日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成29年7月 日蓮大聖人御報恩御講/日蓮正宗佛乗寺

上野殿後家尼御返事

日蓮大聖人御書:『上野殿後家尼御返事』(平成新編日蓮大聖人御書・三三六頁)
文永二年七月一一日  四四歳

『上野殿後家尼御返事』(御書・三三六頁)

 御供養の物種々給び畢んぬ。抑上野殿死去の後はをとづれ冥途より候やらん、きかまほしくをぼへ候。たゞしあるべしともおぼへず。もし夢にあらずんばすがたをみる事よもあらじ。まぼろしにあらずんばみゝえ給ふ事いかゞ候はん。さだめて霊山浄土にてさばの事をば、ちうやにきゝ御覧じ候らむ。妻子等は肉眼なればみさせきかせ給ふ事なし。ついには一所とをぼしめせ。生々世々の間ちぎりし夫は大海のいさごのかずよりもをゝくこそをはしまし候ひけん。今度のちぎりこそまことのちぎりのをとこよ。そのゆへは、をとこのすゝめによりて法華経の行者とならせ給へば仏とをがませ給ふべし。いきてをはしき時は生の仏、今は死の仏、生死ともに仏なり。即身成仏と申す大事の法門これなり。法華経第四に云はく「若し能く持つこと有らば即ち仏身を持つなり」云云。

【意訳】

 亡き御主人の初盆にあたり、奥様の真心がこもった種々の御供養を拝受いたしました。そもそも上野殿が亡くなられた後に、冥途から便りがございましたでしょうか。もし便りがございましたら、その内容を伺いたいと思います。ただし、便りがあるとは思えません。夢でなければ姿を見ることもないでしょう。幻でなければ会うこともできません。しかし、亡くなられた上野殿は、必ず霊山浄土から昼夜を分かたずに、娑婆世界に遺してきた奥様や子供達の声を聞いたり姿をご覧になったりしております。奥様や子供達は肉眼ですから、御主人・お父様のお姿を見たり、声を聞いたりすることはできません。しかし、やがては同じところでお会いすることができます。ご安心下さい。

 私たちは、遠い過去から現在まで、生まれては死に、死んでは生まれるということの繰り返しです。その間に、夫婦として縁を結んだ相手は、大海の砂の数よりも多いのです。そのような中で、今世での夫婦の縁こそが真実の縁です。なぜならば、夫であった南条兵衛七郎の勧めにより貴女は法華経の行者となることができたからです。ですから、仏道に導いて下さった恩を思うならば、亡きご主人を仏と思い、手を合わせるべきです。生きているときも、亡くなった後も成仏に導いて下さる仏です。末法の凡夫がその身を改めずにそのままで仏に成ることができる法華経のみに説かれる大事な法門です。法華経の第四の卷にある見宝塔品第十一に「もし、この法華経をよく持つことができるならば、その時に仏の身を持つことになる」とあります。

【語句】

○上野殿=南条兵衛七郎のこと。富士上野郷の領主。文永二年(一二六五年)三月八日寂。総本山大石寺を建立寄進した南条時光の父。南条家の本領は現在の静岡県伊豆の国市。ここは源頼朝の流罪でもある。頼朝が鎌倉幕府を開くにあたっては、北条氏等と共に尽力をした。後には北条得宗家の御内人として、歴史に名を残している。上野の南条家は、庶流であったが、御内人の一門として、重きをなしていた。そのような中で、日蓮大聖人様の信仰を貫いたのであるから、それだけでも賞賛に値する。

○冥途=死後の世界。「此の御本尊こそ冥途のいしゃうなれ(この御本尊が死後の身を飾る衣装です)」(『寂日房御書』一三九四頁) とある。

○きかまほし=聞くの未然形に希望の助動詞(まほし)がついて、お聞きしたい、承りたいの意になる。

○霊山浄土=釈尊が法華経を説いた霊鷲山と、仏が住する寂光浄土を併せた言葉。一般に霊山とは、法華経が説かれたインドの霊鷲山のことをいうが、

日蓮大聖人様は『御義口伝』で、

「宝処とは霊山なり。日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者は一同に皆共至宝処なり。共の一字は日蓮に共する時は宝処に至るべし、不共ならば阿鼻大城に堕つべし云云」(一七四七頁)

と仰せである。意訳すると「宝処は佛乘すなわち覚りに導く唯一の教えを説く処のことで、それが霊鷲山である。日蓮と同じように南無妙法蓮華経と唱えるものは一人残らず仏と同じ宝処に住するのである。とくに、『共に』の心が大切で、『日蓮と共に』であれば宝処に至ることができる。そうでなければ、無間地獄の苦しみの中に堕ちる」となる。すなわち、大聖人様と異体同心して信心に励むならば、地獄の苦しみから逃れて、霊山浄土に住むことができる。また、

「霊山とは御本尊なり。今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者の住処を説くなり云云」(一七七〇頁)

と仰せのように、日蓮大聖人様の教えのままに御本尊様に手を合わせて、南無妙法蓮華経とお題目を唱えるところがそのまま霊山浄土なのであり。換言すれば、自らと周りの人たちの幸せを願ってお題目を唱え折伏をする私たちの住所は『霊山浄土』である、というこです。さらに死後、すなわち来世においても、大御本尊様のもとに生まれ、自らと周りの人たちの幸せを願う菩薩の心で日々を送ることが叶う、と御教示である。

○さばの事=娑婆世界のこと。煩悩に支配された人間世界のこと。ここでは現世、残された方々の活動している世界の意味で用いられている。

○ちうや=昼夜のこと。昼も夜も、一日中、二十四時間のこと。

○肉眼=五眼の一つ。さえぎるものがなければ見ることの出来る人間がもつ目。他には、明るくても暗くても、遠くても近くても見ることが出来る天界の者の目である「天眼」、智慧の目で二乗界の者がもつ「慧眼」、菩薩の智慧の目である「法眼」、仏様の眼である「仏眼」がある。お題目を唱えることで、折伏に励むことで私たちも仏眼をもつこと出来ます。

○生々世々=生まれては死に、死んでは生まれ、永遠に生死を繰り返す仏教の生死観。

○即身成仏=私たちの身を飾ることなく、凡夫そのまま、煩悩に支配された身のままで仏に成ることが出来ること。法華経以外の教えでは、女性は男性に、悪人は善人に身を変え、長い長い間仏道修行に励んだ後、ようやく仏に成ることが出来ると教えている。それに対して、法華経では、凡夫のまま、長い長い仏道修行に励むこともなく、南無妙法蓮華経と御題目を唱えるその時が仏である、と教えている。末法の御本仏日蓮大聖人様は、私たちの即身成仏のために、南無妙法蓮華経の御本尊様を顕され、御本尊様に手を合わせることで、私たち凡夫が仏に成る道を開いて下さった。

○見宝塔品第十一=七種類の宝で飾られた塔が大地より大空に出現して、その中から多宝仏が出て、「釈尊の説く教えは真実である」と証明をした。また真実の教えである法華経を持つことは、仏の身を持つことである」等が説かれる。

【解説】

 この御文は、文永二年三月八日に亡くなった上野尼の夫である南条兵衛七郎の初盆にあたり、上野尼が初盆の追善供養を願い出られたときの御返事です。幼い子供たちを抱え、頼りとする夫に先立たれた上野尼の心情を思うと言葉がありません。時光はこの時七歳、弟の七郎五郎はまだお腹の中でした。

 大聖人様は、上野尼に対し、「私たちの凡夫の眼で物事を見るのではなく、曇った肉眼を頼るのではなく、仏様の智慧・仏眼を頼みとしなさい」と教えて下さいます。そして、「生死ともに仏」と述べられ、「貴女とご主人は、御本尊様を通して結ばれております。決して別々ではありませんよ、必ず加護がありますよ」と励まして下さいます。ご主人は、亡くなった後も上野尼を大聖人のもとに導い下さっており、生きているときも亡くなった後も共に「善知識」であることを述べられて、大聖人の信心をする功徳、「現世の一生成仏」と「来世では善き所、願い通りの所に生まれ変わることができる」を、亡き夫の追善供養を通して教えて下さいます。家督を継いだ南条時光が、多くの困難に打ち勝ち、日蓮大聖人様の信仰を貫き、総本山大石寺を建立寄進した信仰の源も、本日拝読の御書にあるように、来世に活動するお父様が見守って下さることを確信していたことも大きな要因となっていると思います。私たちも、現世だけをみる肉眼から、せめて慧眼に昇格して、来世を信じて今日を生きようではありませんか。

 暑い暑い夏を迎えます。十分に休養を取り、障魔に打ち勝つ信心に励んでまいりましょう。ご自愛とご精進をお祈り申し上げます。

 

以上


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