日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成27年10月13日日蓮大聖人御報恩御講/日蓮正宗佛乗寺

諸法実相抄,聖人御難事,閻浮提中御書,日妙聖人御書

諸法実相抄:平成新編日蓮大聖人御書(五六三頁)

文永一〇年五月一七日 五二歳

@『諸法実相抄』(御書・六六八頁)

行学の二道をはげみ候べし 行学たへなば仏法はあるべからず 我もいたし人をも教化候へ 行学は信心よりをこるべく候 力あらば一文一句なりともかたらせ給ふべし

聖人御難事:平成新編日蓮大聖人御書(一三九七頁)

弘安二年一〇月一日 五八歳

A『聖人御難事』 (御書・一三九七頁)

各々師子王の心を取り出だして、いかに人をどすともをづる事なかれ。師子王は百獣にをぢず、師子の子又かくのごとし。彼等は野干のほうるなり、日蓮が一門は師子の吼うるなり。 

(通解)

あなた達の心の中にある「仏の心」を取り出し、まわりの者たちから、命を奪うぞ、というような強い脅迫があっても、決して退く心をもってはなりません。なぜならば、師子王は、百獣に対して恐れることはないからです。師子王の子である私たちもまた同じです。彼らが私たちを脅す言動は、狐の遠吠えのようなものです。日蓮の弟子檀那が、「正しい信仰をしましょう」ということは、師子が吠えることです。

〈聖人御難事について〉

弘安二年(一二九七年)十月一日、大聖人様五十八歳の時の御書です。当抄には「余は二十七年なり」と、末法の御本仏としての御確信を述べられております。この時に熱原の法華講衆は、讒言による無実の罪に問われ、鎌倉に連行されておりました。そして不当な取り調べ、それも拷問に等しいようなものを受けている最中でした。大聖人様はこの法難を契機に、この御文から十一日後の十月十二日に、本門戒壇の大御本尊を建立されました。拝読の箇所は、末法の御本仏・日蓮大聖人は百獣の王であり、その檀信徒も師子王の子であるから、どのような大難であっても、なにものにも恐れることのない師子王のような強い心で、成仏に向かって進むように激励をされた御書です。

閻浮提中御書:平成新編日蓮大聖人御書(一三二二頁)

弘安元年 五七歳

B『閻浮提中御書』(御書・ 一三二二頁)

願くは我が弟子等師子王の子となりて群狐をおそるゝ事なかれ。過去遠々劫より已来、日蓮がごとく身命をすてゝ強敵の科を顕す師には値ひがたかるべし。国王の責めなををそろし。いわうや閻魔のせめをや。日本国のせめは水のごとし。ぬるゝををそるゝ事なかれ。閻魔のせめは火のごとし。裸にして入るとをもへ。大涅槃経の文の心は、仏法を信じて今度生死をはなるゝ人の、すこし心のゆるなるをすゝめむがために、疫病を仏のあたへ給ふ。はげます心なり、すゝむる心なり。

(通解)

私の願いは、私の弟子等は師子王の子であるとの気概を持って、群れをなす狐が相手であっても恐れることのないように、ということです。あなた達は、遠い過去世より今日まで、日蓮のように法華経のために命を捨てて、強敵の誤りを指摘する師に巡り会ったことがありましょうか。これまではなかったのです。それほど正しい師に巡り会うことは難しいことです。このような日蓮であっても、国王の責めはまことに恐ろしいものです。それよりもさらに閻魔法王の責めは恐ろしいのです。日本国の国王から受ける責めは水をかけられたようなものですから恐れることはありません。それに対して、閻魔法王の責めは、燃えさかる炎のなかに、裸で入るようなもので、恐怖や苦しみは国王からの責めとは比べものにならないほど大きなものであると思いなさい。大涅槃経の意は、今生において仏法を信じて成仏の功徳を受けることができる人のために、少しの油断もなく仏道修行に精進することを教える上から、仏が疫病を与え、励まし勧めるものです。

(閻浮提中御書について)

弘安元年、大聖人様五十七歳の時の御書。別名を「師子王御書」といい、御真蹟は総本山大石寺に厳護されております。拝読の箇所で、私たちが、師子王の子であること、このような師と縁することは希であること、国王の責めは辛いかも知れないが、来世に閻魔法王の責めはそれには比べのにならないほど苦しいこと、疫病は仏が私たちの信心の懈怠を誡める上から与えられたものです。ゆえに疫病に恐れることなく信仰に励むよう御教示です。

日妙聖人御書:平成新編日蓮大聖人御書(六〇五頁)

文永九年五月二五日 五一歳

C『日妙聖人御書』(御書・ 六〇五頁) 

子の身は全体父母の身なり。誰か是を諍ふべき。牛王の子は牛王なり。いまだ師子王とならず。師子王の子は師子王となる。いまだ人王天王等とならず。今法華経の行者は「其中衆生、悉是吾子」と申して教主釈尊の御子なり。教主釈尊のごとく法王とならん事難かるべからず。但し不孝の者は父母の跡をつがず。

(通解)

子の身は父母から受け継いだものです。このことに疑問を持つ人はいません。牛の王の子は牛の王であり、師子王となることはありません。師子王の子はやがて師子王になりますが、人王や天王にはなりません。末法で法華経の修行に励む者は法華経譬喩品に説かれる、「この世の中の人々は、みんな私の弟子です」とありますように、教主釈尊の御子です。ゆえに、教主釈尊とおなじように、法王となることは間違いありません。ただし、不孝の者は父母の後を継ぐことはできません。

〈日妙聖人御書について〉

文永九年(一二七二年)五月二十五日、大聖人様五十一歳の時の御書です。この時大聖人様は佐渡の一谷という所で、流人としての生活を余儀なくされておりました。御書を頂いた日妙聖人は、鎌倉在住の女性信徒で、夫とは離別し、乙御前と思われる幼い子供が一人おりました。その子を連れて佐渡の大聖人様のもとを訪れた日妙聖人の強盛な信心を、「日本一の法華経の行者の女人なり」と称えられます。さらに、その強盛な信心に対して、「日妙聖人」という戒名を贈られています。拝読の箇所は、法華経の行者は仏様の子供ですが、仏様の教えに反して、自分勝手な信仰では仏様の後を継ぐことはできない、と述べられて、素直で正直な信仰を勧められるところです。


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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