日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成28年5月1日永代経/日蓮正宗佛乗寺

上野殿御返事
(竜門御書)

上野殿御返事:平成新編日蓮大聖人御書(一四二七頁)

弘安二年一一月六日 五八歳

『上野殿御返事』 弘安二年一一月六日 五八歳 (御書・一四二七頁)

 仏になるみち、これにをとるべからず。いをの竜門をのぼり、地下の者のてんじゃうへまいるがごとし。身子と申せし人は、仏にならむとて六十劫が間菩薩の行をみてしかども、こらへかねて二乗の道に入りにき。大通結縁の者は三千塵点劫、久遠下種の人の五百塵点劫生死にしづみし、此等は法華経を行ぜし程に、第六天の魔王、国主等の身に入りて、とかうわづらわせしかばたいしてすてしゆへに、そこばくの劫に六道にはめぐりしぞかし。
  かれは人の上とこそみしかども、今は我等がみにかゝれり。願はくは我が弟子等、大願ををこせ。去年去々年のやくびゃうに死にし人々のかずにも入らず、又当時蒙古のせめにまぬかるべしともみへず。とにかくに死は一定なり。其の時のなげきはたうじのごとし。をなじくはかりにも法華経のゆへに命をすてよ。つゆを大海にあつらへ、ちりを大地にうづむとをもへ。法華経の第三に云はく「願はくは此の功徳を以て普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」云云。恐々謹言

   十一月六日                                    日蓮花押 

  上野賢人殿御返事

  此はあつわらの事のありがたさに申す御返事なり。

【現代語訳】

 仏になる道はこれまで述べたことに劣るものではありません。魚が竜門という滝を登り、庶民が殿上人になるのと同じです。舍利弗は仏になるために六十劫もの永い間菩薩の修行に励みましたが、あまりにも辛い修行に耐えかねて二乗界の道に入りました。大通智勝仏の時に法華経に縁をした者は、三千塵点劫という長い間、また、久遠の昔に法華経の種を下された人は五百塵点劫というさらに長い間、仏道を成ずることなく生死・生死の苦しみを繰り返しました。これらの人々は、法華経の修行に励んでいたのですが、第六天の魔王が、国主等の身に入って、種々の妨げをしましたので、退転して法華経を捨ててしまったことから、多くの劫の間、六道輪廻から抜け出ることができないままです。

 この様なことは他人のことのように思っておりましたが、今は私たちの身の上にふりかかってまいりました。そこで私は、いまこそ大願をおこす時である、と弟子檀那に申すのです。去年や一昨年の疫病で多くの人々が死にましたが、その中に入ることはありませんでした。しかし次に蒙古国が攻めてきたときには死を覚悟しなければならないでしょう。いずれにせよ、私たちは生まれたからには死は定められたことであり、臨終の苦しみは、病でも戦争でも同じです。同じように死を迎えるのであるならば法華のために命を捨てようではありませんか。法華経のために命を捨てることは、ひとしずくの露が大海にもどるように、小さな塵が大地にかえるようなものであると思いなさい。法華経第三の巻・化城喩品第七には、「願わくば、法華経のために命を捧げた功徳を、広くすべての衆生に行き渡らせ、私と衆生が皆共に仏道を成就することが叶いますように」とあります。恐れながら申し上げます。

 十一月六日                                        日蓮花押

上野賢人殿御返事

この手紙は、貴男が熱原の法難に際し、その立場も顧みず、またとなく尊い命懸けの御信心を表したことにたいするものです。

《拝読の要点》

 追伸に、「熱原のことの有り難さに申す」とあることから、熱原法難において、命を懸けて日蓮大聖人様の信仰を貫いた、神四郎・弥五朗・弥六郎の三列士をはじめとする法華講衆の信心をお誉めになり励まして下さる御書です。この法難はその後も続き、翌年の十二月の『上野殿御返事』には、「熱原の人たちをかばったことで、自身は乗る馬もなく、家族は着るものにも不自由をしている(趣意)」とあります。命懸けでの信仰であったことが拝されます。

○《死は一定》確実・確定・はっきりとした事実のことを「一定」といいます。大聖人様が、私たちは必ず死があります、と仰せになり、同じ死を迎えるなら、法華経のために、と教えて下さるのです。その理由として、

○《つゆを大海にあつらへ、ちりを大地にうづむとをもへ》と述べられます。つゆ・塵を私たちの生命に例え、露や塵が大海や大地に返るように、私たちの生命も久遠の昔にたちかえることができる、と教えて下さるのです。縁によってつゆや塵となるも、本来は大海、大地の一分であり、必ずそこに帰ります。同じように私たちも、縁があって現世を生きておりますが、広宣流布に命を懸ければ、その功徳によって、久遠の昔の清浄無垢な命にたちかえり、汚れなき仏様の覚りを得ることが叶う、とのご教示を信じましょう。

《語句の意味》

○竜門=中国の歴史書である史書に記された最古の王朝である〔夏朝〕の皇帝であった〔禹・う」が、山西省の黄河上流の竜門山に水路を開いた。この水路は急流で、この急流を登りきった鯉は竜になるといわれるようになった。そこから、〔登竜門〕という言葉が生まれたそうです。皐月の空を楽しそうに泳ぐ鯉のぼりは、我が子の成長を祈り、竜にはならなくても、元気で育つことを願った親心からはじまった風習のようです。
当抄で、この故事を引かれて、私たちの仏道修行の難しさを教えて下さっております。鯉が急流である竜門に挑戦して、竜になろうとする大きな願いは、私たちが広布のために尽くして仏の境界を開くのと同じです。大きな願いですから、簡単には成し遂げることはできません。そのことを教えて下さるお言葉です。庶民が殿上人になるのも不可能でないことは、歴史が教えてくれます。要は、諦めないことです。このことは、大願ばかりではなく、小さな願いであっても同じことです。

○身子=舍利弗尊者のこと。釈尊の十大弟子の一人で、智慧第一といわれました。譬喩品で〔華光如来〕となることが約束されました。この様な尊い仏弟子であっても、菩薩の修行において、途中で退転したことが大智度論という書物に記されております。

○大通結縁の者=法華経化城喩品で、大通智勝仏と大通智勝仏が出家前に設けた十六人の王子のことが説かれます。三千塵点劫の昔、この十六王子がそれぞれに法華経を説き人々を導きました。大通智勝仏が説いた法華経を、王子たちが再び講説した、という意味で、〔大通覆講〕といいます。釈尊の過去世は十六番目の王子で、この縁を大通結縁といい次の三種類があります。@退転しない者、A大乗の教えを退転して小乗の教えに入る者、B法を聞いても信じない者です。

○三千塵点劫・五百塵点劫=三千塵点劫は法華経化城喩品に、五百塵点劫は法華経寿量品に説かれるもので、ともに時の長く遠いことを表しています。ちなみに五百塵点劫は、〔五百千万億那由他阿僧祇〕の略で、三千塵点劫よりはるかに長い時間であることにご留意下さい。

○久遠下種=久遠五百塵点劫に仏から下種をされた

○去年・一昨年の疫病=建治三年(一二七七年)と弘安元年(一二七八年)に疫病のあったことが記録にあります。

以上


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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