉に隨ったまでです。世の中のすべての人びとも同じです。しかし、現世ではいたずらに心を痛め、来世には無間地獄に堕ちなければならないことは、経文にも明らかであり、道理の上からも詳(あき)らかで、疑う余地はまったくありません。
 この後は、いよいよあなたの慈悲にお縋(すが)りし、あなたの教えを信じます。私は愚かな客ではありますが、迷いの心を開ひらき、いそいで謗法の者を折伏し、一日も早い平和な社会が実現するように励みます。今生を安穏にすることが来世を助けることであると信じ行動を起こします。
 ただ私一人だけが信ずるのではなく、周囲の人びとの誤りをただし、導いてまいります。


○兵奴の果報
「一日の命は三千界の財にもすぎて候なり」『可延定業御書』七六一頁
「身命は即ち南無妙法蓮華経なり」『御講聞書』 一八三二頁


○一、信仰の寸心を改めて文。(文段)
早く邪法信仰の寸心を改めて、速かに法華実乗の一善に帰せよとなり。当に知るべし、「寸心を改めて」とは即ちこれ破邪なり。「実乗に帰せよ」とは即ちこれ立正なり。「然れば則ち三界」の下は安国なり。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺