平成16年1月号
立宗七百五十二年 新春
「破邪顕正の年」


御法主上人猊下御指南
「唱題行の功徳」

 唱題を行っていくところ、その徳としての良い心が我々のなかにますます深くいろいろな形で顕れてきます。また我々には悪い心もたくさんありますが、そのなかには特に「慳貪」という心があり、私も含めみんな持っておる心であります。慳貪の「慳」とは惜しむ、「貪」はむさぼるという意味であり、これは何かのことで物を惜しむ場合もあるし、心を惜しむ場合もあります。さらに、人に対して慈悲の心をかけることがいやであったり、何となくこの人はにくくて癪にさわるなど、いろいろなように思う場合があるのは、この慳貪の心があるからであります。

 ところが、その心が起こったとしても普段から唱題行をしていると、そういう悪い心が起こってくるのは過去からの因縁だから仕方がないと思う一方、その心が不思議にも自然に慈悲の心に変わってくるのです。私もそれを体験させていただいたことがあります。本当に唱題行が進んでいきますと、自分自身のあらゆる心が慈悲の心になっていき、たとえ自分に仇をなすような人があったとしても、いつの間にかその人がかわいくなっていくのです。これは自分自身の心そのものが一つの妙の用きをなすのです。ですから、先程も空仮中円融の三諦と難しい言い方をしましたけれども、それが具体的な形で顕れてくるのが唱題行であり、その実践によって毎日の生活のなかにおいて我々の心をそのまま妙と、はっきり開いていくことができると思うのです。皆さんも是非、これを体験してみてください。

 我々は、人によって顔が違うように、それぞれ心も違うし、悪い心もたくさん持っていますから、何かに怒ったり、ねたんだりすることもあります。けれども、唱題行を通してその心を妙と開くところに、皆さん方の人格の不思議な転換があるのです。つまり悪い心は善い心に変わり、良い方向での勇気が出てくる。あるいは、その他様々な形で人を導いていこうという気持が必ず湧き上がってくるのであります。また、あらゆる心が不思議な形で充実し、変わっていくのです。

 そういう体験の内容が存しているところに、世界広布の大法たる所以があると私は思います。あらゆる人を導くことは、ほかの宗教では絶対にできません。空なら空、仮なら仮の一分の真理をもって多少、救いや納得がいくような形を示すことはあっても、本当の意味における生活の上の悟りを得ることは、やはり正法における唱題行の実践以外にはないのです。ですから、その意味において、この御文を忘れずに信心修行に精進していただきたいと思うのであります。 (大日蓮 十五年十二月号より)
新年の辞

御住職ご指導
諸法実相抄(御書六六八頁)

一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ。あひかまへて、あひかまへて、信心つよく候ふて三仏の守護をかうむらせ給ふべし。行学の二道をはげみ候べし。行学たへなば仏法はあるべからず。我もいたし人をも教化候へ。行学は信心よりをこるべく候。力あらば一文一句なりともかたらせ給ふべし


 立宗七五二年「破邪顕正の年」、明けましておめでとうございます。

 日蓮大聖人様の教えを確信し、「一文一句なりともかたらせ給ふべし」の御指南、即ち本門戒壇の大御本尊様に人々を導く折伏の修行に邁進した結果、折伏誓願目標を三年連続で達成することができました。さらに嬉しいことには、新しく大聖人様のお弟子となった方が、お題目の功徳を実感し、折伏に立ち上り、結果を出したことです。

 日顕上人猊下が「一年に一人が一人以上の折伏を」と仰せ下さり折伏の実践を御指南下さいます。この御指南を拝し、精進をした結果です。

 佛乗寺法華講千所帯達成と、寺院新築を目指して出発した意義有る年の勝利は、佛乗寺法華講員お一人お一人の信心に対する大きな確信の賜物です。これで、平成十三年・十四年・十五年と三年連続の見事な勝利です。御本尊様から大きな功徳を頂戴できないはずがありません。

 その功徳の一端を挙げます。

『妙法蓮華経の随喜功徳品十八』(妙法蓮華経開結・四七二)には

「若し一人を勧めて 将引して法華を聴かしむること有って 言わく此の経は深妙なり 千万劫にも遇い難しと 即ち教を受けて往いて聴くこと 乃至須臾も聞かん 斯の人の福報 今当に分別し説くべし 世世に口の患無く 歯疎き黄黒ならず 脣厚く?欠ならず 悪むべき相有ること無けん 舌乾き黒短ならず 鼻高く修く且直からん 額広くして平正に 面目悉く端厳にして人に見んと憙われん 口の気臭穢無くして 優鉢華の香 常に其の口より出でん」

とある如くです。

 意味は、折伏をしてお寺に導くことにより、例えば、口の中の患いが無くなる、唇が厚くなく堅くなく綺麗な形になる、鼻が高く真っ直ぐになる等々の功徳があることが説かれています。詳しくは一月の御講で学びます。(美人・美男になりたいと思う方ご参詣を)

 大聖人様は『聖愚問答抄』(四〇八頁)で、

「如来一代の教法を擣^和合して妙法一粒の良薬に丸せり。豈知るも知らざるも服せん者煩悩の病ひ愈えざるべしや。病者は薬をもしらず病をも弁へずといへども服すれば必ず愈ゆ。行者も亦然なり。法理をもしらず煩悩をもしらずといへども、只信ずれば見思・塵沙・無明の三惑の病を同時に断じて、実報寂光の台にのぼり、本有三身の膚を磨かん事疑ひあるべからず」

と仰せになり、御本尊様の有り難さ、功徳の大きさを知らない者であっても、御本尊様の偉大な力、用きで仏の境界を開いて行くことができる、と御指南下さっております。

 折伏は相手のためでもあり、また私たち一人ひとりのためでもあります。

 また、一生懸命に精進を重ねても結果を出すことができなかった方も大勢います。その方たちに申し上げます。「御本尊様がご覧下さっています」ご安心下さい。折伏折伏と言わないで、一人で静かに信心がしたいの、と思っている方にも申し上げます。「御本尊様がご覧下さっています」ご精進を。

 佛乗寺の法華講衆の皆様、本年も、さらなる精進を誓い、私たち富士大石寺法華講衆の唱えるお題目の清風を送り出し、混沌とした世情を打ち破る因を築いてまいろうではありませんか。

新年の御挨拶
関塚 総代

 新春おめでとうございます。
 第一回佛乗寺新築御供養への参加本当に有難うございました。私が以前講頭にさせて頂いた時、その時の先輩に講中の方々に一遍でも多く題目を唱えてもらうことが、貴方の仕事ですと言われました。御尊師様、皆様の題目のお蔭です。本年も佛乗寺にとって、私達にとって大変大切な年です。なかなか題目を唱えることは厳しい事ですが、題目の力で折伏と、宿業を乗り切っていきたいと思います。
 皆様におかれましては、今年が素晴らしい年になりますよう、心より新年のお祝いを申し上げ、共に頑張ってまいりたいと決意致すものです。


森 総代

 破邪顕正の年に当り、心新たに精進して参る所存です。正法誹謗者との対処の場合、あくまで破権門理の志を貫く一方、自己に内在する己心の魔との戦いも常に自戒する要があります。
 「一生は夢の上、明日を期し難し」この御聖訓を胸中に、残された人生の一日一日を大切に、他方、自身の悪しき宿業打破を信心の目的の一つに置きたい。更に徳寿会の一メンバーとして、若き信徒の活動には到底及ぶべきもないが、高齢者信徒の異体同心構築の夢を持ち続けたいと思います。


室井 総代・折伏推進委員長

 新年明けましておめでとうございます
 今年も新しい目標に向かって頑張ってまいりましょう。
 
 
広田 会計部長

 「破邪顕正の年」明けましてお目出度うございます   
 講員の皆様にはお健やかに新しい年をお迎えの事とお喜び申し上げます。
 第一回佛乗寺本堂新築御供養に多数の方々が参加され、真心の御供養ができました。有難うございました。
 十八年三月の新築落慶には皆さんの総力を結集し、共々にお慶び申し上げましょう。


野島 講頭

 明けましておめでとうございます。本年も御住職のご指導のもと広宣流布への歩みを進めましょう。


本田 副講頭・登山部長

 宗旨建立七百五十二年「破邪顕正の年」新春明けましておめでとうございます。
 御住職様の御指導のもと、講頭を中心に、一、一千世帯達成  二、新本堂建立の目標を早期達成しますよう精進してまいりましょう。
 本年もどうぞよろしくお願い致します。


関塚 婦人部長

 あけましておめでとうございます。
 平成二十一年御命題達成に向けて「破邪顕正の年」がスタートしました。佛乗寺は一千所帯達成と新本堂建立御供養の二つの大きな目標を目指しての出発です。
 御法主日顕上人猊下様は、正法興隆を目指し一人ひとりが真の自行化他に向かって邁進すべき時と御指南下さっております。
 御住職様は自分の心に壁を作ってはならない。一歩前に進みなさいと常に私達に御書を通して御指導下さっています。出来ることから始めようと心に刻み一歩一歩前進してまいります。
 今年もどうぞ宜しくお願い致します。


井上 副婦人部長・杉並北総地区長

 「破邪顕正の年」明けましておめでとうございます
 昨年一年は暗いニュースで明け暮れました。まさに『立正安国論』に示される、天変地夭そのものでした。政治不信、経済の低迷、犯罪の低年齢化、いたるところでの大地震、季節外れの台風と挙げればきりが無いほど世の中が乱れきった一年であった様に思います。
 この原因を大聖人様は『立正安国論』に
「世皆正に背き人悉く悪に帰す 故に善神国を捨てゝ相去り聖人所を辞して還らず 是を以て魔来たり鬼来たり災起こり難起こる」
と仰せです。本年も益々混迷の一途をたどるのではないでしょうか。
 本年の御命題「破邪顕正の年」は、折伏をしていきなさいとの御指南であります。末法の五濁悪世の闇を滅っせんがために大聖人様の仏法があるのです。一人ひとりが今こそ本気で取り組んで行かなければ広宣流布は達成できません。佛乗寺の本年の折伏誓願目標百二十世帯を早期に完遂し、正義顕揚七百五十年に向け磐石な礎を築いて参りましょう。
 本年も宜しくお願い致します。


荻原 杉並東総地区長

 新年明けまして おめでとうございます
 東総地区としては、各地区長さんと共に家庭訪問を中心に、佛乗寺一千所帯達成の目標に向かって楽しく信心出来るように、頑張って行きたいと思います。


高橋 杉並西総地区長

 新年明けましておめでとうございます
 皆様には益々御清栄の事とお喜び申し上げます
 本年は「破邪顕正の年」と御宗門より打ち出されております。謗法の源を根絶しなければ国は平和にならないという御指南と拝します。
 僧俗和合・異体同心の信心をして行くならば必ず福運を積ませていただけますと、御住職様は御指導くださっています。「破邪顕正の年」に相応しい報恩感謝の信心で、折伏行に励む事を決意し、充実した一年に致したいと存じます。
 皆様の今年一年が実り多き年でありますよう心からお祈り申し上げ新年の御挨拶に代えさせて頂きます。


堤 杉並南総地区長

 新春明けましておめでとうございます
 本堂新築と一千所帯達成の目標に向かって大前進の年にしてまいりましょう。
 本年も宜しくお願い申し上げます。


野島 練馬総地区長

 明けましておめでとうございます。
 昨年は色々とお世話になりました。地区の責任者としての自覚と、活動が今ひとつ足りなかったのではないかと反省しております。常に頭の中は、折伏、折伏で一杯でしたが、いざとなると勇気が出なく、成果につなげる事が出来ませんでした。
 今年は総地区長として、もっと積極的に地区員さんと連絡を取り合い、祈って動く、動いて祈るという信心の姿勢が自分を始め、総地区の中に定着しますよう努力してまいります。


角田 武蔵野西総地区長

 新年明けましておめでとうございます
 昨年は年末に一所帯折伏ができ、ようやく御本尊様に少しご恩返しができたと思いました。平成十八年三月の佛乗寺新築と一千所帯達成に向けて微力ながらお役に立つことを念じ、今年も努力して行きたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いいたします。


丹澤 武蔵野東総地区長

 「破邪顕正の年」明けましておめでとうございます
 唱題を根本に、精一杯折伏に励んで参りたいと思います。


田中 少年部長

 新年明けましておめでとうございます
 昨年は御住職様をはじめ、皆様には、子供達に気さくに声を掛けて頂きありがとうございました。
 血のつながりがなくとも、信心を通しての縁の強さを感じるとともに、子供達を暖かく見守って頂けたことを、ありがたく思っております。
 四月には、幼年部から三名の子供達が少年部に上がり、ますますにぎやかで、楽しい少年部になるのではないかと思います。
 本年も昨年同様よろしくお願いいたします。


奥井 青年部長

 新年明けましておめでとうございます。
 昨年(十二月二十五日現在)は、有志青年部遊撃隊が折伏訪問を月平均二〜三回行い、一年で約六百三十件の下種・折伏をさせて頂き、その中から四名の勧誡・御受戒・御本存下付の成就をさせて頂きました。また、それぞれの有縁の方の折伏は十一名で十三名の成就が出来ました。
 本年は「下種先拡大で折伏誓願目標の完遂」をはじめ、七つの年間実践テーマを遂行し、『破邪顕正の年』に応えられるよう更なる精進をさせて頂きたいと決意致します。
第七十一回地区長会開催
 十二月五日七時より地区長会が開催された。今回は御住職様が、佛乗寺島根支部結成を目指し精進されている木本さんの応援折伏のため急遽松江市に行かれ御不在であった。

 野島講頭の司会のもと、1月度・十二月度日程の確認、登山部からの初登山についての連絡、佛乗寺建立推進の御供養受付の係の確認、十二月度折伏の推進(本年目標の完遂)についての協議がなされた。特に折伏目標完遂については、室井折伏委員長より、「佛乗寺は寺院新築を打ち出している以上、できないわけにはいかない」という指摘があり、自分から相手に話すことができない人は、二人一組をつくりもう一人に話してもらう、などの方策が紹介された。各地区長からそれぞれの下種先について報告があり、室井委員長からは「折伏は自分を捨てないとできない。折伏なしで仏法はない。」との激励があった。なお、野島講頭が御住職のメッセージを代読中、所化さんの手により折伏成就の紙が張り出され、松江での折伏が成就されたことがわかり、一同拍手でお祝いした。
恒例のお餅つきと大掃除

〜 平成15年12月 〜
  


 昨年十二月二十八日、恒例のお餅つき&大掃除が、晴れ渡る青空の下行われた。今年も子供達がたくさん参加しにぎやかな会となった。さて、つきたてのお餅は婦人部の手で、おぞうにと、おしるこに仕立てられ、皆に振舞われた。

 午前中には、勧戒式が執り行われ、本年の折伏誓願目標の百所帯完遂、三年連続誓願達成が決まり、おぞうにの味わいもまた格別であった。
編集後記

「新年の幕開け」
 今年こそはと、心新たに精進を誓い、前進の先には、自身の信心の確立、まだ見ぬ自分に出会えそうな希望に満ち溢れる時である。

 何故このような気持ちになるのであろうか。おそらく我々の心の奥底に隠れた仏性が、御本尊様の縁に触れ、大きな時の節目を祝おうと表に出てこようとしているのではないだろうか。そして、こちらに向かって、「ほら、お前にも仏性があるぞ。今年は俺をしっかり磨いて大きく育てるんだぞ。うかうかして見失うなよ。」とエールを送ってくれているように思えてならない。

 しかし、移ろいやすいのが、凡夫の心。

 「聴聞する時はもへたつばかりをもへども、とをざかりぬればすつる心あり。」(御書一二〇六頁)

である。だからこそ、はっきりとした目的観を持つ事が肝要と思われる。大なり小なり、人はそれぞれ個人の価値観による目標・目的を持って生活しているが、最も崇高にして、永遠に色あせる事の無い目的、それは大聖人様より唯授一人の御歴代御法主上人猊下によって受け継がれてきた広宣流布という大目的である。

 このことを見失わないよう、本年も御講や、広布唱題会に参詣し、ひと月ひと月を大切に精進してまいりたい。その実践によって、まるで毎日がお正月のように、新鮮で清浄な空気につつまれて過ごすことができたらなあ、などとつい夢が膨らむ正月である。

文責編集部 転載複写等禁止



Home http://www.butujoji.jp/