日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成29年3月 春季彼岸会/日蓮正宗佛乗寺

上野殿御返事
〜春季彼岸会奉修〜

彼岸会

 春季彼岸会にあたり、檀信徒の皆さまにはご多忙のおり、また遠路の所を、亡き方々の菩提を弔うためにご参詣になりました。来世に生まれ変わって活動をされている方々が、皆さまの貴いお心を感じてお喜びになり、感謝をされていることと思います。

 私たちは前世のことを覚えておりません。来世のことを知ることもできません。しかし、亡き方が来世で幸せになることは、遺された皆様が幸せになることである、と日蓮大聖人様が教えて下さっておりますことを信じて、お彼岸やお盆の追善供養を執り行います。

 日蓮大聖人様は、鎌倉幕府の地頭である南条時光に宛てた、
『上野殿御返事』で、

いよいよ強盛なるべし。さるほどならば聖霊仏になり給ふべし。成り給ふならば来たりてまぼり給ふべし。其の時一切は心にまかせんずるなり。(御書・八二五頁六行目)

と述べられております。現代語にいたしますと次のような意味で拝せられます。

【現代語訳】

 ますます強い意思をもって(南無妙法蓮華経の)ご信心に励みましょう。貴男がご信心に励むのであれば、亡き父上は必ず来世で仏様の境界を得ることができます。そして成仏なさった父上が必ず貴男を守って下さいます。その時には、貴男の身におこっている心身の苦悩が解消して、思いのままの境界を得ることができます。

《語句の意味》

○聖霊=亡くなった人こと。ここでは、総本山大石寺を建立寄進した南条時光の父で、文永二年(一二六五年)三月八日に死去した南条兵衛七郎のこと。

○仏に成る=亡くなった人の命が、死後の世界(来世)で仏様の悟りを得ることができる、との意。(仏の境界=精神や肉体を悩まし苦しめる精神的な用きである煩悩を克服して、束縛や障害のない心身を得ること)

○心にまかせんずるなり=心のまま、思い通り、願いが叶う等の意。

 法華経の薬草喩品第五に「(法華経の信仰をすることで)現世は安穏になり、後生は善き処に生まれます」と説かれ、生きているときに、正しい信仰に励むことで受けられるご利益を教えて下さっております。それでは、生前に正しい信仰ができなかった人はどうなるのだろうという心配が生まれます。そこで日蓮大聖人様は上野殿を通して私たちに、亡くなった方の来世(死後の世界)を善い所にすることができる信仰が、今私たちが行っているように、御本尊様に手を合わせて「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えることである、と教えて下さるのです。

 現世に残された私たちが、来世に生まれ変わった方のことを思い、日蓮大聖人様が教えて下さる「南無妙法蓮華経」と御本尊様にお題目を唱えることで、亡き方が仏様の心を持つことができます。仏様の心とは、いつも穏やかで慈悲の心につつまれた状態をいいます。怒りや恐れなどを超越した心です。そして、来世で仏様の力を得た亡きお父様やお母様方が、今度は現世に残した子供や孫である私たちを守ってくださるのです。私たちも仏様の心を持つことができる、これが今日ご参詣の皆さまの受ける功徳です。

 御先祖を初め亡き方の来世での幸せを願って行動を起こしたことで、亡き方と残された私たちが共に、幸福な心と身を得ることが叶うご信心にこの後も御精進ください。 

以上


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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