日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成28年10月9・13日日蓮大聖人御報恩御講/日蓮正宗佛乗寺

四条金吾殿御返事

日蓮大聖人御書:『四条金吾殿御返事』(平成新編日蓮大聖人御書・一四〇七頁)
弘安二年一〇月二〇日  五八歳

『四条金吾殿御返事』 (御書・一四〇七頁)

いかに日蓮いのり申すとも、不信ならば、ぬれたるほくちに火をうちかくるがごとくなるべし。はげみをなして強盛に信力をいだし給ふべし。すぎし存命不思議とおもはせ給へ。なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給ふべし。

【現代語訳】

日蓮が貴方のことを強盛に祈ったところで、貴方が御本尊を信ずる心がなければ、願いは叶いません。譬えれば、濡れた火口に火打ち金と火打ち石を打ち合わせて火を点けようとしても火は点かないようなものです。心を奮い立たせて、強盛な信力を実践しなさい。先ごろの強敵に、命を奪われることがなかったのは、御本尊の不思議なお力であると心得なさい。どのような兵法よりも法華経の兵法を用いるべきです。

【語句の意味】

○ほくち=火打ち石から火を移し取るもの。

○強盛に信力をいだし給ふべし=いだし、を「外に向かって行う」、あるいは「外に表し出す」の意で考えると、内面の強盛な信力から一歩進んで、外に向かって行い表すこと、つまり折伏の実践を意味する、と拝しました。

【概略】

 当抄は弘安二年(一二七九年)十月二〇日に身延から鎌倉の四条金吾に与えられた書です。大聖人様は五十八歳、四条金吾は五十歳前後でした。別名を「剣形書」ともいいます。四条金吾が何者かに襲われながらも無事に切り抜けたことを大聖人様に御報告した時の御返事です。

 内容は、強敵を相手にして無事であったことは、日頃からの用心と、大事な時に怯まない勇気と、さらには、御本尊様への強盛な信心によるものである、とされます。このことから、四条金吾の「運」ものこり「果報」も尽きていないこと。また、強敵を退けたのは、法華経の行者を守護することを誓っている諸天善神の用きであること。四条金吾が敵を退けるための剣は諸天の中の「摩利支天」から与えられたものであること。そのうえ、大聖人様から、「妙法蓮華経の五字(御本尊)」を与えられているのであるから、必ず護られること、等が記されております。

【拝読箇所の要点】

【いかに日蓮いのり申すとも、不信ならば、ぬれたるほくちに火をうちかくるがごとくなるべし。はげみをなして強盛に信力をいだし給ふべし】とございます。「日蓮はいつもあなたのことを祈っております。ですから心配ありません。あなたも強い心で日蓮を信じて励みなさい」とのお言葉を賜った四条金吾は、今まで以上に信心に励みました。私たち凡夫は、御本尊様の功徳を疑う一瞬があります。その時は、「ほくち」が濡れている時です。火が点かないのと同じで、功徳を感じることはできません。その時にはどのように対処しますか。難しくはありません。「ほくち」を乾かせば火が点くように、信心の心を乾かせば(怨嫉を取り除けば)功徳が現れます。乾かす方法は「南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経」と御本尊様に手を合わせることです。さらに、ほくちを濡らさない秘訣を、【信力を出し給ふべし】と教えて下さっているように思います。つまり、私たちが、自らの信力を外に向かって語るとき、信力を不動のものとしていることになります。故に、折伏が私たちにとって大切な意味を持つことがおわかりになると思います。


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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