日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成28年3月12・13日日蓮大聖人御報恩御講/日蓮正宗佛乗寺

土籠御書

日蓮大聖人御書:『土籠(つちろう)御書』(平成新編日蓮大聖人御書・四八三頁)

文永八年一〇月九日  五〇歳

『土籠御書』 文永八年一〇月九日 五〇歳 (御書・四八三頁)

 日蓮は明日佐渡国へまかるなり。今夜のさむきに付けても、ろうのうちのありさま、思ひやられていたはしくこそ候へ。あはれ殿は、法華経一部を色心二法共にあそばしたる御身なれば、父母・六親・一切衆生をもたすけ給ふべき御身なり。法華経を余人のよみ候は、口ばかりことばばかりはよめども心はよまず、心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ。「天の諸の童子、以て給使を為さん、刀杖も加へず、毒も害すること能はじ」と説かれて候へば、別の事はあるべからず。籠をばし出でさせ給ひ候はゞ、とくとくきたり給へ。見たてまつり、見えたてまつらん。恐々謹言。
  十月九日                                日蓮花押
筑後殿

【意訳】

 日蓮は明日佐渡の国へまいります。それにつけても今夜の寒で、貴殿が籠の中で震えているのではないかと心配でなりません。この度の法難で、貴殿は法華経一部を身と心の二通りで読む、という貴い御身になられました。父母・六親のみならず一切衆生をも助ける使命ある御身となられたのです。法華経を余の人は、口だけ言葉だけで読み、心で読んではおりません。また、心で読んでいたとしても、身で読んではおりません。そのような中で、貴殿は身と心の両方で読まれました。ですから貴いのです。法華経の安楽行品第十四には、「天の諸々の童子、以て給使を為さん。刀杖も加へず、毒も害すること能はじ」と説かれております。これは別の人のことを言っているのではなく、貴殿のことを指しているのですから、必ず諸天の加護があります。籠から出られたならば、急いで日蓮のもとへ参りなさい。法華経を色心の二法で読誦した貴殿の姿を見てさし上げましょう。きっと貴い姿に見えることと存じます。恐れながら謹んで申し上げます。

【語句の意味】

○土籠=山の斜面などを堀り、土で囲った牢獄。

○あはれ=尊いさま、ありがたい様子。感心なさま。感嘆、強い感動を表す言葉。

○法華経一部=法華経一部八巻二十八品のこと。

○色心二法=色法と心法の二つのこと。色法は目に見えるもので、肉体や物質的な面をいい、心法は心の働きや精神的な面

○六親=親族全体を意味する言葉。狭義には、父・母・兄(姉)・弟(妹)・妻・子などがある。安国論には謗法の罪として「六親不和」があげられています。

○一切衆生=全ての有情のこと。狭義には人界に住む私たち人間のこと。広義には、感情や意識をもつ全ての生物。

○天の諸の童子、以て給使を為さん、刀杖も加へず、毒も害すること能はじ=法華経安楽行品第十四の文。法華経を読誦すれば、天界の諸々の童子が仕え守る故に、刀で切られたり杖で打たれるようなことはなく、貪瞋癡の三毒にもおかされない、という意。経文の本来の意は、初心の修行者が四安楽行という四種類の修行をして得た功徳の一つを説かれたものですが、ここでは、転意引用されて、末法において法華経を色心二法で読む功徳として述べられています。

○筑後殿=六老僧の一人日朗のこと。大国阿闍梨・筑後房ともいう。現在の千葉県市原市の出身。弁阿闍梨日昭の甥といわれています。文永八年(一二七一年)九月の竜の口法難で幕府に捕らえられ、鎌倉の土籠に入れられました。日朗は、「法華経を色心の二法で読み、一切衆生を助ける御身」と大聖人様からお誉めいただいたにも拘わらず、大聖人様滅後は、血脈付法の日興上人の仰せに随わず、日蓮大聖人様に背く謗法の僧侶となってしまいました。『五人所破抄』には、

「天台の沙門日朗謹んで言上す」(御書・一八七六頁)

と記されております。日朗は国家諌暁をしたときの申状で、「天台宗の僧侶である日朗が謹んで申し上げます」と述べたというのです。日朗の僧侶としての自覚が、「天台の僧侶」だったという証拠です。これは、日昭・日向・日頂・日持も同じでした。それに対して、我が日興上人のみが、「日蓮聖人の弟子日興」と名乗られました。この違いが、今日の富士大石寺と身延山久遠寺・池上本門寺等の邪宗となった者たちとの違いとなって表れております。故に、彼らは「日蓮宗」と名乗るのではなく、「天台宗」と名乗るべきです。このことからも、日蓮大聖人様が末法に打ち立てられた教えを、正しく受け継ぐ本家本元(宗)の宗派であることが明らかなのです。また、
「一体仏は大国阿闍梨に取られ畢んぬ」(富士宗学要集二巻九二頁)
とも記されております。「一体仏」とは、大聖人様が伊豆法難のおり、伊豆伊東の地頭であった伊東八郎左衛門が、病気平癒の御祈念の御礼に、と大聖人様に捧げられもので、海中より引き上げられたという立ち姿の釈尊の像(一体仏)のことです。大聖人様はこの一体仏を常に所持遊ばされ、御入滅に際しては、「お墓の横に建てておきなさい」と遺言されました。しかし、日朗はその遺言を守らずに持ち去ってしまいました。

文永八年(一二七一年)九月から十月にかけて

当抄は文永八年の十月九日に、現在の神奈川県厚木市の依智にあった、本間六郎左衛門尉重連邸で認められたものです。この本間重連は佐渡の地頭でもありました。鎌倉幕府は前月の十二日、江ノ島にある竜の口で大聖人様の首を刎ねようとして果たせず、本間邸に約一ヶ月の間止め置きました。一ヶ月の間に移送手段や佐渡での受入体勢もようやく整ったのでしょう、十月十日に厚木を出発して佐渡に向かわれることが決められました。当時の「流罪」は死刑の次に重い刑罰で、竜の口において、斬首、つまり「死刑」にすることができなかった幕府は、次なる策として流罪に処したのです。当時は、一度佐渡に流罪の身となれば、再び鎌倉に帰ることは不可能である、と言われておりました。そのような中にあって、我が身のことよりも土籠に囚われの身となっている弟子のことを思われ、このお手紙を出されております。

この竜の口法難はこの御書からも明らかなように、日蓮大聖人様唯お一人が罪に問われたのではありませんでした。当抄の六日前の『五人土籠御書』の表題から、五人の弟子檀那が土籠にあったことがわかります。五人とは、日朗・日心の僧侶と、坂部入道・伊沢入道・得業寺入道の信徒であったと伝えられております。また、『種々御振舞御書』には、「ろうにある弟子共をば頚をはねらるべしと聞ふ」(『種々御振舞御書』ッ御書・一〇六二頁)とあり、さらに、『破良観等御書』によれば、「弟子等数十人をろうに申し入るるのみならず、(乃至)一人もなく失はんとせしが如し」(御書・一〇七四頁)あるいは、『四条金吾殿御返事』では、「すぎにし日蓮が御かんきの時、日本一同ににくむ事なれば、弟子等も或は所領を、をゝかたよりめされしかば、又方々の人々も或は御内の内をいだし、或は所領ををいなんどせしに云々」(御書・一一一七頁)とあるように、牢に入れられない場合は、所有していた領地を取り上げられたり、住んでいたところから追放されることがわかります。その時の状況を、『新尼御前御返事』に、「かまくらにも御勘気の時、千が九百九十九人は堕ちて候」(御書・七六五頁)と述べられております。弟子檀那の千人中九百九十九人までが退転してしまった、というのです。これほどに厳しい幕府の宗教弾圧でした。
そのような中にあって、退転することなく南無妙法蓮華経と唱えた弟子檀那は、「法華経一部を色心二法共にあそばしたる御身なれば、父母・六親・一切衆生をもたすけ給ふべき御身なり」と仰せ頂きました。口先だけでお題目を唱えるのではなく、心から大聖人様のことを信じ、命に及ぶかも知れない中で、どのような脅迫にも恐れず、どのような苦難があろうとも怯まずに南無妙法蓮華経と唱え続ける信仰が、「色心二法共にあそばしたる」ことです。その信仰の功徳が「お父さんやお母さんを助ける」ことになり、全ての人々を幸せに導く功徳である、と仰せ下さるのです。

法華経を色心二法共にあそばす=法華経を身で読む=《身業読誦》

『転重軽受法門』では、「末法においては日蓮だけが法華経を身で読んでいる」(趣意・御書・四八一頁)と述べられ、『開目抄』には、「法華経勧持品第十三に、末法の法華経の行者は、刀で斬られたり杖で打たれたり、石や瓦を投げつけられたりする。また、住んでいるところを追われたり悪口を言われる、と説かれている。日蓮一人がその全てを体験した。だから日蓮は末法の法華経の行者である」(趣意・五四一頁)と記されております。このように、法華経を命懸けで実践することを「身業読誦」と言い、「色心二法で読む」といいます。

私たちの身業読誦

『十八円満抄』で、
「予が弟子等は我が如く正理を修行し給へ。智者学匠の身となりても地獄におちて何の詮かあるべき」(御書・一五一九頁)
と仰せになり、日蓮の弟子檀那は、口や言葉だけで法華経を読むのではなく、私のように正しい理論をもとに修行に励みなさい、そうすれば地獄には堕ちません、と御指南です。つまり、大聖人様が教えて下さる正しい仏法を根本に修行をすることが「身で読む」ことであり、今日の修行に約せば、「折伏の修行をする」ことである、という意味です。
今月の『土籠御書』は一面ではまことに厳しい修行を仰せになる御書です。反面、私たちに「口先だけでの信仰では幸せになれません。身をもってお題目を唱えれば功徳は間違いありません」と御慈悲あふれる御本仏からのお手紙であることを忘れないようにしたいものです。
まもなく彼岸です。寒さも峠を越し、好き季節を迎えると言っても三寒四温があります。ご自愛ください。


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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