平成15年 9月号
三宝帰依

「新興宗教の共通点『僧宝否定』の邪義」を破していきましょう
四恩抄 (御書二六八頁)

「仏法有りといへども僧有りて習ひ伝へずんば正法・像法二千年過ぎて末法へも伝はるべからず」


 最近の世論調査で、「生活上、不安を感じるか否か」という問いに対して、六割を超える人々が「不安を感じる」と答えていることが報道されていました。その原因としては様々な理由が考えられると思います。

 例えば、(地域振興券をばら撒いても)いっこうに好くならない経済不況からくる不安。或いは、反戦と世界平和の(三色の)旗を掲げつつも自衛隊が戦場へと派遣されるという危険な世界情勢からくる不安等々、理由は様々です。

 一般に、新興宗教の多くはこのような時代背景に雨後の竹の子の如く生じて人心を惑わせ、あるものは人々の不安を煽り、あるものは過激な思想を植え付け、またあるものは現世利益を売り物にして、各々の教団勢力の拡大を図ろうとします。そして、実際に、わけのわからぬ奇怪な新興宗教団体にまつわる事件等がマスコミ等でも話題になっております。

 また、この時季、テレビ・マスコミ等では毎年お決まりの如く、霊や怪奇現象等といった内容を扱った番組を放送したり、或いはオウム真理教(現・アーレフ)や謎の白装束の団体等々、奇怪な新興宗教に関する話題も絶えることがありません。そして、「新興宗教」・・・この言葉自体、「怪しげな宗教」を表現する言葉にもなっております。また、現在我が国の宗教団体の数は大小あわせて約二十万にのぼるとも言われております。その中には、これらマスコミ等で取り上げられる怪しげな「新興宗教」も含まれていますが、忘れてならないのは、「我が国最大の新興宗教・創価学会」とその影響力であります。

 彼ら創価学会は、厳格な伝統を誇る日蓮正宗の信徒団体としての立場を利用しつつ、他の「新興宗教」と同一視されることを避け、或いは立正佼成会や霊友会等といった"メジャーな新興宗教"に対して、池田大作等は「我々創価学会は、日蓮正宗の信徒団体であって、『在家宗教』ではない」との反論を繰返す一方、入会者に対しては、「創価仏法」「会長先生への帰命」等々の造語や仏法用語の乱用、或いは「寺院不要」「僧侶不要」等々の仏法信仰者としてあるまじき指導を行い、徹底的に会員に対して洗脳を図り、池田大作という一人のカリスマを創り上げてきたのです。

 しかし、創価学会の強引な勧誘や彼らが引き起こしてきた数々の事件や不祥事、そして公明党との関係等々、世間の目には「新興宗教・創価学会」として映り、彼らが伝統仏教宗派の信徒団体というよりは寧ろ池田大作を頂点とする政治色が強い特殊な新興宗教団体として認知されてきたのです。

 世間には、いまだに創価学会=日蓮正宗、或いは創価学会≒日蓮正宗、と認識している人がいるかもしれません。また、同じく日蓮正宗を詐称する自称・正信会や富士大石寺を詐称する顕正会等々の影響により、古くから「針金宗門」との異名を持つほど厳格で七百五十年の伝統と歴史ある日蓮正宗の名を、新興宗教である彼らが著しく汚し、或いは日蓮正宗に対する誤解を生じさせる原因となっているのも事実でしょう。

 彼らはいずれも厳格なる日蓮正宗の伝統と格式、そして根本の法儀に随うことが出来ず、自ら新興宗教に成り下がった人達であり、日蓮正宗とはまったく似て非なるものです。

 仏法信仰者であれば、「仏・法・僧の三宝」を尊崇し大切にします。また、実際に「仏・法・僧の三宝」が具わるからこそ仏法であります。

 創価学会に、この「仏法僧の三宝」があるでしょうか?仏法を伝え教える「僧宝」は存在するでしょうか?

 自ら(創価学会)を僧宝、或いは仏意仏勅の団体と称する創価学会幹部に、出家の姿をした「僧」はいるでしょうか?・・・池田大作さんを筆頭に、頭髪をギラギラのポマードで塗り固め、剃髪すらしていません。袈裟の替わりに勲章をぶら下げた僧など見たことも聞いたこともありません。また、常識的にそのような者を出家者と呼ぶことはありません。

 或いは、離脱した僧より指導を受ける池田大作さんの姿を見たことがあるでしょうか?・・・創価学会規則では「三代会長は永遠の指導者」であると定められており、日蓮正宗より離脱した形だけの僧は、「僧」と言えども在家である三代会長に指導される立場です。

 しかし、古今東西を問わず、また仏法三千年の歴史においても、仏法僧の三宝を尊崇し大切にすること、即ち三宝帰依は仏法信仰者として基本中の基本なのです。

 私達は、仏法を求めながら三宝帰依という基本すら教わることが出来ないでいる"哀れな仏法信仰者"に対して、本来の正しい仏法信仰者として、基本から伝えていかねばなりません。 
御書学習会
「立正安国論第五回講義」


〜 毎月第一水曜日開催 〜
 八月六日(水)十九時三十分より立正安国論第五回目の講義が開催されました。

 奇しくもこの日は日本が原爆を投下された日であり、冒頭御住職様からは、このような戦災を無くす為に安国論が説かれたのであり安国論の精神をもって折伏弘教することが戦災者への供養となるとのお言葉がありました。

 今回より安国論本論に入り、客と主人による十問九答の問答形成で構成される第一番目の問答、すなわち"災難の由来"(御書二三四n一行目から同最終行まで)の問いについての御講義を拝聴しました。

 旅客が悲嘆に暮れて、既に四年間に渡り天変地異・大飢饉・疫病等により人口の半数以上の人が死に絶え、仏教諸宗・神道等の宗教者が一心に災難退治を祈念し、国家は徳政令を出すが状況は悪化し続け国は衰微する一方でどうしようもない。この有様はいかなる原因によって起る現象なのでしょうか、という問いを発し、これに主人が答えるという第一問答です。この問いを発する旅客について、"附文"(文の上からみる)と元意(文上に顕さない奥に秘めた心)があり、附文としての客は一切衆生だが、元意としての客は安国論を上程した前執権北条時頼となる。当時の現執権北条長時でない理由は、実際の権力が北条時頼にあったこと、優秀なる政治家で、安国論冒頭にのみ旅客という表現をされているその"旅"客として、この大きな課題を解決する心の"旅"ができる人物との御期待が"旅"という御表現に表現されているのではないかと推測され、以後随所に拝見できる大聖人様の繊細かつ高度な文章表現の一旦が垣間見られます。一方主人は、附文は大聖人様及び自宗の人、元意は大聖人様となります。「日蓮天上天下一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり」「三世常恒の日蓮は今此三界の主なり」(御書一七一〇n)「日蓮は日本国の人々の父母ぞかし、主君ぞかし、明師ぞかし」(御書八三〇n)「されば日蓮は当帝の父母、念仏者・禅衆・真言師等が師範なり、又主君なり」(御書八四四n)等に示される通りです。

 御書付録年表を拝見しますと、「鎌倉社寺大地震により一宇も残さず倒壊」(年表八n)「幕府諸国寺社に疾疫退治の祈祷を命ず」(十n)等の記載や当時の天変地異の激しさを示す記載が多々あり、万策尽きた幕府が諸宗に激しく発破をかける様、諸宗の坊さんが頭から湯気を出して邪宗で祈り倒している様が浮かびます。国中で邪宗を信仰した為に起きた三災を食い止めようとして更に邪宗に傾倒して深みにはまりもがく様、今風にいうと最悪の"負のスパイラル"です。歴史に当てはめてみると、日本を含め世界のどこかでそのような国々が存在しています。

 特に日本は、日本神道(天皇=あらひとがみ現人神)を一国を挙げて強制信仰させ、正宗を迫害し、その仏罰(総罰)により原爆をニ個も落とされた唯一の国です。

 正法があるのに直接押し倒そうとする報いの恐ろしさを再認識する必要がありましょう。我々正法の信仰者は、単なる核軍縮・非核・非武装の更に奥底に"非"邪宗→"破"邪宗の想いをしっかり持ち直す必要を感じた、原爆投下の日のご講義でした。(N)
第六十七回地区長会開催

「一生成仏と罪障消滅のための折伏を誓う」
 第六十七回地区長会が、八月四日午後六時三十分から本堂で御住職様の御導師により三座の勤行の後、午後七時から開催された。

 今回は成仏の修行の一環であると共に、五十展転の功徳を頂いていく為と罪障消滅の為に、各地区で二十日までに一世帯の折伏をあげていくことを決意した。また、二十四日の婦人部大会には九十名の出席を達成していくことも決意した。

 尚、御住職様が、二十一日に本山で行われる教師指導会で佛乗寺の折伏実践を発表されることを伺い、私たちは一層折伏の思いを強めた。

 佛乗寺新本堂建立御供養については、円滑な推進を図るために三名の中心者と、共に講中より広く不特定多数のプロジェクトメンバーを募ることになった。

 最後に七月の十六日『立正安国論』の日、御法主日顕上人猊下が同時多発テロのあったマンハッタンに御出向されて、犠牲者の為に追善法要をなされた話を通して私たちに範を示されたことであると、御住職様のご指導があった。参加者一同益々法華講の団結を強め、支部の発展に邁進していくことを誓い合った。(k)
少年部だより
 先日、佛乗寺にて、宣徳寺支部との合同部会が行われました。久しぶりに、夏休みらしい暑い一日となり宣徳寺十名、佛乗寺七名の子供達の参加がありました。合同部会は、他の支部の同じ信心をする仲間との交流を深めるという目的で、年に一回お互いの所属寺院を交互に訪ね行ってきましたが、ここ二年ほどお休みしており久しぶりの会となりました。

 初めに、御住職様の御導師のもと、読経、唱題をさせて頂きました。また、子供達にやさしくお数珠についてお話しをしてくださり、皆真剣に耳を傾け、質問も出ました。 その後、客殿にて、法玉さんに「雪山の寒苦鳥」の紙芝居をして頂きました。終了後、「夏休みの宿題まだ終ってない人?」の問いに、「はーい。」との返事があり、夏休み後半の子供達にとって良いお話だったと思います。お友達の名前を覚えてもらうよう、自己紹介をした後、スイカ割り、ヨーヨー釣りをして遊びました。

 部会の中で、宣徳寺の子供達は、物怖じする事無く質問をしたり、大きい子が率先して小さい子の面倒を見たりする姿が見られました。親御さんの育て方もあると思いますが、支部での活動が充実しているからこその事だと思います。物怖じせず、明るくハキハキした部分が佛乗寺には欠けているように思われます。今後、部会の内容と充実を図り、より多くの方々に参加していただけるよう努力していきたいと思います。

 今回、参加者が少ない、連絡が遅い、啓蒙がたりないなどの反省点や、内容・進行についての反省を今後の活動に活かして行きたいと思います。

 御住職様には、お忙しい中御指導を頂きありがとうございました。部会にあたりご協力頂きました、法玉さん、山口さん始め、暑い中参加してくださいました皆さんありがとうございました。

記/少年部長
青年部だより

〜 訪問折伏 〜
 前回に引き続き当山にて縁ある方宅を訪問した。やるからには早く結果に結びつきたい等の感が出始めた中、数日後、熱意と理論で破折が持ち前の山中副青年部長が職場の同僚を折伏・御受戒させて頂く事が出来ました。

当に、「陰徳あれば陽報あり」ここに一つ結果がでました。

記/青年部長
第一回東京第二地方部青年部決起部会

(八月十七日 於・大宣寺 午後一時)
 平成15年8月17日、菅野日龍御尊能化、小藪副支院長をお迎えし、約三百名の青年部員が大宣寺に結集した。

 体験発表及び決意発表が行われ、家族を折伏した話、性格の悩みが少しづつ解決して行った話、病気で退転しそうになり同志の一言が支えになった話、学会を脱会し決意も新たに教師の難関試験に合格した話、そして我が支部浅羽男子部長の、本山での決意を契機に友人を折伏し転職の功徳を頂いた話がありました。皆、簡素で解り易く信心修行の功徳が身にひしひしと伝わって来る内容ばかりでした。

 今回参加させて頂くことが出来た方は今後の下種・折伏活動の糧にし、出来なかった方は次回必ず参加出来るよう共々に精進して行きましょう。
日台法華講青年部交流会

(八月二十四日 総本山)


 平成15年8月24日、海外部長・尾林日至御尊能化はじめ海外部御僧侶方、台湾より法宣院主管・堀田信宣御尊師等三名の御尊師が御出席。台湾から青年部約百四十名、日本より約二百二十名の青年部が登山。

 佛乗寺からは青年部代表十名が参加致しました。グループ別交流会では我々日本の信徒に負けず信心修業に励む若い青年・学生部の姿を垣間見る事が出来ました。

 職場の同僚を折伏した話をはじめ折伏の心構え、講員育成に悩む役員の話、両親に反対されながら登山した青年の話、そして仕事と信心の両立に悩む講員さんへの実体験に基づいたアドバイスも有り有意義でした。

 全体交流会では、「体験発表」・「青年部活動報告」があり、「折伏推進についての報告」では、私が代表して学会折伏訪問の活動を報告させて頂きました。

 中央に向かい合っての合唱では、会場が一つになり例えようのない感激を憶えた。このたびの貴重な経験を今後に活かしてまいりたい。

記/青年部長
御案内
■広布唱題会/毎月第一日曜日朝九時奉修

 総本山、御法主上人猊下の大導師のもと、日本乃至全世界の末寺、布教所において、御住職と共に広宣流布を祈る。

 毎月の御講と共に、この広布唱題会に的を定め、精進して参りましょう。
編集後記 
 ある寺院の新築落慶法要の砌、御法主上人猊下は、「寺院が立派になるということは取りも直さず末法下種の御本仏・宗祖日蓮大聖人の御威光がますます倍増すること」であり、また、その功徳は、我々信徒の日々の信心修行に存する旨、御指南されている。

 これを私達講中に当てはめてみると、今、佛乗寺法華講に課せられた使命の大きさと尊さが見えてくる。

 今度の支部総登山は、その達成を共に大御本尊様に御誓い申し上げ、講中一丸大前進のスタートを期す、有意義なものにして行こう。


宣徳寺&佛乗寺
合同少年部会

■編集部よりお知らせ・・・月刊寺報向陽・連載「ココロエちゃん」を追加しました。
今後ともお楽しみに!

(文責編集部・禁複写転載)