日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成28年12月11日日蓮大聖人御報恩御講/日蓮正宗佛乗寺

四菩薩造立抄

日蓮大聖人御書:『四菩薩造立抄』(平成新編日蓮大聖人御書・一三七〇頁)
弘安二年五月一七日  五八歳

『四菩薩造立抄』(御書・一三七〇頁)

此の法門は年来貴辺に申し含めたる様に人々にも披露あるべき者なり。総じて日蓮が弟子と云って法華経を修行せん人々は日蓮が如くにし候へ。さだにも候はゞ、釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守り候べし。

【現代語訳】

日蓮がこの法門を長年貴方に詳しく申し上げてきたように、周囲の人々にも教えてあげるべきです。日蓮の弟子・檀那と名乗る総ての人々は、日蓮が行っているようにしなさい。そのようにするならば、釈尊や多宝如来や総ての仏様、また十羅刹女をはじめとする諸天善神の加護があります。

【語句の意味】

○此の法門=日蓮大聖人様が末法に御出現遊ばされて、一切衆生が成仏するために示された教え。私たちの立場では、「三大秘法の南無妙法蓮華経」のこと。

○貴辺=富木常忍。下総の守護・千葉氏の有力な家臣で、現在の千葉県市川市中山に住み、鎌倉在住の四条金吾と並んで門下の中心的な信徒。『観心本尊抄』などの重要な御書を与えられている。

○日蓮が如く=日蓮大聖人様は、「末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」(『三大秘法抄』御書・一五九五頁)と述べられ、自らのためだけに御題目を唱えるのではなく、他人のためにも御題目を唱えることを私たちに教えて下さいます。お題目を唱えることが末法の成仏の修行であり、周りの人たちにも勧めることは、これまでは誰もしていなかったことである、とも仰せです。佛乗寺の檀信徒も、常にこの教えに従って、世界中の人々の幸せを祈る修行に励んでおります。とても素敵な「日蓮が如く」の修行です。

○さだにも候はゞ=「さ」は副詞で、そのとおりに、そのように。「だにも」は副助詞「だに」に係助詞の「も」が付いて、一つのことを取り上げて強調する語になる。ここでは、日蓮大聖人の弟子であるならば、日蓮大聖人と同じように法華経の修行に励むことを強調する上で用いられる。

○釈迦・多宝=法華経見宝塔品第十一で、釈迦の教えが真実であることを証明するために多宝仏が出現し、大地から湧き出た宝塔の中に、釈迦と多宝のが席を並べて座していることが説かれている。御本尊様にこの二仏が認められていることから、「釈迦・多宝に守られる」と大聖人様が仰せになる意は、「御本尊様の御加護を受けられる」ことである。

○十方の分身=十方は東・西・南・北の四方と、北東(艮・うしとら)・東南(巽・たつみ)・南西(坤・ひつじさる)・西北(乾・いぬい)の四隅と、上下を併せたもので、すべての世界、あらゆる所のこと。分身は、歩の仏の身を分けた仏のこと。

○十羅刹女=法華経に説かれる十人の女性の鬼のこと。鬼子母神の娘。法華経が説かれる前の経文には、鬼子母神も十羅刹女も悪鬼として説かれている。しかし、法華経において善鬼となり、法華経の修行をする者を守ることを仏様に誓ったことから、諸天善神に加えられている。

〈富木さんほどの方が何故「四菩薩の造立」にこだわるのでしょうか〉

『四菩薩造立抄』は、富木常忍が法華経本門で説かれた、上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩の四菩薩の造立について御指導を仰いだことに対する御返事であるとされております。御真筆はありません。

富木常忍は、前述したように、『観心本尊抄』を与えられた方です。その『観心本尊抄』に、「此の時地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし」とあります。御文の意は、「末法の世に、地涌の菩薩が出現して、法華経の本門の教えを説いた釈尊が脇士(きょうじ・脇で支える役目の者)となる、一閻浮提第一の御本尊がこの日本に建立されます」というものです。御本尊様の中央に「南無妙法蓮華経」の御題目、御題目の左の方に「南無釈迦牟尼仏」、右の方に「南無多宝如来」、さらに四菩薩等が認められております。私たちが根本尊崇するべき御本尊様のお姿は『観心本尊抄』に明確に示されているのです。

ところが、この御文を拝していながら、四菩薩の造立について御指導をいただく、などということは私たちにとっては、実に信じ難いことです。すでに、四条金吾などの弟子檀那に、御曼陀羅御本尊が御下附されていたことも御書の中に明らかです。しかも、この御文が認められた弘安二年五月の半年後には大御本尊様の御建立があるのですから尚更です。

富木常忍ほどの強信者が、四菩薩の造立にこだわるとはどうしても思えません。先にも書きましたが、当抄は御真筆がありません。そこから、後世の誰かが創作したものではないか、という疑念が浮かびます。

あるいは、御真蹟の保存状態が悪く、意味不明の箇所を誤って補い、その写本が現在に伝えられるようなものになった、という考えも浮かびます。その理由として、前後の文章のつながりが不明な箇所があることを挙げることができます。

一般に、富木常忍は、他の門下と違って、御書を大切にする檀越であったと言われております。その証拠に、中山法華経寺には多くの御真蹟が伝えられております。

身延派では、「一尊四士(いっそんしし)」といって、釈尊の仏像を真ん中にして、周りに四菩薩を配する、と言う本尊形式の濫觴(らんしょう・始まり・みなもと)が当抄である、としております(身延派の学匠・優陀那日輝)。この優陀那説によれば、当抄は御本尊のことを決するほどの大切な御書なのですから、途中で失われた、とは考えがたいことです。

どちらにせよ、この御書から、大聖人様の教えを正しく信ずることの難しさを思います。大聖人様に命懸けでお仕えし、御護りした方であっても、正しく理解することができなかったのです。まさに「受くるは易く持つは難し」です。私たちは、「日蓮が如くしなさい」との御言葉を忘れないように、御書を正しく拝する上から、常に御法主上人の御指南を心に留めてまいりましょう。そして一生成仏の功徳を受けようではありませんか。御本尊様の御加護を信じ、正直に、素直な心で折伏行に励み、新しい年を迎えようではありませんか。御一同の御健勝をお祈り申し上げます。

 

以上


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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