日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成28年11月13日日蓮大聖人御報恩御講/日蓮正宗佛乗寺

上野尼御前御返事

日蓮大聖人御書:『上野尼御前御返事』(平成新編日蓮大聖人御書・一五五三頁)
弘安四年一月一三日  五九歳

『上野尼御前御返事』 (御書・一五五三頁)

若有聞法者無一不成仏と申して、大地はさゝばはづるとも、日月は地に堕ち給ふとも、しをはみちひぬ世はありとも、花はなつにならずとも、南無妙法蓮華経と申す女人の、をもう子にあわずという事はなしととかれて候ぞ。いそぎいそぎつとめさせ給へつとめさせ給へ

【現代語訳】

法華経方便品第二には、「もし、法を聞く者があれば、一人として成仏しないものはない(法華経を聞く人は一人残らず成仏する)」と説かれております。大地を指さして外れるようなことがあったとしても、太陽や月が地に落ちるようなことがあったとしても、海水の満ち干きのない世の中になったとしても、花の咲かない夏になったとしても、南無妙法蓮華経と唱える母親が、思う我が子に会えないことはない、と説かれております。弛むことなく御信心に励みなさい。弛むことなく御信心に励みなさい。

この御書が認められた背景

 当抄は弘安四年一月十三日に認めて上野尼に与えられたものです。上野尼は南条時光をはじめとして五男四女の子供がおりました。しかし、長男の七郎太郎・三男の七郎三郎・四男の七郎四郎は幼くして亡くなっております。 その中で無事に成年を迎えたのが、次男の時光と五男の七郎五郎でした。ところが、前年の弘安三年九月五日に末の子供である七郎五郎が十六歳で亡くなる、という事態に至りました。この時、時光は二十三歳です。
 上野尼の夫、南条兵衛七郎は文永二年(一二六五年)三月八日に死去しております。この時上野尼はお腹に七郎五郎を宿しておりました。 この時、時光は七歳です。

 七郎五郎について、「六月にお会いしたときには、度胸のある男らしい青年に育ったと思った」あるいは「容姿も勝れ心も優しく周りの人たちからも素敵な人である、と言われている」と御書の中で大聖人様が述べられているように、父親の顔を知らずに育ったにもかかわらず、逞しく成長した様子がうかがえます。ところが、その七郎五郎が亡くなり、上野尼の悲しみは如何ばかりであったでしょう。悲しみの底にある母親を励まされるお手紙が当抄です。

語句の意味

○若有聞法者無一不成仏=聞法の大切なことを説かれるものです。総本山二十六世日寛上人は、「耳根得道(にこんとくどう)と教えて下さり、「末法の衆生は法を聞くことによって仏の覚りを得ることができる」(取意)と示されております。この経文にも、「法を聞く者」とありますので「聞法の修行」に励む功徳は偉大です。聞法について付け加えますと、お説法を聞くことだけが「法を聞く」ことではありません。御書を皆で声に出して拝読するのも、「法を聞く」ことです。なぜならば、御書は大聖人様の御教えであり、本日のように皆で拝読すれば隣の方の拝読する声が聞こえます。まさに「聞法」ではありませんか。ですから、御報恩御講に参詣して、ともに御書を拝読することが大切なのです。

○大地はさゝばはづるとも=大地を指さして外れるようなことがあっても、という意味です。外れるようなことは決してないことから、仮りにそのようなことがあったとしても、「亡き七郎五郎殿に再会することができます」と御本尊様の功徳の絶対であることを教えて下さる箇所です。御本尊様の功徳が百%確実であることを示されるところです。『諸法実相抄』で「広宣流布は大地を的するように確実に達成できる」(取意)との仰せも同じ意味です。日月の譬えも、干満の譬えも、花の譬えも同じ意味で用いられております。

○いそぎいそぎ=いそぎは漢字では「急」をあてます。いそぐ、はやく、至急等の意味もありますが、勤(いそ)し、と同じ意も含まれます。ここでは、準備をする、用意をするために怠らず物事に取り組む、と言う意味から、怠らずに、弛むことなく御信心に励みなさい、と拝しました。「月々日々につより給へ」(一三九七頁)を思いだした方も多いことでしょう。また、「来臨遙かに中絶せり、急ぎ急ぎに来臨を企つべし」を思いだした方もいらっしゃるでしょう。この場合の「急ぎ」は、南条時光に対して、「あなたはしばらく日蓮の所に来ておりません、早くおいで下さい」と言う意味で拝することがよいように思います。おなじ「急」も、前後で意味が違ってくる例です。

拝読の要点

 亡くなった七郎五郎と、遺された上野尼御前を「南無妙法蓮華経」の御本尊様が取り結んで下さることを教えて下さっております。科学的ではない、物理的には不可能と思われることですが、過去世・現世・来世の三世を見通すのが仏様の智慧です。宇宙の真理を教えて下さるのが仏様です。その仏様の御言葉に従い、三大秘法の大御本尊様に向かって、南無妙法蓮華経と御題目を唱える時、亡くなった方と遺された方の心が一つになることができると信じます。現世ばかりではなく来世の功徳を信じることの大切さを教えて下さる御文です。

◇お寺のゆずが豊作です。黄色く実ったゆずは檀信徒の功徳の現れであると嬉しく思い、毎朝夕ながめ、撫でております。季節は一気に冬になりました。風邪など召されぬようご自愛下さい。


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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