日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成27年11月8日日蓮大聖人御報恩御講/日蓮正宗佛乗寺

上野尼御前御返事
〜私たちのお手本・上野尼の確信〜

上野尼御前御返事:平成新編日蓮大聖人御書(一五七四頁)

弘安四年一一月一五日 六〇歳

『上野尼御前御返事』(御書一五七四頁)

  ?牙一駄四斗定・あらひいも一俵送り給びて南無妙法蓮華経と唱へまいらせ候ひ了んぬ。(乃至)
法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り、口に唱ふれば其の口即ち仏なり。譬へば天月の東の山の端に出づれば、其の時即ち水に影の浮かぶが如く、音とひゞきとの同時なるが如し。故に経に云はく「若し法を聞くこと有らん者は一として成仏せずといふこと無けん」云云。文の心は此の経を持つ人は百人は百人ながら、千人は千人ながら、一人もかけず仏に成ると申す文なり。そもそも御消息を見候へば、尼御前の慈父故松野六郎左衛門入道殿の忌日と云云。子息多ければ孝養まちまちなり。然れども必ず法華経にあらざれば謗法等云云(乃至)然るに故五郎殿と入道殿とは尼御前の父なり子なり。尼御前は彼の入道殿のむすめなり。今こそ入道殿は都率の内院へ参り給ふらめ。

(意訳)

御供養の精米されたお米を一駄(四斗)、里いもを一俵たしかにお受け致しました。日蓮が南無妙法蓮華経とお題目を唱え、お父様の命日忌の追善供養を奉修いたしました。ご休心下さい。 (中略)

法華経を信仰する功徳は、お経文を手にすればその手はすぐさま仏に成ります。南無妙法蓮華経と唱えれば、その口は仏の口です。たとえていえば、東の山の山頂から月の一部が顔を出すと同時に池の水にも月が映るのと同じです。また太鼓を叩けば同時に音が出るように、南無妙法蓮華経と唱えれば即座に仏なのです。ゆえに、法華経の方便品には「法を聞く者は一人残らず仏になります」と説かれております。この経文の意味は、「法華経を持つ人が百人いれば百人が、千人いれば千人が一人残らず仏に成る」というものです。さて、お父様の松野六郎左衛門入道殿の命日の追善供養を願い出られたお手紙に、「父には多くの子供がおり、それぞれの立場で追善供養に励んでおります。しかし、法華経以外の追善供養では仏の教えに背く謗法であり、父の成仏は叶わないと思い、私は日蓮大聖人様にお願い致します」とありました。(中略)

七郎五郎殿と松野入道殿は尼御前の父であり子供です。尼御前は松野入道殿の娘です。したがいまして、この追善供養の功徳で、お父様は都率天の内院、つまり仏様のところに行くことができます。お父様の成仏は疑いありません。

《亡き父への感謝の心》

弘安四年十一月十五日、身延から富士上野の地頭・南条時光の母である上野尼に与えた御文で、この時上野尼は、父・松野六郎左衛門入道の命日忌の追善供養を大聖人様にお願いしております。

上野尼には多くの兄弟がおり、それぞれの立場で追善供養に励んでおりましたが、残念ながら邪宗での追善供養でした。そのような中で、法華経以外の追善供養は謗法であり、お父様を成仏に導くことができない、と確信をもって大聖人様に追善供養を願いでる親孝行な信仰は、私たち法華講衆のお手本です。

《強い確信はどこから》

大聖人様の信仰をしているだけで幕府から睨まれ迫害を受けるような状況で、大聖人様以外の信仰は謗法である、と確信をもって言い切ることが出来る強い信心はどこから生まれたのでしょうか。

《四男四女とお腹に一人の子供を残して夫が死去》

文永二年(一二六五年)に夫の南条兵衛七郎が死去したときに、長男の七郎太郎は九歳、次男の時光は七歳、長女の蓮阿尼も幼年でした。幼い四男四女、しかもお腹には九人目の子となる七郎五郎を妊娠中でした。このような状況で寡婦となった上野尼です。それまでは地頭の奥方として、幸せに暮らしておりましたが、突然の苦難に遭遇し途方に暮れたことは想像に難くありません。そのような中で、唯一頼ることが出るのは、亡き夫が残した大聖人様の信仰以外にありませんでした。御本尊様が唯一の正法であることを理解したのは、夫の臨終の相でした。

《臨終の相で確信を深める》

文永十一年十一月十一日に認められた『上野殿御返事』には、

故親父は武士なりしかどもあながちに法華経を尊み給ひしかば、臨終正念なりけるよしうけ給はりき(御書・七四五頁)

とあります。上野尼は夫・南条兵衛七郎の臨終正念、つまり苦しむこともなく、色白く穏やかに臨終を迎えたすがたを目の当たりにしました。日蓮大聖人様が教えて下さったままに、南無妙法蓮華経とお題目を唱へて臨終を迎えた夫と、念仏宗や真言宗などの謗法を信じている親類や周囲の人々の臨終の相を比べ、その大きな違いに正法の功徳を確信したのです。

《法統相続》

母である上野尼の信仰が、南条時光や蓮阿尼の信仰を育み、孫の中から総本山第三祖日目上人、第四祖日道上人、第五祖日行上人が出られております。第六祖日時上人も南条家の出身です。

上野尼は生活の根本に法華経の信仰を置き、大聖人様が教えて下さる通りに追善供養に精進をいたしました。そして、自らの信仰の確信を、当抄にあるように、「父母への追善供養」という姿で子供たちに教えたのです。「子息多ければ孝養まちまちなり。然れども必ず法華経にあらざれば謗法」との大確信の下で励んだ結果、前述のごとく多くの姿となるのです。

私たちも法統相続に悩むことがあります。その時には上野尼が「大聖人様への絶対の信」を、追善供養の形で子供たちに教えたことをお手本とすることができるのではないでしょうか。上野尼が教えてくれている、と思い、私たちも励もうではありませんか。

十一月に入りました。寒い季節に向かいますが、木枯らしに負けることのないようにいたしましょう。十一月と十二月は新しい年を迎える準備の月です。勿論、本年を締めくくる月でもありますが、前向きに捉えることで心を開いて進むことができます。また、十二月六日は支部総登山です。良き年を迎えるためにも、大御本尊様に御目通りをして、罪障消滅に励みましょう。常に私たちを思って下さる御法主上人のもと、お題目を唱え、上野尼を手本として立ちはだかる壁を乗り越えてまいろうではありませんか。

南条家系譜

 


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