平成14年6月号

御住職ご指導

生命から濁点(にごり)を取り除こう

▲愚癡(ぐち)は濁点の生活▼

 「クチ」という字に濁点『゛』をつけると「グチ」になります。濁点とは、「にごる」と言うことです。とすると、この意味するものを、「身口意の三業」から考えてみると、「心が濁った結果、グチと言う形で表に現れる」と言うことでしょうか。

 思いますに、御題目をしっかり唱えている時には「グチ」などでてきませんね。折伏行に励んでいる時には「グチ」はありません。折伏をしながらも「グチ」のでる時は、相手のことを思っての折伏ではなく、自分の都合で「折伏のようなものをしているつもり」になっている時ではないかといえます。このように考えますと、「グチ」は我が信心の「判定基準」とも言えるのではないでしょうか。愚癡といえば、

大聖人様は「聖人御難事」で
「彼のあつわらの愚癡の者どもいゐはげましてをとす事なかれ。彼等には、たゞ一えんにをもい切れ、よからんは不思議、わるからんは一定とをもへ」【1398】と御指南下さいます。

 あの熱原の三烈士でさえ、「愚癡の者」と仰せになられます。そのように拝すると、末代の私どもから「グチ」を取り去ることは不可能かも知れません。しかし大聖人様は、「いゐはげまして(互いに励まし合ういなさい)」と、精進することが、「おとす事なかれ(地獄へ堕ちないこと)」になる、と仰せになられ、「よからんは不思議、わるからんは一定(よいことは不思議であり、悪くてあたりまえである)」と、具体的なご指示をされております。

 私たちも、大聖人様のこの御指南を拝して、共に励まし合いながら、「心の濁点(心の濁り)」を取り除こうではありませんか。そして、暗い「グチ」から離れ、清々しい心で、富士大石寺の御教えを語り、意義深き750年をすごしましょう。
御住職大法要へご出仕

 去る、五月二十五〜二十七日にかけて、総本山に於いて、法華講三十万総登山大法要の第十・十一・十二会が奉修された。

 その折、御住職は、論議式において問者を、また行道散華の儀において行道僧をおつとめになった。

法華講30万総登山参詣・総本山大石寺客殿前にて記念撮影

佛乗寺支部では、五月五日より、順次三十万総登山に参詣されています。
その方々より、喜びの声が続々と寄せられています。
         大法要に参加させて頂いて


◆四月二十七日、二十八日全宗門僧俗待望の「宗旨建立七百五十年慶祝記念特別大法要」が総本山大石寺において厳粛かつ盛大に奉修されました。私は折伏の親である亡き母の、また家族の代表としてこの儀式に参列しました。二十七日は、

@儀式の一部始終を客殿のテレビで拝観、大聖人様の御威徳の絶大なること、宗旨建立七百五十年、悠久の歴史のなかに造形された日蓮正宗の化儀にふれ仏恩報謝の念を一段と強くしました。

A御影堂に移動し、内陣において教学部長様、海外部長様お二方の御講話を拝聴、実は御影堂に入ったのは初めてで、信徒の方が御影堂の前で合掌、私も見様見真似で合掌しておりましたが、南無妙法蓮華経の大法の宗旨を建立あそばされた「大聖人の御影様」に合掌する姿が納得できました。

B翌、午前二時客殿内陣に着座する七百五十名の御僧侶、外陣いっぱいに信徒が正座し、猊下様の読経、唱題に伍して広宣流布の御祈念に参画させていただける慶び、万感胸に迫る思いをいたしました。

C宿坊(総一坊)に帰って、床についたのも束の間、起床、朝の勤行、三階の窓から少年部鼓笛隊が奏でる勇壮なパレードを拝見、

D全山挙げての客殿における特別大法要に参列し、大御本尊様に対し奉り、猊下様が慶讃文を奉読あそばされ、自我偈訓読を唱和する中、広宣流布の暁を託して行道散華する荘厳にしてかつ佳麗な儀式を身が引き締まる思いで拝観し、信徒の一員として喜びも新たに明日から始まる三十万総登山の成就達成を只管念願し、私の人生で二度と再会できない大佳節の歓びに湧く総本山をあとにしました。


◆四月二十七・二十八日「宗旨建立七百五十年慶祝記念特別大法要」に出席させていただきました。前日までの寒い曇り空が、二十七日には晴れて暖かく、富士山もきれいで、つつじも満開でした。

 二十七日には御開扉の後、常唱堂で御住職と力強い唱題を一緒にさせていただき、「三十万登山はきっとできる」という思いになりました。

 なにより、二十八日の大法要が素晴らしく、感激しました。読経の方便品が始まったときから、ここに出席させていただいていることが、「もったいない、もったいない」という気持ちで一杯になりました。自我偈訓読に入り「常に此に住して法を説く」のところに来たときに、いつも朝晩の勤行で読んでいるお経なのに、突然「仏さまは現実にいて、私たちを守ってくださっているんだ。私たちはみな仏様がそこにいるのにそれに気づかず、苦しみ悩みの中にいるけれども、仏さまはそんな私たちを見捨てずに法を説いて救ってくださるんだ。素直に仏様を見たいとおもい、求めて行けば、必ず仏様は私たちを救ってくださる。仏様の住む世界は常に楽しく美しく喜びに満ちた世界であって、私たちは真剣に信心することによって必ずこの境涯へ導いていただけるのだ。」という実感がひしひしと感じられ思わず泣いてしまいました。こんな素晴らしい信心をさせていただいてありがたい、ここに出していただけてもったいない、という思いでいっぱいになりました。

 前日の布教講演の中で大村御尊能化がお話になった「知恩報恩」という言葉が思い出され、仏さまからこんなに沢山の功徳をいただいているのだからそのご恩に報いないわけにはいかない、という気もちが沸き上がり、法要の間ずっとハンカチを押さえていました。それまでは「今年は法礎建立の年である」、といわれている意味があまり良く分かっていなかったのですが、この時ふと「この三十万総登山によって一人一人の信心が堅固になり、広宣流布の土台となる三十万人の基盤ができるんだ。この次はぜひ広宣流布のときに生まれ変わって、『広宣流布ができたのもあの平成十四年の三十万総登山があったからだ』、とその時に歴史を振り返ってみたい。」という思いが浮かびました。

  全ての人を包括し救う力がある本当に素晴らしい仏様が実在すると感じられ、今この時に日蓮正宗の信心ができることはなんと幸せなことだろうか、と深く感謝した特別大法要でした。翻って自分の信心の至らなさが痛感され、初心に帰ってがんばって行かねば、と反省させられました。このような貴重な機会に参加させていただけましたことに本当に感謝いたします。

◆今年は、今までの御登山と違い私にとって、大変意味のあるものになったと思います。なぜなら、友人と一緒に、記念大法要と御開扉をうける事ができたからです。友人が、御登山することになったとき、最初は本人の希望もあり、見学でと言うことでしたが、お寺に一緒に行くこと三度目で御授戒を受けさせていただき、四度目には今回の御登山となりました。

 今回、本当ならば、祖父も一緒に参加する予定でしたが、祖父は今年で九十三歳という高齢で、一人で生活していることも重なり、一年ぐらい前から寝たきりの生活が続き、体調がすぐれなかったため、今回の御登山には参詣できませんでした。

 祖父は、行けるのであれば、もう一度御登山したいと、母に言っていたそうです。母も長い間、祖父と離れて暮らしていたため、親孝行らしいことができずにいたからか、今回は母も連れていってあげたいと言っていました。今回は、祖父を連れての御登山は実行できませんでしたが、近いうちに祖父を連れて、家族全員で御登山できればとおもいます。

 なぜなら、そうする事で、私から母への親孝行にもなり、母から祖父への親孝行にもなると思っているからです。

今回の御登山は、私にとって貴重な経験になりました。今回御協力戴いた、御住職様をはじめ、たくさんの方々には、大変感謝しております。今後とも、親子三人至らぬところばかりではありますが、宜しくお願いいたします。

◆今回が初登山になる孫と一緒に御登山できました。すばらしい大法要に参詣する事ができ心より満足しております。

◆とっても良かったです。

◆論議式、私ああゆうのとっても好きです。大講堂で催されている特別記念展、大変感激いたしました。世界各国の方々の信心の様子や、五十年前の大法要の様子等を写真で見ることができ、とっても身近に感じられ、心がおどりましたね。

◆荘厳さと、歴史の重みに、感激しました。すばらしい御登山に参加させて頂きありがとうございました。

◆立宗七百五十年を記念して、こんなに素晴らしい法要があるということを、まだ知らない人達にぜひ教えてあげたいなと、強く感じてまいりました。

◆十一年ぶりの総本山登山はとても有意義でした。清々しい緑ときれいな水、心が洗われました。猊下様にもお目通りでき、信心の本質を改めて自覚しました。本当に法華講についていてよかったと心より実感しました。ユニホーム姿の男子・女子もやさしくとても親切でした。それに比べて創価学会のあの生意気な態度は何だったのでしょうか、今思えばとても命令的でした。展示場も歴史をしのばせ感銘深かった。おべんとうもおいしかった。毎年毎年参詣したいと思いつつ、帰路につきました。有難うございました。

◆車椅子を押してくれたり、案内をしてくれたりと、多くの裏方さんの努力が感じられ、とても感激致しました。

◆ともかく色々な方のお世話になって来られた大法要でした。客殿で皆さんと参加できて感謝しております。慶祝弁当もおいしかったです。あまり掃除の手伝いができず申しわけなく思います。自由時間がもっとほしかったです。大講堂の展示をもっと良く見たかったと思います。

◆登山の前の晩、佛乗寺客殿に泊らせてもらったのですが、途中で私の部分入れ歯がないのに気づき、あわてて西荻の方へタクシーに乗りに行こうとしたら、地獄に仏で駐車場にて、講頭さんに声をかけられ事情を話すと、家とお寺を往復してくれました。すごく感謝しています。今日は客殿で猊下様のお話しがきけて感激しました。時間がなくて「宗旨建立と七百五十年の法灯」がゆっくり見学できなかった事と奉安堂の見学ができなかった事が残念でした。役員の皆さん、大変お世話になり、ありがとうございました。

◆おなかの子供といっしょに無事登山することができた事、なによりです。

◆私には、おそらく八百年はないでしょうね。今、この大慶事に参詣する我が身の因縁に感謝し、さらなる精進へと決意を新たにしております。

◆論議式を拝見させて頂き、勉強不足を痛感致しました。

◆おじいちゃんを折伏するんだ!【*五月度の御講参詣の折、御住職のお話を聞き一念発起。家族の中でひとり未入信の祖父を、折伏するんだと意気込んでいるそうです。】

◆宗旨建立七百五十年記念法華講三十万総登山に夫婦共々参加させて頂き感激で一杯でした。心より感謝致しております。大法要では、日顕上人猊下様より甚深の御説法を賜り、大御本尊様にお目通り致して、感無量で本当に生きて良かったの一語につき、胸一杯になりました。心の中で一つおぼえの御書の一節を、「今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあわんがためなりけり」一言ひとことを心の底にしみじみとかみしめて帰途につきました。今後共少しでも広布のお役に立つ信心に頑張って参ります。

◆朝が早いにも関わらず、地区長さんが車で迎えに来てくださり、大変感謝を致しております。記念大法要登山はとても感激致しました。行道散華の時、華を取るのに一生懸命になってしまいました。   

◆この度、バスの副車両長をさせて頂き有難うございました。往きに雨が降りましたが、皆様の強い信心と諸天の御加護によりお山に着いた時は快晴となり、良い登山日和となりました。法要では、猊下様のすぐそばの最前列に座らせて頂き、読経・自我偈の訓読、論議式と進み、甚深の御法門を拝聴させて頂き、私みたいな者には理解するには大変でしたが、感動いたし、何とか解る境涯になりたいと思う次第です。そして七百五十年の法灯の記念展示会を見させて頂き、素晴らしい展示品の数々、今度は時間をかけてゆっくり見たいと思います。登山の感想を文章にするのは難しいですが、早く皆様が行けるといいですね!とにかく素晴らしいです。

◆五十年に一度の宗旨建立記念登山、厳粛な中に七百五十年の歴史の重みを感じました。このめぐまれた福運をバネに日々精進してまいります。  

東京第二地方部 婦人部長会行われる

佛乗寺で行われた東京第二地方部婦人部長会の模様
 五月十四日、佛乗寺客殿において東京第二地方部婦人部長会が開催された。この日の会議では、三十万総登山と折伏完遂に向かっての真剣な討議が行われた。
仏法セミナー開催

五月十九日、恒例の「仏法セミナー」が行われた。新来者の方々にも多数参加頂いて開催された当仏法セミナーでは、様々な質問に対してご住職様よりご指導を頂戴した。また、「妙法の功徳」「慈悲のお題目」等々について、参加者による貴重な体験談や意見交換が行われた。(次回の仏法セミナー日程については決定され次第、当ホームページでもご案内致します。)


(文責編集部)