日蓮大聖人御書

日蓮大聖人御書講義・法話集:平成29年8月6日広布唱題会/日蓮正宗佛乗寺

上野殿御消息
〈一筋の信仰が私たちの信仰〉

上野殿御消息:平成新編日蓮大聖人御書(九二三頁)

建治元年 五四歳

『上野殿御消息』 (御書・九二三頁)

釈迦・多宝等の十方無量の仏、上行地涌等の菩薩も、普賢・文殊等の迹化の大士も、舎利弗等の諸大声聞も、大梵天王・日月等の明主諸天も、八部王も、十羅刹女等も、日本国中の大小の諸神も、総じて此の法華経を強く信じまいらせて、余念なく一筋に信仰する者をば、影の身にそふが如く守らせ給ひ候なり。相構へて相構へて、心を翻へさず一筋に信じ給ふならば、現世安穏後生善処なるべし。

〈語句の意味〉

○釈迦=釈迦牟尼のこと。古代インドの種族の一つであった釈迦族の出身であることから釈迦といわれる。牟尼は聖者の尊称。

○多宝=法華経見宝塔品第十一に説かれる仏。釈迦が説く法華経が真実であることを証明するために出現した仏。

○十方無量の仏=東・西・南・北の四方と、西北・西南・東北・東南の四維(しい)に上下の二方を加えて十方という。そこにおわします数え切れない仏様のことを十方無量の諸仏という。これらの仏様は「久遠元初の自受用身」の教えである「南無妙法蓮華経」によって成仏が叶った。これについて日蓮大聖人様は、百六箇抄において、「久遠元初の自受用身が日蓮の本地であり、上行菩薩の再誕は仮りである。法華経文底の教主は日蓮のことである(取意)」と述べられている。総本山二十六世日寛上人は『当流行事抄』で、「私たち日蓮正宗の立場からいえば、久遠元初の自受用身が唯一の仏様であり、他の仏様は仮りの仏である(取意)」と御教示である。つまり、釈尊や多宝仏を始めとするありとあらゆる仏様方も、久遠元初の日蓮大聖人様を御本仏として、そこから出られた仏様たちなのです。

○上行地涌等の菩薩=法華経従地涌出品第十五に説かれる菩薩。これらの菩薩方は、御本仏に直接導かれたことから「本化の菩薩」といわれ、大地から涌現したことから「地涌の菩薩」と呼ばれる。その上首(代表)が上行菩薩様である。

○普賢・文殊等の迹化の大士=仮りの仏、迹仏に導かれた菩薩で、観音菩薩・姿勢菩薩・弥勒菩薩・薬王菩薩等のこと。

○舍利弗等の諸大声聞=舍利弗は釈尊の十大弟子の一人で、声聞界の中で智慧第一とされている。法華経方便品第二では、「舍利弗」の名が繰り返し出てくる。

○大梵天王=法華経を守護する役目の善神。

○日月等の明主諸天=太陽や月をはじめとした法華経を守護する諸天善神のこと。

○八部王=八部衆ともいう。法華経譬喩品第三等で説かれる法華経守護の諸天の王。
@天、A龍、B夜叉、C乾闥婆(けんだつば)、D阿修羅、E迦楼羅、F緊那羅、G摩?羅伽のこと。

○十羅刹女=法華経陀羅尼品第二十六に説かれる十人の羅刹女の総称で、鬼子母神の娘。爾前経では悪鬼とされていたが、法華経にいたって前非を悔い改めて仏と成ることが叶い、以後は法華経の行者を守護する善鬼となった。

○一筋に信仰=日蓮大聖人様の「南無妙法蓮華経」のみが幸せになる教えであることを固く信じ、日蓮正宗以外の信仰には脇目も振らずに進むこと。

○現世安穏後生善処=法華経薬草喩品第五の文。「現世は安穏にして後に善処に生ず」と読む。日蓮大聖人様の信仰に励む功徳を表す言葉。

〈一筋の信仰・翻らない信仰〉

日蓮大聖人様のことを、末法の仏様である、と固く信じて、一筋にお題目を唱えることで、必ず幸せになれます。信仰であれば何でも有り難いではないか、というのでは功徳はありません。病が良くなる薬はただ一つです。南無妙法蓮華経が最高で唯一の薬であることを疑わないことが「飜らない信仰」です。暑い夏ではありますが、ともに励みましょう。

 

 

(日蓮正宗佛乘寺)


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日蓮正宗向陽山佛乗寺

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