日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成29年8月 日蓮大聖人御報恩御講/日蓮正宗佛乗寺

寂日房御書,千日尼御返事,法蓮抄,
上野殿御消息,こう入道殿御返事,窪尼御前御返事
〜親子の関係についての御書を拝す〜

〔御報恩御講へのご参詣ご苦労様でした〕

 八月の宗祖日蓮大聖人御報恩御講に参詣された皆さまに、「暑い中、たまの休みに時間をつくり、日蓮の報恩御講に佛乘寺に足を運びご苦労様でした。本日の参詣には、過去の罪障を消滅する功徳、現在が安穏になる功徳、そして来世には善き所に生まれ変わることが出来る功徳を積む修行です。必ず叶えられます。固く信じて励みましょう」とのお誉めの言葉を大聖人様から賜ることができたと拝察致します。暑い日々ではございますが、このお言葉を胸に、自信と誇りもって共々に進みましょう。

〔子は財?それとも敵?〕

  本日はこの後、子供たちのお楽しみ会がございます。そこで、親子の関係についての御書を拝します。

〔ポイント・親と子〕

 御本尊様を受持して信仰に励む私たちと、私たちの両親との関係を肯定的に教えて下さる御文が『寂日房御書』に示されております。

『寂日房御書』

@「不思議の日蓮をうみ出だせし父母は日本国の一切衆生の中には大果報の人なり。父母となり其の子となるも必ず宿習なり。若し日蓮が法華経・釈迦如来の御使ひならば父母あに其の故なからんや」(御書・一三九三頁)

〈現代語訳〉

 末法で法華経を弘める日蓮の父母は、日本中で一番幸せな人です。今世で父母となりその子となるのも、親子共に必ず過去世に積み重ねた善悪の因縁だからです。若し日蓮が法華経・釈迦如来の御使であるとすれば、父母もまた仏のお使いをしていることになります。(ですから日本で一番幸せな人、というのです)

〔ポイント・宿習〕

 私たちは過去世においてさまざまな善悪の行為を積み重ねております。そのことを宿習と言い、親となり子となるのも過去世の宿習であり、現世において偶然に親子となったのではない、と言うのが大聖人様のお言葉です。したがって、大聖人様の今世が法華経の行者であるならば、ご両親もまた法華経の行者であり、それはご両親の過去世の宿習が素晴らしいものであったからである、とここで示されます。

 それでは、日蓮大聖人様の教えを信じて、日蓮正宗の信仰に励んでいる私たちと、私たちの両親との宿習はどうでしょうか。私たちの同志の中には、子供だけがこの信仰に励んでいるが、親は大反対の場合もあります。しかし、この御文に照らし合わせるならば、現在は日蓮正宗に反対をするご両親であっても、過去世には法華経の折伏に励んでいたから、素晴らしい宿習があったから、そこに生まれあわせた私たちが、日蓮大聖人の信仰に励むことができている、と考えることができます。子の姿からご両親との過去世の宿習が見えてくるのであれば、折伏に励む皆さまの姿をご両親は生命の奥底で頼もしく誇らしく思っていらっしゃると信じます。そのように思い、大聖人様の教えを伝え続けることで、ご両親は過去世での素敵な宿習を思い出し、南無妙法蓮華経とお題目を唱えることが出来るようになります。諦めずにチャレンジを。

【子は敵】

『千日尼御返事』

A「子はかたきと申す経文もあり。『世人子の為に衆の罪を造る』の文なり」 (御書・一四七六頁)

〈現代語訳〉

子は敵であると説く経文もあります。「世の中の親は子供のために多くの罪を犯し、その結果として地獄界や餓鬼界や畜生界の三種類の苦しみの世界に生まれ変わる」と心地観経にあります。

 子に殺されるようなことはないにしても、子供のためであれば親は無理をいたします。そのことで命を縮める例も少なくありません。これもまた「宿習」です。

【子は財】

『千日尼御返事』

B「目連尊尊者は母の餓鬼の苦を救い、浄蔵・浄眼は父の邪見をひるがえす。此れ良き子の親の財となるゆへぞかし」(御書・一四七八頁)

〈現代語訳〉

目連尊者は、生前の物惜しみの罪によって餓鬼道に堕ちた母の青提女の苦しみを救い、浄蔵と浄眼の二人の兄弟は、父親の妙荘厳王が因果の道理をわきまえない邪悪な行いを改めさせました。これらの例は、良き子供が親にとっての財物であることを示しております。

〔ポイント・法華経を信ずる子は親にとって財物〕

 目連尊者と母親の青提女の話は『盂蘭盆御書』(御書・一三七四頁)で詳しく述べられております。百種類もの食べ物や飲み物を供養することで青提女の餓鬼界の苦しみを救った目連尊者でしたが、成仏に導くことはできませんでした。目連尊者が後に法華経を修行し目連自身が仏に成ったとき、母親の青提女も成仏することができました。同抄の「自身仏にならずしては父母をだにもすくいがたし。いわうや他人をや」(御書・一三七六頁)との御文は心に留め、自省と励ましとにしたいものです。

  また浄蔵・浄眼と妙荘厳王のことは法華経妙荘厳王本事品二七に説かれております。大聖人様は孝養の例として御書の中で繰り返し引用されております。

  青提女や妙荘厳王の例は、信仰の上、また世法的にも誤りが多く苦しみの中にある親を、正法を信ずる子が救ったことから「良き子は親の財」であると仰せになります。

【あなたも私も最高の財】

Bの御文や『盂蘭盆御書』などから、法華経を信仰する子供が財物であることがわかりました。さらに、次のCとDの御文で、「子にすぎたる財なし、子にすぎたる財なし」や「我が子息法蓮は子にあらず善知識なり」と述べられます。これは、阿仏房の長男藤九郎守綱の追善供養、また曽谷教信の追善供養の姿を通して、私たち自身が「最高の財物になる方法」を教えて下さるものです。

『千日尼御返事』

C「其の子藤九郎守綱は此の跡をつぎて一向法華経の行者となりて、去年は七月二日、父の舎利を頚に懸け、一千里の山海を経て甲州波木井身延山に登りて法華経の道場に此をおさめ、今年は又七月一日身延山に登りて慈父のはかを拝見す。子にすぎたる財なし、子にすぎたる財なし」(御書・一四七八頁)

〈現代語訳〉

 (阿仏房)の子である藤九郎守綱は、父の志を受け継ぎ、(日蓮が教える)法華経を一筋に信仰する者となりました。そして、去年は七月二日に父阿仏房の遺骨を首にかけて、(佐渡から)一千里もの距離をものともせず、海を渡り山を越えて(日蓮の住む)、甲州身延山に登山をし、(日蓮が建てた)法華経の道場に父の遺骨を納め追善供養に励みました。さらに今年は七月一日に、(再び)日蓮のもとを訪れ、慈父阿仏房の墓に参り(一周忌の追善供養に)励みました。日蓮の元に墓を造り追善供養に励む子供ほど素晴らしい財はありません。子供ほど素晴らしい財はありません。

『法蓮抄』

D「其の時過去聖霊は我が子息法蓮は子にはあらず善知識なりとて、娑婆世界に向かっておがませ給ふらん。是こそ実の孝養にては候なれ」(御書・八二〇頁)

〈現代語訳〉

 (法蓮が父の追善供養のために唱えた自我偈の文字が仏に変わり、「私が貴男の耳や目、手足のかわりになりましょう」と父親の目の前に現れて仰ったとき)亡くなった父親は「我が子の法蓮は我が子ではなく私を仏に導く善知識である」と言って娑婆世界の法蓮に向かい、手を合わせて拝んでおります。このように、親を成仏に導くことこそが真実の親孝行です。

〔ポイント・正しい追善供養に励む人が最高の財〕

 『法蓮抄』は、父親の十三回忌にあたり大聖人様の教えて下さる通りに追善供養に励んだ曽谷教信に宛てたものです。

  ※善知識=悪知識に対する言葉で、私たちを仏の道に導き入れる人のことを言います。我々はこの善知識に導かれて仏に成ることができますので、大聖人様は「成仏を願うのであれば善知識に会うことが大切である(取意)」また「善知識に会うことが最も難しいことである(取意)」等と教えて下さいます。(『善無畏三蔵抄』御書・八七三頁)。日蓮正宗の信仰をしている私たちの立場から善知識を考えれば、日蓮大聖人・御本尊がが善知識の第一であり、代々の御法主上人も私たちの善知識のお立場です。また佛乘寺で互いに励まし合って信心をする一人ひとりも善知識と言えます。

  なお、「日蓮にとっては北条時宗が善知識である(取意)」また「釈迦如来にとっては提婆達多こそ第一の善知識である(取意)」(『種々御振舞御書』御書・一〇六一頁・一〇六二頁)と述べられ、逆説的に善知識を示されている御文もございますように、日蓮大聖人様の信心においては、全てに意味があり無駄なことなど一切ないことがお分かりになると思います。

  このCとDの御文からも明らかなように、追善供養に励む私たち自身が最高の財物になることが出来る、これが日蓮正宗の信心なのです。

〔ポイント・御本尊様のお力で親孝行ができる〕

『上野殿御消息』

E「法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり。我が心には報ずると思はねども、此の経の力にて報ずるなり」(御書・九二三頁)

〈現代語訳〉

 法華経を持つ人は父と母からの恩に報いることができます。我が心に自覚がなくとも、この法華経の御本尊様のお力で親の恩に報いることが出来るのです。

  この御文は、子の立場からすると、とても有り難いものです。それだけ御本尊様のお力が偉大であることもわかります。ゆえに、このことを自覚して励むならば、最高の財物になることができます。

『こう入道殿御返事』 

F「此の法華経は信じがたければ、仏、人の子となり、父母となり、めとなりなんどしてこそ信ぜさせ給ふなれ」 (御書・七九五頁)

〈現代語訳〉

 この法華経は、信じることが難しい教えですから、仏が子供や父母や妻となり法華経を信じるようにさせているのです。

  この子がいたから、あの親がいたから、あの人のお陰で私は御本尊を持つことができた、という方は少なくありません。

【この世の中で最も貴い善根】

『窪尼御前御返事』

G「一切の善根の中に、孝養父母は第一にて候なれば、まして法華経にておはす」(御書・ 一三六七頁)

〈現代語訳〉

 善い報いを招く根本の因となるものは父母への孝養です。まして南無妙法蓮華経と唱へてそのうえでの孝養ですからいうまでもありません。

〔ポイント・よい果報は孝養な心に〕

  善根は善因とも言います。善き因を木の根に例え、善き根からやがて大木に育つように、私たちにも善因があれば善い結果が現れます。これが因果の理法、筋道です。
  大聖人様は、この世の中で最も貴い善根・善因は父母を大切にすることだ、と仰せです。換言すれば、よい果報を得たいのであれば、孝養に励むことが大切である、と言うことです。

〔暑い熱いと嘆く前に〕

  地球温暖化の影響か年々に暑くなっているように感じます。仏法では、私たちの心が濁れば環境も悪化する、と説きます。といたしますと、酷暑は私たち人類の煩悩が現れたものである、と言っても過言ではないでしょう。

 日蓮大聖人様は、今日のような環境世界を正常に導くために、主体者である私たち人類が、三大秘法の御本尊様を受持して、信仰に励むことを教えて下さっております。

  暑いと嘆く前に、私たちの生命の中には「清涼の池」が秘蔵されていることを思い出しましょう。そしてその池から、よく冷えた美味しい水を汲んで飲もうではありませんか。この水こそが煩悩の熱を冷ます最良の水です。この水は、「無量」であり「無料」です。この水を飲む器は、南無妙法蓮華経の御題目と、大聖人様のお使いをする折伏です。

  日蓮大聖人様のお言葉を信じ、「わたしとあなたのために」を合い言葉に、御題目第一で進んでまいりましょう。
檀信徒ご一同のご健勝を御祈念申し上げます。

 

 

以上


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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