日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成29年1月13日日蓮大聖人御報恩御講/日蓮正宗佛乗寺

三三蔵祈雨事

日蓮大聖人御書:『三三蔵祈雨事』(平成新編日蓮大聖人御書・八七三頁)
建治元年六月二二日 五四歳

『三三蔵祈雨事』(御書・八七三頁)

 夫木をうへ候には、大風ふき候へどもつよきすけをかひぬればたうれず。本より生ひて候木なれども、根の弱きはたうれぬ。甲斐無き者なれども、たすくる者強ければたうれず。すこし健の者も独りなれば悪しきみちにはたうれぬ。(乃至)
 されば仏になるみちは善知識にはすぎず。わがちゑなににかせん。たゞあつきつめたきばかりの智慧だにも候ならば、善知識たひせちなり。(乃至)
 各々はいかなる宿善にて日蓮をば訪はせ給へるぞ。能く能く過去を御尋ね有らば、なにと無くとも此の度生死は離れさせ給ふべし。(同・八七七頁)

【現代語訳】

 植えたばかりの木でも、しっかりとした添え木をしておけば、大風が吹いても倒れることはありません。元々生えている木であっても、根がしっかりとはっていない木は倒れてしまいます。同じように、弱い者であっても、助ける人が強ければ倒れることはありません。少しばかり勇ましくしかりしている者であっても、一人で悪い道を通るときには、泥に足を取られて倒れてしまいます。(中略)
 ですから、成仏の功徳を受けるためには、善知識を得ることがなによりも大切です。私たちのような凡夫の、熱いとか冷たいとかの智慧は成仏という一点においては頼りになりません。そのような智慧であっても、善知識が大切であることがおわかりになるでしょう。(中略)
 あなた方は、過去世においてどのような功徳善根を積んで今世に日蓮のもとへ足を運ばれるのでしょうか。よくよく過去世のことを考えてみますと、どのようなことがあったとしても、今生での生死への執着を離れようではありませんか。

『三三蔵祈雨事』のあらすじ

 当御書は、別名、『西山殿御返事』と呼ばれております。大聖人様がお書きになったものが、総本山に厳護されております。春のお虫払い法要において披露されますので、ご覧になった方もいらっしゃることと思います。大聖人様が五十四歳の時に、身延から西山入道に与えられました。西山入道は、駿河国富士郡(静岡県富士郡)を流れる芝川の畔にある西山に住していたことから、「西山殿」と称されておりました。西山殿についての詳しいことは残念ながら伝えられておりません。総本山五九世日亨上人の「弟子檀那列伝」には、「芝川が富士川と合流する河合に住していた、日興上人の母方の親類で由比氏の年配の方であろう」(趣意)と記されております。日興上人が選定された、御書の中でも特に重要な五大部、すなわち、@『立正安国論』、A『開目抄』、B『観心本尊抄』、C『撰時抄』、D『報恩抄』の中の、『撰時抄』はこの西山入道に与えられたものです。このことからも、西山入道の信仰を推し量ることができます。故に、大聖人様がご入滅になった後、日興上人が一宗を統率されるようになってからも、信仰の筋目を正しく守り、南条時光等と共に、総本山大石寺の建立に力を尽くされたことと拝察致します。

 題号の『三三蔵祈雨事』は、真言宗の三人の三蔵(僧侶)が雨乞いの祈祷をしたところ、雨が降るには降ったが、その直後に大風が吹き、人々の悦びは一瞬で、それに倍する災難に見舞われたことから、真言宗破折の上から、このような題号が付けられました。

○善知識にめぐり会うことが成仏のための絶対条件

 本日拝読した箇所は当御書の冒頭部分で、「善知識」にめぐり会うことで仏道修行を完成することが示されております。

 次いで、勝れた仏法と劣った仏法を判断するには、実際にあったことから判断をすることが大切である旨を述べられます。この箇所は有名な御文ですからご承知のことと思います。

○正しい教えには正しい現証がある

「日蓮仏法をこゝろみるに、道理と証文とにはすぎず。又道理証文よりも現証にはすぎず」(八七四頁)

との御文です。ここで、「仏法をこころみる」と大聖人様は述べられます。これは、大聖人様が実際に仏道修行に励まれた中でお覚りになったこと、という意味で拝することができます。ご幼少のころから仏道修行に励まれ、法華経こそがただ一つの教えであることを覚られた上での御言葉ですから、私たちは素直に信じることが大切です。続く、「仏の教えは、筋道が明らかであることと、確かに仏が説かれたという証拠のある文でなければならず、さらに最も大切なことは、現実の姿です」というお言葉は、大聖人様の経験に基づいたものである、ということを知らねばなりません。

○誤った教えの現証を示される

 さらに、前述しましたように、題号の由来となっている、三人の真言宗の僧侶が雨乞いの祈りをして悪い結果を出すことしかできなかった例を挙げ、「真言宗は国を滅ぼす教えである」と厳しく誤りを指摘されます。その流れにある、日本真言宗の開祖である空海は、真実を嘘といい、嘘を真実という、「道に外れたことをする」ことを挙げて、その教えを信じた後鳥羽天皇は、隠岐島に流罪となったことを、誤った教えを信じた結果であり、国を滅ぼす現証である、と述べられております。

○天台大師や伝教大師の現証

 一方、正しい教えの法華経をもって雨の祈りをされた、中国の天台大師や日本の伝教大師は、「甘雨」や「ほそき雨」を降らして大地を潤したことから、万民が掌をあわせたことが述べられております。

 最後に、西山入道が日蓮大聖人様の信仰をすることは、過去世の功徳であり、せっかく正しい教えにめぐり会ったのであるから、今世において信心に励み、生死の苦しみから離れて成仏の功徳を受けるように、と励まされております。

○今世の信心は過去世の功徳

 最後に、過去世の功徳善根によって、日蓮大聖人様に巡り会い、南無妙法蓮華経と御題目を唱えることができるようになったのですから、今世において、退転することなく成仏の功徳を受けてまいりましょう、と励まして下さっております。

【まとめ】

 大聖人様は仰せです。善知識を得て信心に励む人は決して倒れる事がないと言うことを。互いに助け合う精神を示して下さっております。助け合うと言うことは「異体同心」に通ずるものであり、「日蓮が一類は異体同心なれば、人々すくなく候へども大事を成じて、一定法華経ひろまりなんと覚へ候」(一三九〇頁)の御文が即座に思い出されます。信心の者の集まり、同信の者の集い、これほど尊いことはなく、成仏を願う者は、進んで善知識を求めなくてはなりません。くれぐれも「ただ熱き、冷たきばかりの凡夫の智慧」を振り回すことなく、「我が智慧なにかせん」との正直で素直な気持ちになれるように御題目を唱えましょう。

 寒い中の御参詣ご苦労様でした。春はもうすぐです。御精進をお祈りいたします。来月は病床の南条時光に与えた『法華証明抄』です。この御文で、大聖人様の励ましを賜った時光は長寿を全ういたしました。

 

以上


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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