日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成29年3月1日永代経/日蓮正宗佛乗寺

『樒』
〜どうして御本尊様に「おしきみ」を御供えするの〜

《どうして御本尊様に「おしきみ」を御供えするの》

一、お経文に説かれているから

  法華経の方便品に、「栴檀及び沈水、木樒並びに余の材」(開結一一五頁)と説かれております。「栴檀」は白檀のことです。「沈水」は沈水香木の略で沈香のことです。水に沈む重い木であることからこのように呼ばれております。白檀も沈香もよい香りのする植物です。「木樒」は《しきみ》のことです。(「木樒」をヒマラヤ杉等とする説もありますが、白檀や沈香などの香木と並べて述べられているのですから、香木である「樒の木」であると思います)

二、よい香りの御供え

 白檀や沈香と並んでしきみが挙げられていることを覚えておいて下さい。

 これらを御宝前にお供えすることは、よい香りを御供えすることになります。皆さまはしきみの香りをご存じでしょうか。ご存じでなければ香をかいでみてください。しきみの葉を一枚手に取って、それを半分に折りますと清浄で清々しい香がいたします。このよき香りが御宝前を清め、邪気を払い、私たちの命を清浄にしてくれるのです。

三、永遠の命を表す

  菊などの色花は、美しく心を和ましてくれます。花を愛さない人はおりません。しかし、綺麗に咲いた花はやがてしおれて散ってしまいます。この移り変わりを仏法では「無常」といいます。有名な『平家物語』の冒頭に「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」とあります。権勢を誇った者もはかなく滅びてしまうのも、沙羅双樹の花があせてしまうのと同じであることを、「この世の中のすべての出来事は常に生滅を繰り返して移り変わるものである」と説いた諸行無常という涅槃経の文を引用して述べております。この例からも分かりますように、仏法では、色花は移り変わることがらを表すもの、無常なることを示しております

 私たちの信ずる日蓮大聖人様は、遠い過去世から現在世、さらに永遠の未来世の三世にあって、常に変わらずに住されて私たちを導いて下さる仏様です。また、その教えを信じて南無妙法蓮華経と唱える私たちも、仏様と同じように三世に変わらない命を得ることができます。そこで、変わらない命、常住不変を表す上から「常緑樹」であるおしきみを御供えするのです。秋から冬にかけての、落葉樹が葉を落とした季節にあっては、つやのある深緑色のしきみの葉に、生命力の強さを感じ元気をもらうことができた、という話も聞きます。「しきみ」は日蓮大聖人様の永遠不滅の御命と、それを信ずる私たち自身の永遠の命を表す上からの御供えであることも覚えておいて下さい。

 また、清々しい香と深緑色のしきみで御宝前をお飾りすることは、私たちの心が清々しいこと、私たちの生命力の強さも表しております。反対に、おしきみが枯れていたり、造花だったりするのは、汚れた心、生命力の弱さ、怠け心を物語っている、と言っても過言でありません。お給仕の上で、我が身を律してまいりましょう。

四、しきみの御供えは仏教の正統な証

  江戸時代(享保八年・一七二三年)に編纂されたという、『真俗仏事編』に、「樒の実はもと天竺より来れり。本邦へは鑑真和上の請来なり。その形天竺無熱池の青蓮華に似たり、故に之を取りて仏に供す」とあるようです。鑑真が中国から持ってきた、というのは伝承だと思いますが、この記述から、江戸時代以前からしきみが仏前に供えられていたことが分かります。このことから、日蓮正宗が仏法の伝統を守っていることがおわかりになると思います。

○葬儀もお墓も清浄に荘厳に

  以上の四点から、私たちが御本尊様におしきみを御供えする理由を述べました。また、葬儀の祭壇やお墓にも、 移ろい変わる色花ではなく常住不変のしきみを供えることが大切であることがおわかりいただけると思います。世の中の大多数は「仏花」として菊などの色花を供えております。葬儀社のパンフレットを見ますと、華やかな色花の祭壇に目がいきます。しきみ一色だけの祭壇は寂しいと思われるかも知れません。しかし、来世に旅立つ者の身になってみれば、儚く散る色花が表す無常の姿で送られるよりも、未来永遠の生命、常住を表すしきみで送ってもらいたいのではないでしょうか。

  しきみをおそなえする意味を知ることで、正しい仏法の理解に通ずるものと信じます。ちなみに、春・夏・秋・冬の四季にあって、常に変わらずに美しい、の意から「四季美・しきみ」になった、という説もあります。私たちの、「おしきみを御供えする化儀」に自信と誇りを持って、大聖人様の教えを伝えてまいりましょう。

 

以上


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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