日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成28年4月3日広布唱題会/日蓮正宗佛乗寺

立正安国論
〜 誤った筋の通らない信仰にどっぷりと浸かっている創価学会員への折伏 〜

立正安国論:平成新編日蓮大聖人御書(二四二頁)

文応元年七月十六日  三十九歳

『立正安国論』 文応元年七月十六日 三十九歳 (御書・二四二頁)

 主人咲み止めて曰く、辛きを蓼葉に習ひ臭きを溷厠に忘る。善言を聞いて悪言と思ひ、謗者を指して聖人と謂ひ、正師を疑って悪侶に擬す。其の迷ひ誠に深く、其の罪浅からず。事の起こりを聞け、委しく其の趣を談ぜん。

【通解】

 主人はニッコリ微笑み、(杖を取って帰ろうとする客を)引き止めて次のように言いました。(今のあなたは)、辛い蓼の葉を好んで食う虫が辛さを忘れているのと同じように、また厠に入っておれば、臭いを忘れるのと同じように、(間違った教えに身も心も馴染んでいるから)、正しい言葉であっても、誤った教えであると思い、仏法の教えに背く謗法の者を指して聖人であると言い、正しい師を疑って、悪しき僧侶に擬えております。その迷いは誠に深く、その罪は浅いものではありません。したがって、仏法の筋道を聞くことが大切です。委しくその事情をお話いたしましょう。

 『立正安国論』の十問十答ある内の第五問答です。大聖人様の的確かつ厳しい破折を受け、返答に窮した客が、ついに怒りをあらわにして席を立とうとしたときの様子です。

  日寛上人の『安国論愚記』には、「莞爾(ニッコ)と笑って客の将に帰らんとするを止むるなり」と示されております。

  皆様は折伏の時、この御文のような状況を何度も経験されたことがあると思います。
「そんな信仰の話をするなら、今後は貴方とは絶交する。連絡はしないでくれ」
と顔色を変えて立ち上がったとき、「莞爾」と笑って引き止めることができたでしょうか? それとも、ここまでいわれたのだから、と引き下がりましたか?

  折伏の、「成るか成らないか」の分かれ目は、この一点にあると申し上げても過言ではない、と私は思います。

  ニッコリ微笑むことができたならば、御本尊様の功徳を確信しているなによりの証拠であり、その確信は必ず相手の方に通じます。

  確信とは相手の方の幸せを願う心です。辛い蓼の葉を辛いと思わなくなっている味覚は尋常ではありません。誤った筋の通らない信仰にどっぷりと浸かっている創価学会員こそ「辛きを蓼葉に習ひ臭きを溷厠に忘る」人たちの典型ではありませんか。

  そこで皆様に伺います。最近、創価学会の人を折伏しましたか。
「あのような者たちに話しても時間の無駄だ」と考え、創価学会員への折伏を中断しているのであれば、この御文を心に、再開をしましょう。

 今月の十六日は、『立正安国論』を顕され、私たちに折伏の修行を通して、成仏の功徳を受ける方法を教えて下さった日です。

  大聖人様のお心、御本仏のお言葉を、佛乗寺檀信徒の一人ひとりが形に表して行くことは、周囲の人たちを幸福に導くサポートをすることになります。そのサポートは、やがて我が身に返り、我が身を飾ることになります。真の功徳は、「あなたと私のへだたりのない幸せ」より外にはありません。

  梅雨明けもまもなくです。暑い夏になりそうな予報ですが、「御本尊様第一」・「南無妙法蓮華経第一」に励めば、仏様が大きな大きな日傘を差し掛けて下さいます。その時に、過去より現在までの一切の熱は去り、清く涼しい生命を実感することができます。

暑い今こそ精進を重ね、清涼の功徳を受けようではありませんか。

 

以上


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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