平成14年7月号

御住職ご指導

安国論御勘由来
(文永五年四月五日 四七歳  新編御書三六七頁)

正嘉元年太歳丁巳八月二十三日戌亥の時、前代に超えたる大地振。同二年戊午八月一日大風。同三年己未大飢饉。正元元年己未大疫病。同二年庚申四季に亘りて大疫已まず。万民既に大半に超えて死を招き了んぬ。而る間国主之に驚き、内外典に仰せ付けて種々の御祈祷有り。爾りと雖も一分の験も無く、還りて飢疫等を増長す。日蓮世間の体を見て粗一切経を勘ふるに、御祈請験無く還りて凶悪を増長するの由、道理文証之を得了んぬ。経に止むこと無く勘文一通を造り作し其の名を立正安国論と号す。文応元年庚申七月十六日辰時、屋戸野入道に付し故最明寺入道殿に奏進し了んぬ。此偏に国土の恩を報ぜんが為なり。


通解

 
正嘉元年八月二十三日に起こったこれまでにない大地震、翌年に起こった大風、さらにその翌年の大飢饉。また正元元年の大疫病は翌年になっても治まる気配はなく多くの人々が病に倒れてしまった。そのような様子に国主は驚いて、内典の仏教ばかりではなく外典の信仰にすがって、災難を対治する祈祷を命じたが一向に効き目はなかった。かえって飢饉や疫病が盛んになり人々は苦しみを増した。日蓮は、なぜこの様状況になるのかと不審を抱き一切経を学ぶに、祈りが叶わないばかりか、ますます災難が凶悪を極める理由を、道理・文証の上から知ることが出来た。ただ経文を学ぶのみにではなく、勘文を一通認めて立正安国論と名付けた。そして、文応元年七月十六日に宿屋入道を通して時の最高権力者であった今は亡き北条時頼殿に対し諌暁を敢行した。これもすべて国の恩に報いんが為である


 
7月は立正安国論の月です。立正安国論の大切なことは今更申し上げるまでもありませんが、立正安国論の月に因んで、その精神を拝してみましょう。
 ここに挙げました、安国論勘合由来(あんこくろんかんごうゆらい)で、大聖人様が「立正安国論」を国家諌暁の書として上呈された理由が明らかにされております。この御文から御在世当時の苦悩する民衆の姿が見えてまいります。この中で、
一、大きな自然災害による民衆の苦悩。
二、その苦悩を除く術として内外典に説かれる神仏にすがるも、状況は悪くなるばかり。
三、なぜそのようになったか、どうすれば苦しみを解決することができるか。
 これらのことについて、大聖人様が一切の経文を見聞され「正法に帰依する」ことが一切の解決になる、と結論をされ、自ら「立正安国論」と名付けられことが拝せられます。正法を建立し、国を安寧ならしむる、との御意です。申すまでもありませんが、国とは日本に限定されたものではありません。日寛上人は国は一閻浮提と御教示です。
 大聖人様御一期の御化導は、立正安国論に始まり立正安国論に終わるといわれます。建長5年4月28日に宗旨を建立あそばされ、南無妙法蓮華経の題目を唱え出されてより7年後の文応元年7月16日、時の最高権力者であった北条時頼に宛てて認められました。そして、当抄が上呈されるやすぐさま松葉ケ谷の草庵が焼き打ちにあい、その後、伊豆流罪・小松原法難・竜の口法難・佐渡流罪と大きな難が大聖人様に次々と起こってまいります。まさに、法華経の中で説かれる、末法において法華経を弘める上から「法難」という現証を呼び起こされるための書であるといえます。大聖人様の「折伏」の御精神を実践に移す御化導がこの立正安国論から始まったと拝することができるゆえんです。
 また、総本山17世日精上人の記された「日蓮聖人年譜」によりますと、「同九月二十五日より安国論の御講釈あり是れ安国論に付て疑難を加る者あるが故なり。日興亦安国論問答大意一巻筆記したまふ」とあります。つまり、大聖人様が池上の地で御入滅される時に、立正安国論の御講義をされたこと、その御講義を日興上人が書き取られたものが安国論問答一巻であるということです。このことから、大聖人様のご生涯は「立正安国論に始まり立正安国論に終わる」という意味が尊く有り難く拝せられるのであります。
 さらに、開目抄』や『観心本尊抄』や『報恩抄』や『三大秘法抄』等々重要な御書はたくさんあります。しかし、本尊抄のように「三人四人座を並べて之を読むこと勿れ」との御指南からも拝せられるように、特定の個人を対告衆として与えられたものが大部分です。
 ところが、立正安国論は、大聖人様ご自身も、他の御書の中で度々引用されております。たとえば、
『南部六郎三郎殿御書』(680)では、
「日蓮法師法華経の行者と称する雖も留難多し。正に知るべし、仏意に叶はざるか等云々。但し、此の邪難は先案の内なり(乃至)経文の如くならば日蓮を流罪するは国土滅亡の先兆なり。其の上御勘気已前に其の由之を勘へ出だす、所謂立正安国論是なり。誰か之を疑はん、之を以て歎きと為す」(日蓮法師は法華経の行者と言うが多くの難が起こっている。ゆえに、仏の意に叶ったものではないからだ、等というものがいる。ただし、この様な邪難は先に考えてあった通りである。経文に説かれた如くであれば、日蓮を流罪にすることは国土が滅びる前兆である。このことはご勘気を受ける前から申し上げていたことである。立正安国論がその書である。このことは誰も疑うものがいない。それを信じないことを歎きとする)と仰せです。御文に、「先案の内なり」とあります。難があるというのはもうすでに考えてあったことです、と。また、「所謂立正安国論これなり」と。つまり、当時の門下にあった「正法である法華経を信受することにより安穏であるはずなのに、なぜ多くの難にあわなければならないのか。どうして諸天の加護がないのか」という疑問に対する答えとして、すでに立正安国論の中で述べていますよ、と仰せになります。そして
「大体之を教ふる弟子之有り。此の輩等を召して粗聞くべし」とまで仰せになり、立正安国論の精神をよく勉強しなさい、と御指南になります。
 このようなことから、当時の門下において、立正安国論の中で説き示される「正法治国・邪法乱国」の教えが繰り返し繰り返し学ばれており、門下の人々は忠実に実践に移そうと励んでいたことをうかがい知ることができます。
 また、大聖人様よりの唯授一人の血脈を承けた唯一の正法門下である富士大石寺の信仰においては、この立正安国論を折伏実践の書として特に大切に拝してまいりました。そのことは、御会式で奉読申し上げる歴代の御法主上人が、時の権力者に奉呈した申状には、必ず「立正安国論」が添えられている事実からしても明かです。
 現在総本山において、三十万総登山が奉修されております。私どもはが総本山に登山参詣を願うのは、化他の面から言えば、正法である本門戒壇の大御本尊様に御題目を唱え、立正安国の世を祈念するためです。また、自行の面から言えば、大御本尊様に南無妙法蓮華経と唱えることにより、過去の罪障を消滅し、未来には善処に生まれあわせることができる功徳を頂戴することを目的とします。幸いに御登山をされた方々は信心の確信を深めることができております。しかし、世相は、見渡す時に、御在世より下ること七百数十年、民衆の苦悩はますます深くなるばかりです。その中でも日本はあらゆる面において「邪法乱国」の様相です。
 この様な時にあたり、日顕上人が「日蓮正宗は折伏の宗旨」と御指南下さる意を肝に銘じ、日々怠ることなく努力をしなくてはなりません。
 ともあれ、立正安国論は折伏を表として信行に励む私たち日蓮正宗の僧俗にとって、実に大きな意味が込められた御書です。仏乗寺法華講の皆さま、立正安国論が上呈されたこの意義ある月に、さらなる精進を誓おうではありませんか。
盂蘭盆会
 盂蘭盆会の起こりは、餓鬼道に堕ちた亡母の苦しみを目連尊者が救ったという説話からきています。
 盂蘭とは梵語で倒懸と訳され逆さ吊りにされた苦しみを指しています。餓鬼道の苦しみに似ていることから、このように言われます。その苦しみを救うために器(お盆)に種々の食べ物を盛って僧侶に供養したことからお盆の行事は始まりました。釈尊の時代から伝わる先祖への供養です。
 大聖人様は「四條金吾殿御書」に
「我が身いまだ法華経の行者ならざる故に母をも仏になすことなし」
と仰せです。自身が妙法を行じていなければ、故人を成仏に導くことはできません。よって戒壇の大御本尊様を信じてお題目を唱え、まず私達が即身成仏の功徳を得てこそ、先祖を成仏に導くことができるのです。
 お盆には子供や孫と共に先祖のことを考える、つまり法統相続の絶好の機会なのです。本当のお盆の意義を教え、御本尊との縁を深めさせるとともに、本年の三十万総登山に必ず参加せしめていくことが最も大切です。
 ご家族揃ってご参詣ください。

法統相続
 日蓮正宗の信仰を子孫に受け継がせていくことを法統相続といいます。
 
 法統相続は、親として子供に真の幸せを得る道を歩ませ、一家の幸福と繁栄を確立するために大切なことです。日蓮大聖人が説き示された南無妙法蓮華経は、あらゆる財宝や資産よりも勝れた無上宝珠なのですから、親として子供にこの信心を受け継がせていかなければなりません。
 
 日蓮大聖人は、
「経王御前を儲けさせ給ひて候へば、現世には跡をつぐべき孝子なり。後生には又導かれて仏にならせ給うべし」(経王御前御書)
と仰せられているように、信仰を受け継ぐ子供は、孝養心のある子として親の追善供養を行い、成仏に導いていく宝となるのです。
 
 ただし法統相続するためには、何よりもまず、親が強い信心をもって模範となる姿勢を示すことが肝要であり、そこからおのずと子供は信心を学ぶのです。令法久住・広宣流布のためにも法統相続は、決して揺るがせにしてはならないものなのです。
全国に広がる大法要の喜び
歓喜に燃えて啓蒙・折伏


九十二歳で大歓喜の御登山!
御年九十二歳で歓喜の御登山!
阿仏坊の精神を拝す

三十万総登山に参詣させて戴いた大変多くの方々より
喜びの声が続々と寄せられています。その一部を御紹介致します。
         大法要に参加させて頂いて


◆私の父の先祖は江戸時代、大御本尊様を信心していましたが、地方に居りましたので、大石寺へお参りすることは無かったのではないかと思います。それにくらべて私は息子と一緒に三十万総登山に参加出来ました身の福運に本当に感謝いたしました。

◆三十万総登山に行って参りました。疲労も少なかったので夏には子供を連れて行きたいです。

◆待ちに待った登山が出来たこと、バスの中より心うきうき、お山に着いた途端、胸が一杯になりました。最高の感謝・感激・感動を覚えました。
 客殿での大法要の時、隣り合わせになったお婆さんは、鳥取から昨夜九時にバスで出発して、朝七時に着山したとの事、七十七歳のお年で登山出来たことを、とても喜んでおられました。十時間かけて登山されるお婆さんにくらべ、私は二・三時間で登山できる身の福運を感じ、残念ながら病気で参詣できなかった知人を是非お連れしようと、強く思い帰ってまいりました。

◆結婚して五十五年、信心して三十五年、よわい八十二才と八十才、このたびは、夫婦揃って元気で登山させて頂き、今までの長い人生で最高のしあわせと、感謝と、悦びで一杯でございます。
 弥三郎殿御返事に
 「今まで生きてありるつはこのことにあわん為なり・・・」と云々、
 宗旨建立七百五十年慶祝三十万総登山に参加させて頂いたということは、このことにあわん為に、信心をして、長生きさせて頂いていることに対して、改めて、御本尊様に感謝申し上げ、感激一入でございます。
 本山でものすごいにわか雨にあったおかげで、自分の汚れた生命と惰性の信心が一挙に洗い流された感がいたしました。今日よりは、初心に立ち帰り、命ある限り、信心修業に励んで参りたいと決意を新たにいたしました。 
 ありがとうございました。

  悔いを残してならない三十万総登山、是非参加を!!

 向陽六月一日号三頁の写真を御覧になりましたか。
 
 本宗における大法要に古式ゆかしく奉修される行道散華と自我偈訓読、そして重厚な論議式に当寺御住職が出仕されました。カラー写真でなく残念ですが、一枚は金色の散華皿から華を散らす行道僧、もう一枚は高座に登られ猊下様の御前で論議する問者、大変名誉あるお役目を勤められる写真です。 

 僧俗一致を標榜する本宗ならではの会座に一人でも多くの信徒とともに、この大佳節をお迎え遊ばされようと、猊下様の甚深なるお心で三十万総登山が発願され、私達に参詣、参列が与えられました。

 私は六月八日第十五会に講員のAさんと並んで参列し、夢中で自我偈訓読を誦しておりますと、右の肩口に何かがふれ、膝の上に散華が舞い落ち、こんどは左膝に二枚目の散華が雨って参りました。まるで御本仏の慈徳に触れたようで何とも言えない喜びに浸る思いがいたしました。まさに法悦の喜びとはこのことを言うのでしょうね。Aさんにも二枚目の散華が雨りました。

 この法悦の喜びに勢いを得て、Bさん一家を参加させたいと妹から呼びかけてもらおうと決意し、早速電話してもらったところ、前向きなご返事。実現すれば本当に嬉しい。Cさんにもと架電したがあいにく留守。三十万総登山を決意してない方々がもしいっらしゃるなら、私の喜びの一端を誌上から伝え、まだ申し込まれてない方は是非参加され、共々にこの妙法に浸って下さい。
きれいになった私達のお寺

きれになった佛乗寺(玄関)
 玄関式台、本堂への階段廻り、絨毯が改修され、トイレが新しくなりました。家庭でも玄関は家の顔ともいうべき大切な所、御住職は着任来、信徒の方々が参詣し易いようにと一年余り思慮されておられました。勿論、折伏が第一義であることは申すまでもございません。
 立宗七百五十年記念事業も奉安堂の建立を待ってすべてが程無く完成します。末寺は信心の糧を養う大切な処、それにはと今回の改修が施されました。
 式台が広くなって出入りがとてもしやすくなり、明るくなりました。お年を召した方も是非お寺においでになって広場でお茶を一服して下さい。トイレ廻りが全面的に新しくなり、気になった臭気も一掃され、使用も便利になりました。有難うございました。
 男性トイレの清掃は中等部のA君が、小学生の頃からイヤな顔一つせず率先して受け持ってくれました。A君有難う。みんな君に感謝しています。きれいなトイレになって汚す人も少なくなるでしょうが、これからも頑張って下さい。お願いします。
 信心の根本は菩提寺に縁することから始まります。そして御住職の法話を拝聴することです。
 佛乗寺では毎月第二日曜日の二時から御報恩御講と定められております。第二日曜日に参詣できない方は前日の土曜日夜七時より御逮夜御講がございます。
 明るくきれいになった菩提寺に、皆様是非参詣しましょう。お待ちしております。

少年部 親子でお芋ほり
日蓮正宗向陽山佛乗寺少年部 みんなで楽しくお芋ほり!

 6月30日、佛乗寺少年部ではみんな仲良く芋ほりを楽しんだ。たくさんとれた芋を婦人部の方々がカレー等を作ってくださり、みんなでおいしく戴いた。
 少年部の仲間は、来年もおいしいお芋をたくさんとりたいと目を輝かせていた。

(文責編集部)