日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成28年1月1日元旦勤行/日蓮正宗佛乗寺

〜 新年の挨拶 〜

日蓮大聖人御書 『本因妙抄』 (御書・一六八〇頁)

『本因妙抄』 (御書・一六八〇頁)

仏は熟脱(じゅくだつ)の教主
某(それがし)は下種の法主なり

 檀信徒の皆さまには、宗祖日蓮大聖人様御聖誕七百九十五年、宗旨建立七百六十四年の新春を恙無くお迎えのこととお慶び申し上げます。
  佛乗寺も檀信徒お一人おひとりの貴い外護のご信心で、無事に新しい年を迎えることができました。住職・指導教師の立場にある者として、皆さまのご信心に敬意を表すものです。
  本年も、「自らの幸せと周りの方々の幸せ」を実現する 、折伏を第一にした日蓮正宗の信仰に心を尽くしてまいりましょう。
  折伏は日蓮正宗の宗是であり、実践した人は必ず元気になることのできる修行です。この折伏は難しいものではありません。私たちが理解した大聖人様の教えを伝えることが折伏ですから、自分が知らないことをいう必要もありません。
  毎月の御講で拝読いたします『諸法実相抄』には

「一文一句なりとも語らせ給ふべし」

とあります。
これは、大聖人様が私たちに、「日蓮の信仰のことを語ってまいりましょう」と勧めてくださるお言葉なのです。したがいまして、
「御授戒を受けて、御本尊様にお守り頂ける、という安心感を得た」こと。
「南無妙法蓮華経とお題目を唱えて、自分のことばかりか、お母さんやお父さん・兄妹の幸せを願えた」こと。
「総本山の荘厳な雰囲気に、魂の故郷を感じた」こと。
「お題目を唱えるようになって、それまでの悩みが悩みでなくなり、元気になれた」ことなどを、一言でも語って行くことが大切なのです。
なかには、
「三大秘法の御本尊様は素晴らしい、なぜ素晴らしいかと言えば、それは久遠元初の仏様が私たち末法の衆生のために特別に顕された御本尊様だからです。だから御利益があります」と深い御法門を伝えることができる方もおります。お題目を唱えて感じたこと、御書を拝読して学んだ大聖人様の御法門のことなど、伝える内容に違いはあっても、どれも「語り給ふべし」とのお言葉に相応しいご信心の姿です。この姿は佛乗寺檀信徒の皆さまそのものであり、その姿があって、「御本尊様との約束」を果たすという貴い実を結んでいるのです。
  ではなぜ「一文一句なりとも語らせ給ふべし」と大聖人様は仰せになるのでしょうか。
  それは、大聖人様の教えを伝えることは、「幸せになる種」を植えてあげることになるからです。このことを「下種」と言うのはご承知の通りです。
  懸命に努力をしても幸せになれない、正直に真面目に働いても恵まれない、と感じている人が周囲におりませんか?
  地位や名誉もあり、経済的にも満ち足りた暮らしをしているように見えても、内面に苦しみを抱えている人ばかりなのが末法という時代です。
  今年も正月三が日の初詣には日本の総人口にも匹敵する人出がありました。ここに不安定で先の見えない現代社会を生きる辛さをかいま見ることができます。
  私たちは人として生を受けた以上、「四苦八苦」といって、生・老・病・死の四苦と愛別離苦(あいべつりく・愛おしい人と別離する苦)・怨憎会苦(おんぞうえく・ 怨み憎んでいる人に会う苦)・求不得苦(ぐふとっく・求める物を得ることができない苦)・五陰盛苦(ごうんじょうく・精神と肉体の両面において思うようにならない苦)の四苦を合わせた八苦から離れることは誰もできません。
  この四苦八苦を克服し、今年は良い年になりますように、と願っての初詣であるならば、それはあまりにも安易な考え方です。
  もし仮りに、現在の神社に御利益があり「神頼み」が実現するとすれば、日本は平和で豊かな国になっていても不思議ではありません。ところが現実はどうでしょうか?国の借金は途方もなく積み上がり、格差はますます広がり、戦争や自然災害への不安は募るばかりではありませんか。
  いまの日本がおかれている状況から見れば、多くの人々が初詣をする神社仏閣の神様や仏様に私たちを救済する用きがないことは明らかです。反対に、力のない誤った信仰によって不幸を招きよせることになるのは目に見えています。
  このことから、大聖人様が「語らせ給ふべし」と仰せになる意味がお分かりになると思います。ここに、「下種」の意味があるのです。
  冒頭に掲げました『本因妙抄』で、

「仏は熟脱の教主、某は下種の法主なり」

と述べられております。
  ここでの「仏」は釈尊のことで、釈尊は熟脱という仮りの教えの教主ではあるが真実の仏ではない、ということです。「某」は日蓮大聖人様のことで、大聖人様が末法において「下種」をされ、私たちを導く御法主である、と明らかにお示しになっております。
  その御法主・御本仏日蓮大聖人様が、「必ず仏に成ることのできる教え、誰もが平等に仏の覚りを得ることが叶う教え」として建立された「南無妙法蓮華経の御本尊様」が「幸せになることのできる種」なのです。この種を持たない人たちに種を植えることが「折伏」であり、「一文一句なりとも語らせ給ふべし」であり、「大聖人様のお使いをする」ことなのです。そうすれば一人残らず幸せになることができるのです。
  ご案内のように、五年後の平成三十三年には、御本仏日蓮大聖人様が日本の鎌倉時代に御出現されて八百年の節目を迎えます。この年を迎えるにあたり御法主日如上人から、「法華講員を八〇万人に」という御命題を賜ったのは、私たちに「折伏」の修行を忘れないように、という御慈悲からのものです。美味しい饅頭を独り占めしないで、皆で分け合って食べようではないか、そして美味しい、という悦びを皆で味わい、より美味しさを味わいましょう、とのお心からです。
本年も御法主日如上人の御指南のままに「折伏」を第一に掲げ、「私とあなたの幸せ」が実現する信仰に励んでまいりましょう。
 年頭に当たり、檀信徒御一同のご健勝とご多幸、そして御精進をお祈り申し上げます。


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