平成15年 3月号
御法主上人猊下御指南

(大白法平成15年2月16日号より)
【二月度広布唱題会の砌】

 御承知と思いますが、この唱題を行う目的は広宣流布のためであります。したがって、常に広宣流布を御祈念申しあげるとともに、大法興隆のために自らがあらゆる面において精進していくということを御本尊様にお誓い申し上げ、実際に真の仏子としての信心修行に邁進するための唱題行であります。よって、この唱題行において「自分は広宣流布のために現在の立場から何ができるのか」ということをしっかあり見定めていくこと、また、それを実際に実践していくことが大切と思います。(中略)唱題をしっかり行っていくこと、そして広宣流布に向かって進むのだという覚悟を持つところに、皆様方の生活におけるところの中心がしっかりと自覚され、また実践できるのだと思うのであります。したがって、その心をしっかり持って進むところに、皆様方、それぞれの立場における職業等も正しく進み、好転してくると思うのであります。
 しかし、それよりも第一に、「広宣流布に向かって自分は御奉公するのだ」という覚悟をもって第一歩を進め、「どのようなことであっても、広宣流布のために行うべきことを一つずつ行っていこう」という覚悟をしっかり持っていくところに、正しい仏法における真の自行化他の実践の道があるということを感ずるのであります。
御住職ご指導

「報恩」
刑部左衛門尉女房御返事

仏の云はく、父母は常に子をおも念へども、子は父母をおも念はず(一五〇四)

 入学試験も一段落し、結果は、悲喜交々です。残念ながら希望を叶えることが出来なかったと歎く前に、一つ考えましょう。幸いに、希望が叶い感激に浸る前に、一つ考えましょう。何を考えるかというと、試験の時に御本尊様の前で、御本尊様の功徳が、試験に臨む我が子に届くようにと、一心に唱題をしていた父母のことを。試験の時間には御本尊様の前に座ることが出来なくとも、工場で機械を操作しながら、書類に目を通しながら、売り場でお客さんの対応をしながら、問題と格闘している我が子を思う父母のことです。

 何も試験の時だけではありません。親は常に子のことを思い、わが身を削って子のために何かをしています。この様な状況を大聖人様は「父母は常に子を念へども」と仰せになります。ところが子供の方はいかがでしょうか。順調なときには「自分の力」。不調になると「親が悪い」となりがちではありませんか。挙げ句の果てに、「こんな家に生まれたくなかった」と。大聖人様は、「子は父母を念はず」というお言葉で、子供の心を表現されています。まったく親を思わないのではありません。ただ、都合の良いように親のことを思うのです。耳が痛い、心が痛みます。

 しかし、これは人間の歴史でもあるのです。親になってはじめてそのことが分かる、その立場になって理解することがたくさんあります。若いうちは理解不能であっても、ある時、突然「そうだったのか」と思うことが。

 そこで、大聖人様は「報恩」を説かれるのです。報恩を教え、報恩を実践することにより、為す術もなく泣き崩れることから、「私はかくも愚かであった」と省みる場を得ることになるのです。そして、立ち上がります。つまり、報恩は未来を開くことを教えて下さるのです。

 希望が叶わなくとも落胆することなく、叶っても慢心を起こさず歩まなくてはなりません。なにしろ、人生は長いのです。最後「臨終の時」が一切を決するのです。

 大聖人様は、凡夫の私どもに、「父母のことを思う人生が大切である。日蓮もそうして励んできた。いま親のことを思う貴方の姿をみて、うれしく思う」と仰せになられます。いつも、父母のことを思う人生であって欲しい、という大聖人様の御指南です。常に親を思う心、その心は優しさに通じます。優しさが、回りから大切にされる人に成長する条件です。

 特に、今月はお彼岸の月です。お彼岸に亡き父母の塔婆を建立し、追善供養に励むのも、「父母を思う」ことです。幸いに、私たちは報恩の実践をしております。しかし、大聖人様が教えて下さる「報恩」の意味を知らない人々が充満しております。その人々に大聖人様の教を伝える使命を自覚し、精進をされますよう祈ります。
第二回広布唱題会開催
 立春の前日二月二日、午前九時より十時までの一時間、笠原御住職の導師のもと第二回目の広布唱題会が当寺の本堂に於いて行われた。この唱題会には先月よりも十九人も多い五十一名の方が参詣された。

 唱題会が始まる前に参詣者全員にメモ用紙が配られ、一人一人がそこに折伏対象者の名前を書き、御住職に折伏成就の御祈念をしていただいた。参加者一同は、広宣流布はもとより、来る平成二十一年の『立正安国論正義顕揚七百五十年』に向けて御法主上人猊下の「地涌の友の倍増乃至それ以上の結集」の御指南を必ずや達成すべく一心に唱題に励まれた。 
 
 後日、折伏対象者のメモ用紙を出した一人一人のもとに御住職より折伏指導の手紙が郵送された。
 
 これにより佛乗寺の折伏活動がより活発になる事を期待する次第である。
 
 下種・折伏の大事を学び、更にその具体的実践への智恵と勇気を頂く事のできる広布唱題会に、同志を誘い挙って参加しよう。
節分会奉修
 二月三日、午後二時と七時に佛乗寺本堂に於いて節分会が執り行われた。笠原御住職の導師により方便品・寿量品長行と進み、寿量品の「而説偈言」にて磬が打たれ、御住職はじめ、今年の年男の丹澤さんと沼野さんにより、御住職の『福は内』の発声に合わせて豆撒きが行われた。
 
 引き続き自我偈・唱題・御観念と進められ御報恩謝徳申し上げた。
 
 その後、御住職より節分会と随方毘尼の法門について、「月水御書」の、

 「仏法の中に随方毘尼と申す戒の法門は是に当たれり。此の戒の心は、いたう事かけざる事をば、少々仏教にたがふとも、其の国の風俗に違ふべからざるよし、仏一つの戒を説き給へり」 (新編三〇四)

の御文を引かれ、「仏教の本義に違わないかぎり、各地域の風俗・習慣や時代の風習に従って今日のように節分会をしたり七五三や成人式等の行事を行うのです。」と御法話を頂き、題目三唱の後、御供物の豆を頂き終了した。 
宗祖日蓮大聖人御誕生会奉修
 二月十六日佛乗寺本堂に於いて宗祖日蓮大聖人の御誕生会が笠原御住職の導師のもと奉修された。  

 当日は激しい雨にもかかわらず七十七名の方がお寺に参詣し、御本仏大聖人様の末法御出現を真剣なる読経・唱題をもってお祝い申し上げた。 
 
 読経終了後の法話では、『大量破壊兵器』を武器として戦争をする矛盾を指摘し、力では真の平和は実現しない、と訴えた女子中学生の書いた一文を引用され、真実の平和を実現するのは大聖人様の仏法以外にないと話された。

 また、観心本尊抄の
「一念三千を識らざる者には、仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠をつつみ末代幼稚の首に懸けさしめたまふ」の御文を拝して、大聖人様が「大慈悲」と仰せになる御意を正しく拝し実践をしているのは、日蓮正宗富士大石寺の僧俗のみであり、その自覚に立ち、世界の平和を祈り、折伏の行動を起こす時である、と述べられた。

 参詣者一同は、御本仏日蓮大聖人様が末法に御出現遊ばされた意義をかみしめ、さらなる精進を誓い帰途についた。
興師会奉修
 二月七日、笠原御住職導師のもと第二祖日興上人の御報恩御講である興師会が執り行われた。

 興師会は古来より『芹御講』とも呼ばれ、日興上人が粗衣粗食であられ、弟子の摘んできた芹を好んで召し上がっていたことにその名を由来する。

 献膳・読経・唱題・御観念と進められ、お題目三唱の後、御住職による、『富士門家中見聞』、『富士日興上人詳伝』について御法話頂いた。その中で日興上人様の常随給仕・折伏の御精神を拝し、報恩感謝の気持ちを持って御講に参詣させていただく大切さを学ばせて頂いた。

 最後に、お寺より用意して頂いた芹雑炊をいただき、滞りなく法要は終了した。
『折伏実践の日』開催
 「折伏実践の日」として、二月二十三日各講員が「楽しく明るく」をモットーに縁ある人々に、大聖人様の信仰をお伝えするために、貴重な貴重な一日を捧げた。
 
 当日は午前九時にお寺に集合し、ご住職の導師のもと、五座の勤行と唱題をした。

 その後、南条時光に与えられた
「 其の国の仏法は貴辺に任せまいらせ候ふ」
との御書を通して、ご住職より、本日の折伏実践の日にあたり、慈悲の活動を展開する人々は佛乗寺の宝であり世界の宝である。その宝物の皆さまは、南条時光殿が大聖人様より仰せいただいたと同じように、広宣流布を任されたのであるから、大聖人様のご信任に応えようではないか、との話があった。また、「其の国の仏法」とは、私たちの立場において拝するならば、各地域、各家庭、各職場のことでもある。未入信家族がいるならば、まず貴方が中心になって、家庭の広宣流布を祈り行動を起こすように、「ご家庭の広布は貴方に任せます」との御指南であると、具体的な話があった。

 続いて、野島講頭より、多忙の中を参集し、僧俗和合して大聖人様の御命を拝し、わが身ばかりではなく、全ての民衆の幸せを願う行動は、日蓮正宗の信心の醍醐味であり、自身もこれから池袋の友人宅を訪ね折伏をする、という決意を明らかにする話があった。

 午前十時に、各々が目標とする教化先に、自転車・電車、あるいは徒歩等で出発したが、午後八時三十分には一日の活動の疲れもなく、反対に折伏することにより元気をもらった顔がそろい、明るく楽しい雰囲気で夜の勤行を行なった。

 終了後、一同は一階の部屋で、カレーを食べながら活動の感想を述べ、信仰を深める有意義な意見の交換をして十時に散会した。
決意発表

於 方廣山 大願寺

二月度 広布推進会(青年部)
副青年部長 山中 健一郎

 私は平成三年に佛乗寺で御授戒を受けましたが、哲学の世界にのめり込み、批判の精神をもって日々を過ごしておりました。しかし近くの寺院に参詣し唱題は続けておりました。そんなときに、ふと、ひどい鼻炎が治っていることに気付がつきました。

 この御本尊様の御報恩のために、一時間半の道のりをかけて、佛乗寺に欠かさず参詣するようになりました。それでも自己中心の信心であったために、平成十二年の頃には最悪の状況に陥っておりました。

 ちょうどそのような時期に、ご住職から、「仏壇の前に座れるだけで貴いことです」というひと言で、氷が解けるような気持ちになりました。心の底からこみ上げる思いに涙を禁じ得ませんでした。それと共に、いままで自宅に御僧侶をお招きしたことが無かったことに気付き、是非、ご住職を家にと思い、二月にはじめてご住職に来ていただきました。勤行を共にして、ここから、折伏を決意致しました。その思いを持続し、六月には友人を折伏することができました。九月には、総本山で体験発表をすることができ、今までの、苦しかった事も決して無駄では無かったことに気付きました。

 そのような中で、三十万総登山を迎えるにあたり、自分も何かしなければならないという思いになっているときに、輸送班にとの声が掛かりました。任務には不安がありましたが、自分に負けたくないと思い、心を奮い起こし応募しました。任務では様々な事を学び、御本尊様への確信を深めることができました。その結果、十一月に今の会社に勤めることもでき、法礎建立の年に相応しい一年を過ごすことができました。

 そして、本年一月の御講で、「内々はいかなる遺恨ありと云ふとも十月十三日はいささかも本意なきことをば、思い捨て奉り、申すべきなり」の御文を教えていただきました。

 御講に参詣することはこの様な意義があるのかと、改めて気付き、片道一時間半をかけて御講にだけは欠かさず参詣していた自分自身の行動が正しかったことを確信しました。御僧侶を通じて、大聖人様の慈悲の御心を感じ取れることが、いかにありがたいことかと、感謝の気持ちで一杯になりました。

 現在私は営業の仕事に従事しておりますが、業績コンテストに参加中です。壇越某御返事に「御宮仕えを法華経とおぼしめせ」とあります。この御指南を心に刻み、仕事でも一生懸命に取り組むことが大切だと思っております。

 広布大願の使命を胸に刻み、わが身の姿をもって下種先の拡大、折伏の実践に努力精進していこうと決意しております。御法主日顕上人猊下のお言葉に「悪いことが来ようが、良いことが来ようが、その両面においてことごとく成仏の姿、本当の幸せを得ることができるという意味における折伏教導こそ大切だと思うのです」とあります。

 私は過去の様々な失敗体験をバネにして生かし、大聖人様の慈悲の御心を実感して折伏実践に励めるよう、また自己の経験を生かして青年部の育成に貢献できるよう、頑張っていきます。

 会社のコンテストで一位を、佛乗寺創立四十周年記念法要の四月二十七日までに必ず一人の折伏を、そして青年部の御講参詣を現在の倍の人数にすることを目標に今を精一杯生きていこうと思います。

 二月十八日に開催された広布推進会は、青年部を対象に行われ、東京第二地方部・二十ヶ支部より二百五十余名の青年が大願寺に集った。

 その中において、青年の信心は、誓願を立てそれを実行することが肝要であり、先行き不透明という言葉が象徴する如く、未来に光を見出せない時代にあって、我々は遠くは一天四海広宣流布、近くは六年後の正義顕揚七百五十年という目標を御法主上人猊下より頂いている。この違いを自覚し、大聖人様の御心を我が心とすべく精進を、等と御指導、激励を頂いた。

 青年部一同、青年部長、今回発表された副青年部長を中心に御住職のもと異体同心して、講中発展の力に成長してゆこう。


【編集部より】
向陽3月号の掲載が遅れましたことを謹んでお詫び申し上げます。


(文責編集部・禁複写転載)