日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成28年2月1日永代経/日蓮正宗佛乗寺

右衛門大夫殿御返事

右衛門大夫殿御返事:日蓮大聖人御書(新編御書一四三五頁)

弘安二年一二月三日 五八歳

右衛門大夫殿御返事  弘安二年一二月三日  五八歳 (御書・一四三五頁)

 抑久しく申し承らず候の処に御文到来候ひ畢んぬ。殊にあをきうらの小袖一、ぼうし一、をび一すぢ、鵞目一貫文、くり一篭たしかにうけとりまいらせ候。
  当今は末法の始めの五百年に当たりて候。かゝる時刻に上行菩薩御出現あつて、南無妙法蓮華経の五字を日本国の一切衆生にさづけ給ふべきよし経文分明なり。又流罪死罪に行なはるべきよし明らかなり。日蓮は上行菩薩の御使ひにも似たり、此の法門を弘むる故に。神力品に云はく「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」等云云。此の経文に斯人行世間の五の文字の中の人の文字をば誰とか思し食す、上行菩薩の再誕の人なるべしと覚えたり。経に云はく「我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし、是の人仏道に於て決定して疑ひ有ること無けん」云云。貴辺も上行菩薩の化儀をたすくる人なるべし。
   十二月三日                                       日蓮花押

右衛門大夫殿御返事

【通解】

 久しく連絡がなかったところに、お便りが着きました。さらに、青い裏地の小袖を一枚、帽子を一つ、帯を一筋、鵞目を一貫、栗を一篭、御供養として確かにお受け致しました。
 現在は末法の始めの五百年に当たっております。この時に上行菩薩が出現して、南無妙法蓮華経の五字を日本国の一切衆生に授けることが経文に明らかです。また、流罪や死罪になることも明らかです。その経文からすれば、日蓮は上行菩薩の御使に似ております。なぜならば、南無妙法蓮華経の教えを弘めているからです。法華経の神力品には、「日月の光明が諸々の奥深く暗い所を明るく照らすように、斯の人がこの世の中に出現して衆生の生命の中にある闇を消滅する」と説かれております。
経文の「斯の人がこの世の中に出現して」の文字の中にある「人」は誰を指していると思われますでしょうか。この「人」とは日蓮のことで日蓮は上行菩薩の再誕の「人」である、と確信します。さらに続く経文には「私の滅後にこの経文を受持すべきである。受持した人が成仏することは間違いない」とあります。日蓮が上行菩薩の再誕であるならば、日蓮を供養する貴辺も上行菩薩の末法弘通を助ける使命のある人です。

○右衛門大夫とは

鎌倉時代の作事奉行で、現在の大田区池上に住していた、池上左衛門大夫康光の長男、池上右衛門大夫宗仲のことです。弟を池上兵衛志宗長といいます。兄弟揃って日蓮大聖人様の信仰に励んでおりました。特に、兄の宗仲は大聖人様の信仰に反対していた父から、二回も勘当されましたが、大聖人様を疑うことなく正信を貫き、ついに父・康光を折伏して最高の孝養を尽くしました。
弘安五年十月十三日に大聖人様が御入滅された地は、池上邸でした。このことからも、兄弟が大聖人様を篤く信仰していたことがわかります。御入滅の舘は池上本門寺としてその名を残しておりますが、残念なことに、本門戒壇の大御本尊様と唯授一人の血脈から離れ、謗法の寺になっております。

○二月は日蓮大聖人様の御誕生月

上行菩薩は法華経従地涌出品第十五において、仏の寿命が長く奥深いものであることを証明するため、また法華経神力品第二十一では、釈尊から法華経の肝要である妙法蓮華経の付嘱を受け、末法おいて人々を成仏に導くために、久遠元初の御本仏の垂迹として出現しました。この上行菩薩の再誕として日蓮大聖人様が末法の鎌倉に出現されたことを、当抄で「上行菩薩の再誕の人なるべし」と述べられております。百六箇抄にも

「本地自受用報身の垂迹上行菩薩の再誕、本門の大師日蓮」(一六八四頁)

とあります。しかし、この上行菩薩に外用としてのお立場と、内証深秘のお立場の二とおりあることを忘れてはなりません。外用とは仏の本体・本意の内面を隠して外に現れた姿や用きのことをいい、内証は仏の内面の覚り、本意そのものをいいます。日寛上人はこのことを、「若し外用の浅近に望めば、上行の再誕日蓮なり。若し内証の深秘に望まば本地自受用身の再誕日蓮なり」(文底秘沈抄・六巻鈔四六頁)と示されています。
大聖人様は、『百六箇抄』において、

「下種の法華経の教主の本迹 自受用身は本、上行日蓮は迹なり。我が内証の寿量品とは脱益寿量の文底の本因妙の事なり。其の教主は某なり」(御書・一六九五頁)

と御教示です。
以上のことから、鎌倉時代に誕生された日蓮大聖人様のお姿を拝しますと、貞応元年(一二二二年)二月十六日の御誕生から建長五年(一二五三年)四月二十八日の宗旨建立までの間が「凡夫」のお立場になります。そして、文永八年(一二七二年)九月十二日の竜の口法難までの間が「上行菩薩」のお立場です。それ以降の、佐渡や身延では「御本仏」として私たちを導いて下さることがわかります。この仏様のお立場を正しく理解して南無妙法蓮華経と唱える事が出来るのは、日蓮正宗富士大石寺の信仰をしている私たち法華講衆のみです。このことを誇りとして、縁のない方々に正法をお伝えする修行で、幸せになれます。

厳しい寒さですが、大聖人様が『妙一尼』に与えられたのつぎのお言葉、

「法華経を信ずる人は冬のごとし、冬は必ず春となる。いまだ昔よりきかずみず、冬の秋とかへれる事を。いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となる事を」(『妙一尼御前御消息』 御書・八三二頁)

を心に刻み成仏の時を思い精進を重ねましょう。ご参詣の皆さまのお元気でご長寿を御祈念申し上げます。

 

以上


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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