立宗七百六十年の
新春を寿ぎ奉る


〜大白法 新年特集号より〜

御法主日如上人猊下 新年の辞

 立宗七百六十年の新春を迎え、御隠尊日顕上人猊下には御機嫌麗しく新年をお迎えの御事と存じ上げます。

 また、法華講大講頭・法華講連合会委員長永井藤蔵氏ほか全国法華講員御一同には、清々しく新春を迎え慶賀の至りに存じます。

 昨年、宗門は僧俗一致・異体同心の団結と身軽法重・死身弘法の強盛なる信心を以て、全国で五百三十八支部(十二月二十一日現在)が折伏誓願を達成して、来るべき平成二十七年・三十三年の目標達成へ向けて大きく前進することが出来ました。

 就中、東北地方の大多数の支部が、未曽有の災害をもたらした東日本大震災及びそれに伴って起きた福島原発の事故による放射能汚染問題等その他幾多の障害と困難を乗り越え、折伏誓願を見事達成されたことは心からの賞賛に値し、必ずや仏祖三宝尊の御嘉納遊ばされるところと存じます。

 これも偏に各支部が『立正安国論』の御正意を拝し、広布への一念に燃えて戦って来た結果であり、これ程の喜びはありません。

 本年「実行前進の年」は、更に全国的に総力を結集して、文字通り「実行前進の年」に相応しく、大折伏戦を展開実行して前進に前進を重ね、以て平成二十七年・三十三年の誓願達成へ向けて大躍進を図られますよう切望するものであります。その為には、峻厳な広布の戦いに耐え得る、足腰の強い講中を育成する必要があります。

 何故ならば、広布の戦いにはあらゆる障魔が競うことが必定だからであります。
 『兄弟抄』には、
「此の法門を申すには必ず魔出来すべし。魔競はずば正法と知るべからず。第五の巻に云はく『行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競ひ起こる、乃至随ふべからず畏るべからず。之に随へば将に人をして悪道に向かはしむ、之を畏れば正法を修することを妨ぐ』等云云。此の釈は日蓮が身に当たるのみならず、門家の明鏡なり。謹んで習ひ伝へて未来の資糧とせよ」(御書九八六ページ)
と仰せであります。

 大御本尊に対する絶対的確信と強盛なる自行化他の信心、就中破邪顕正の折伏こそ邪義邪宗の謗法を打ち払い、あらゆる障魔を打ち砕く秘訣であります。

 言い換えれば、講中全体が誓願達成の共通の認識を高め、不自惜身命の断固たる決意と異体同心の団結を以て折伏を行じていけば、如何なる障魔にも負けない足腰の強い講中を構築できるのであります。そのためには、講中にあって限られた人だけが折伏を行うのではなく、講中全員が立ち上がり強力に折伏を行えるように育成していくことであります。具体的に云えば、折伏したら、その折伏された人が折伏出来るように育てることであります。

 抑も、育成とは単に育てるというだけではなく、「大きく育てて、立派にする」という意味があります。仏法の見地から云えば、「大きく育てて、立派にする」とは、広布達成に資する人材、即ち折伏の戦士を育てることであります。

 「子を養いて教えざるは父の過ちなり、訓導して厳ならざるは師の惰りなり」という言葉もあります。子供をただ養うだけで、何も教えないのは父たる者の過ちであり、弟子を訓導するに当たって厳しさに欠けるのは、師たる者の怠惰であるという意味でありますが、このような事であってはなりません。折伏しても折伏が出来るように育てなければ、慈悲に欠け無責任の侮りを受けます。

 所詮、折伏と育成は共に化他行であります。申すまでもなく自行とは勤行と唱題であり、化他行とは折伏と育成であります。従って、共に化他行である折伏と育成はどちらが欠けても片寄った信心となり、これでは強い講中は育たず、大事な目標も達成出来ません。

 要は、折伏したら、その人が折伏できるように育成することが強い講中構築の極意であります。

 されば、本年「実行前進の年」こそ、講中挙げて折伏と育成に取り組み、全支部が必ず折伏誓願を達成し、来たるべき平成二十七年・三十三年の目標達成へ向けて大前進されますよう衷心よりお祈り申し上げ、新年の挨拶といたします。

以上

(大白法/平成24年1月1日号より)



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