平成16年 3月号
御法主上人猊下御指南
「破邪顕正の意義」

 「破邪顕正」ということについては皆様も既にご承知と思いますが、まず、破邪ということは邪を破すということであります。諸々の邪悪、特に創価学会の三宝破壊の邪悪が存在しており、彼らの様々なうそ、偽りの宣伝によって正法を疑い、誹謗しておる人々が実にたくさんおるのであります。よって、皆様方がその縁に従って、気の毒な創価学会員の人々を一人でも救っていこうという気持ちを持ってはっきりと邪を破しつつ、正しい道に導いていくことが大切と存ずるのであります。

 さらにまた、それのみならず、世界の多くの人々は、色々な間違った宗教や思想、誤った人生観、低い人生観のなかにおける我欲、謗法等の罪障によって不幸になっております。しかるに、どのような人でもこの仏法において必ず救っていこうということが大聖人様の大きな御慈悲でありますから、それを体するときには、我々はいかなる人に対しても、縁のあるところ、よくこの正法の意義を説き、すなわち南無妙法蓮華経の功徳を説いて、しっかりと信心に向かって進むべく、教えることが大切と思うのであります。

 そして、もう一つ考えなければならないことは、物事には外と内があるということであります。私ども個人の上からするならば、皆様方一人ひとりの心のなかは内のことであり、その心において観ずるところの外の問題、すなわち家庭の問題から社会の問題、生活の問題等、これらはことごとく外との交流のなかにおいて行っていくことでありますから、その外の邪悪を破すということのもととして、内心の自分の心の謗法、邪悪を破していくということが非常に大切なのであります。

 その上からも、御承知と思いますが、法華経譬喩品における法華誹謗の罪業、邪悪を妙楽大師という方が紹介されております。これはいわゆる「十四誹謗」と言われておりまして、きょう慢(きょうまん)・懈怠(けだい)・計我(けいが)・浅識(せんしき)・著欲(ぢゃくよく)・不解(ふげ)・不信(ふしん)・顰蹙(ひんじゅく)・疑惑(ぎわく)・誹謗(ひぼう)・軽善(きょうぜん)・憎善(ぞうぜん)・嫉善(しつぜん)・恨善(こんぜん)という十四であります。そのうちの最初のきょう慢、次に懈怠、そして計我の三つが初めに連ねられておるように、我々はこのことに対して常に考えなければならないのであります。特に、懈怠ということは、やるべきことをやらないということで、これが不幸につながっていくのです。

 私が皆様に申し上げたいことは、朝晩の勤行をしっかり行うということです。一切の仏法の根本の教えであり、法体であるところの妙法蓮華経の五字・七字をきちんと信じて朝晩の勤行をしっかり行い、さらに時間を選んで唱題行を行うところに、あらゆる問題の解決が根本的に存するということを信ずべきであります。

(大日蓮 第六九六号より)
御住職御指導

〜 生命の青春を謳歌しよう 〜
 新たな旅立ちに胸をふくらませる弥生三月、御金言の「冬は必ず春となる」を体験することができる「心躍る季節」です。御書の中から、「春」について御指南下さるものを挙げるとすれば、真っ先に思いつくのが『総勘文抄』の次の御文ではないでしょうか。

 「春の時来たりて風雨の縁に値ひぬれば、無心の草木も皆悉く萠え出で、華を生じて敷き栄へ(乃至)終いに成仏の徳用を顕す」(一四六二頁)

と。ここで大聖人様は、「無情の草木でさえ『春』という縁によって咲き栄え、最後は成仏の用きを顕す」と仰せです。まして、有情の私たち人界の衆生が成仏できないはずはありません。そこで次下において、

「三世の諸仏と一心と和合して妙法蓮華経を修行し、障り無く開悟すべし」

と述べられ、末法の凡夫の成仏は、三大秘法の御本尊様と和合することにより叶うと御教示されるのです。

 草木は「風雨の縁」に依らなければなりません。これは「待ち」の状態を意味します。受け身の姿勢です。それに対し、私たちは、「御本尊様の縁」です。季節を待つことなく、自ら望むのであれば常に「縁」を持つことが出来るのです。積極的な姿です。そこでさらに御文を拝すると、『法華題目抄』では、

「妙とは蘇生の義なり。蘇生と申すはよみがへる義なり」(三六〇頁)

と仰せになっております。前向きに御本尊様に向かい、「常に御本尊様と一緒」との思いで自行化他の信仰に励むならば、老いも若きも、女性も男性も区別なく、みずみずしい精神を持続し続けることが可能になる、という意味です。ですから法華経の行者の心はいつも「青春」です。

 自行化他といえば当然折伏です。この折伏が難しいと思って尻込みをすると「青春」から「黄昏」になります。そこで「いつも青春」であるために次の御指南を拝するべきです。御法主日顕上人猊下が『寿量品説法』において、私たちが朝夕読経する自我偈の意義を懇切丁寧に御指南下さるなかで、『質直意柔軟』について、

【柔軟】は「勇気」

「『柔軟』とは、意がやわらかで、我意・我欲に囚われず、正しい法のなかに自己を同化することができる故に、真の善事を行う勇気ある人格となります。すなわち、本宗の純信なる自行化他の信者の心を説かれているのであります。」

と仰せになっております。

 年をとると頭が固くなる、と云いますが、柔軟は若いと云うことです。つまり、折伏は「若返りの秘法」です。法華経に「病即ち消滅して不老不死ならん」と説かれるのはこのことでしょう。

 よい季節になりました。「生命の青春」を謳歌しようではありませんか。そして、大聖人様からお誉めの言葉を頂戴しましょう。
御書学習会

「立正安国論」第十一回
但し、法師はてんごく諂曲にして人倫を迷惑し、王臣はふかく不覚にして邪正をわきま弁ふること無し。 


 第十一回立正安国論御講義は第三問答に入りました。

 第一問答で、乱国となった原因と結果を「背正帰悪」とご指南され、第二問答では客が経文上の証拠を求め、主人は正法を用いず「背正帰悪」する故に起きる三災七難を金光明経、大集経、仁王経、薬師経等の経文を引きお答えになりました。

 民の生活が乱脈になる、外国からの侵略を受け多くの民衆が殺害される、国家中枢で争いが起き国の運営がままならない、自然現象・天候が狂う、盗賊が多発する、過去世に大きな徳を積んだ為に国の王となった者も正法を護らなければ福徳が尽き国に聖人不在となる結果次の七難が起きる。(仁王経)

 伝染病・他国からの侵略・内乱・天体運行の狂い・日蝕月蝕・暴風雨・旱魃(薬師経の七難) 天体 運行 季節の狂い・天体に変怪の相を現ずる・様々な大火に襲われる・大雨 雪 氷 雹や水難に襲われる・大風に襲われる・大旱魃により作物が採れず万民が滅亡する・四方の外国から侵略され、国内にもあらゆる盗賊が出来し民衆はすさみ戦乱の世となる。(仁王経の七難)

 大集経の三災は、インフレデフレ等の経済の破綻・戦争・伝染病です。三災が起きる理由として、"もし自分自身が無量の過去世から大功徳を積んできたとしても、仏法が滅ぼされようとしているのを見ても守護しようとしないならば、積んできた善根は全部滅失して、国に三つの災難が起きる。国土を守護する働きである諸天善神が皆この国を捨て去るので、常に隣国から侵略され蹂躙され、暴火・暴風雨が絶え間なく、洪水が起こり民衆は漂流し、あらゆる親戚が謀叛を起こし、間もなく重病に罹り、死んだ後は大地獄に堕ちる。縁者も全て同じく地獄に堕する、と大集経を引かれます。

 これら四つの経文に明らかで疑う余地が無く、世の正法に盲目な人々は邪説にはすぐ騙されても正法は中々信じ難く、正法を護ろうとはしないのであって、善神聖人が国を捨て去り悪鬼外道が災難をもたらすのであるから結局は自らの責任であると締めくくられるのでした。

 今回の第三問答は、インド→中国→日本と仏教が伝来し、聖徳太子以来日本には仏教が流布して盛んであり、誰が仏教を軽んじ仏法僧の三宝の跡を絶やしているというのでしょうか、と客が怒って反論します。

 主人は諭して、確かに表面的には寺院は多くお経を安置した蔵は軒を並べており、僧侶も数多くおり、それを信仰する人も大勢います、と一旦客の言うことを受けます。

 しかし主人は、冒頭のお言葉をもって、お答えになります。

 一見仏教が流布しているように見えても、その内実は法師の心はへつらいねじ曲がっており、人々の心を惑わし、国王も家臣も愚かでその正邪を見極められないのです、と。

 このお言葉での国王には、立正安国論上奏の相手北条時頼を含み、法師には極楽寺良寛等幕府お抱えの僧侶が含まれるわけですから、この御文は、大聖人様の痛烈な折伏のお言葉として命肝しておきたいものです。

 今月は十九日の金曜日午後七時からです。夕勤行の後八時半までです。御書をご持参下さい。(N)
節分会・第七十二回地区長会開催
 平成十六年二月三日午後七時から、慣例行事の節分会が地区長会に先立ち奉修された。豆まきの語源は魔滅からきていることや、正宗では「鬼は外」の呼び声はしないこと、その訳は悪鬼であった鬼子母神、十羅刹女等も御本尊様のお力で、善鬼として人々を護る諸天善神になったから、排除はしないのだという意義等を改めて学んだ。また、『日眼女釈迦佛供養事』を拝し、厄とは、そもそも人生における大事な節目のようなものであるから、この時こそいっそうの信心を奮いおこして罪障消滅させていただこう、との厄を迎える我々の心構えについて大聖人様の仰せをご指導頂いた。

 その後八時より地区長会が開かれ、日程の確認、春季総登山の申し込み、支部総会の実行委員、講費の趣旨等の議題があがった。続いて新本堂建設の推進について、これは、私達の修行の場としてのお寺を荘厳させて頂く事なのだという意義を講員の隅々まで伝えていく事が再確認された。また、これは御本尊様を供養しているようであるけれども、取りも直さず自分自身を供養し荘厳している事になるとの、大聖人様の御教示を御住職様より、『阿仏坊御書』を通じご指導頂いた。一回目のご供養の正式受書と、第二回に向け個人の名前の入った案内を送付することが決まった。

 折伏目標達成への推進については、「破邪顕正の年」の本年こそ、創価学会の邪義をしっかりと見破り、破折して一人でも多くの学会員を救っていこうと誓い合った。

 最後に『選時抄』を通して、「一念三千の意義の上から我々の心に御本尊様がおわして、折伏をさせていただくことが出来る、その有り難さを胸に更なる精進を。」と、ご指導頂いた。(K)
体験発表
青年部/Wさん

 皆さんこんにちは。今年の一月十七日、仏乗寺の本堂において、御住職様の御導師のもと結婚式を挙げさせて頂く事ができました。その節は婦人部長はじめ、婦人部、青年部の方々に多大なるお力添えを頂きました事を大変感謝しております。この場を借りてお礼を述べさせていただきます。誠にありがとうございました。

 さて、私の入信についてお話しをいたしましょう。平成十五年一月一日に入信をしてから四百余日が経ちました。

 その日いつものように寝不足でモウロウとしていた私に、妻がなにやら囁いたのがきっかけです。気が付くとお寺の階段をのぼる私がいました。本堂に入ると立派な御本尊様に驚きました。御本尊様を拝した時に命から溢れる力を感じました。これは本物の仏様だと直感でしたが素直にそう思いました。と同時に宗教だという事も知りました。私は宗教が物凄く気持ち悪いものだと思っていたから戸惑いました。なぜなら宗教といえば、オウムや創価学会やイスラム教、その他諸々等・・と思っていたからです。お金、お金、戦争、戦争、政治、政治、権力、権力、・・・。これが宗教だと思っていました。

 だけど日々お経を読み、信心してる人達と接していくうちに、日蓮正宗が宗教であるなら、こんな素晴らしい教えはないと思ってきました。心を鍛え、生活リズムを整え、世界平和の実現を考えます。皆さん健康で温和で若くいます。厳しく、優しい教えだと今は感じています。何も分からない頃は、御本尊様に対し誹謗してしまった事がありました。するとどうでしょう。その翌日に高熱が出て麻疹(はしか)にかかってしまい十日間ほど入院してしまいました。妻が勝ち誇った様に言いました。『ほ〜ら、罰かぶった。』と。退院後早速、「ごめんなさい」とお題目をあげさせて頂きました。その後、徐々に軌道修正をして、日々の勤行・唱題も出来る様になり、公私共に順調でとても幸せな生活を送る事ができています。嘘ではありません、本当のことです。御本尊様のありがたさを「心で思えた」と言う事がまず功徳だと思えてなりません。今の幸せな気持ちを折伏に繋げたいと思います。

 最後になりましたが、御住職様の認証を得て、Aさんの猛烈なアプローチ受けて本山の輸送班任務をさせて頂くことになりました。精一杯頑張ろうと思います。そのような訳で、何も分からない私ですが、皆様どうぞ宜しくお願い致します。


あとがき

 この度はこの様な機会を与えて下さった御住職様、Aさん、BIG MAMAに御礼申し上げます。ありがとうございました。また、この最良の仏法を堂々と私に教えてくれた妻に感謝しつつ、この辺で失礼させて頂きます。最後までおつき合い頂きありがとうございました。
3月の主な行事予定
■永代経
 一日(二時・七時)

■広布唱題会並びに寺院清掃
 七日(九時)

■御報恩御講
 十四日(十一時) 午前十一時に奉修されますので御注意ください。御逮夜御講は通常通り午後七時から奉修されます。

■御書学習会
 十九日(七時)毎月第三金曜日に開催されます。

■春季彼岸会
 十七日〜二十三日(十一時・二時・五時半)
    
■春季総登山
 二十七日・二十八日(※大白法三月一日号に、詳しいスケジュール・自家用車での新ルートの説明が載っています。参照されてください。)
編集後記
 二月度の登山会に、青年部十名で、登山が叶った。一泊で参加したのは、六名。御開扉、指導会、丑寅勤行と、お山の清浄な空気に存分に触れ、最後の行事である座談会を迎えた。他の四人は、この座談会に間に合うように、朝五時前に東京を出発して参加した。

 僕が本当に不思議に感ずるのは、どうしてお山で聞く体験発表はこんなにも心に響くのだろうか?という事だ。感情があふれ出し、気付くと、笑いながら泣いたりしている。周りもそうだ。皆でその人の悲しみを悲しみ、喜びを喜ぶ姿がそこにはある。

 登山会のすべての行事を終え、僕達は常唱堂へ向かった。さらにその後座談会を開いて、それぞれがいろんな思い、決意を語った。

 この月例登山会(猊下様は月例登山とお呼びになるので、そう呼ばせていただく。)は、次は十月に行われる。自分の発言の機会に僕は、その時に今回の倍の二十名で登山させて頂こうと呼びかけ、一日一日を大切に精進する事を誓った。

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