平成17年10月号
第13回支部総登山開催

 九月二十五日、毎年恒例の支部総登山会が、爽やかな秋晴れの下、盛大に行われた。

 御法主上人猊下の御指南のもと、御住職様を先頭に、講中一丸となって取り組むこの支部総登山も今年で十三回を数える事となった。

 本年九月の広布唱題会の砌、御法主上人猊下は、
「皆様一人ひとりが講中の発展とともに自らの罪障を浄化して本当の成仏の境界を打ち立て、妙法の功徳を顕すところの、一年の多くの修行の中の根本の修行が、この支部総登山である」
と御指南下された。

 今年参加する事ができた方は来年も行けるように、また残念ながら参加する事ができなかった方は、来年こそはと目標を定めて、共々に精進して参りましょう。
ご指導

〜 支部総登山の砌 〜

支部総登山において御住職より下記の様な趣旨のご指導を頂いた。(文責編集部)

1. 登山の意義について 2.佛乗寺新築に向けて

 大聖人様は宗旨建立時より二七年後に出世の本懐をとげられました。そしてそこには熱原三烈士の信心の志がありました。日蓮正宗の信心は恩に報いることの大事を説いた教えである。大聖人様が「日蓮がたましひをすみにそめながしてかきて候ぞ」(御書六八五頁)とおっしゃって顕された御本尊を信仰する我々法華講衆は、仏様の大恩に報いる精神に立つことが肝要だ。ここに自分達の信心の姿勢を見つめることが大切。

 現在我々が大御本尊様に御目通りできるのは、二祖日興上人が謗法厳誡の精神で、大聖人の仏法を護持されたからである。六老僧の中で日興上人ただお一人が大聖人様を末法の御本仏であると理解されていた。そして今日、日蓮正宗富士大石寺の信仰をすることができる平成の法華講員は「此の経は相伝に有らざれば知り難し」の御文を深く考えるべきである。日興上人は令法久住のために身延山を離れられたが、ここに大聖人様の仏法が富士大石寺に正しく伝えられてきた。だから今、自分たちが正しい信仰生活を送れていることに感謝をし、「願いとして叶わざるなし」の御本尊を信じきって精進に励むことが大切だ。

 我々が登山するに当たり、日興上人、日目上人、ご歴代の御法主上人によって正しく大聖人様の仏法が今日に伝わってきたことへの報恩感謝の念をもつこと。「願いとして叶わざるなし」の実証を示していくところに信心修行の意義がある。そこに登山させて頂ける有難さを想うことである。

 二点目は、今佛乗寺では来年の新本堂建立に向けて皆が前進している。昭和三十八年、総本山第六十六世日達上人が、佛乗寺の入仏式の砌に、
「本門戒壇の大御本尊のお写しを佛乗寺の本堂に安置する」
との御指南をされた。
所属寺院に御安置の御本尊様は、日達上人の御指南の如く、大御本尊様のお写しを唯授一人の御法主上人が御書写下さったのである。故に日蓮大聖人様がお出ましくださったと拝する事が私達の信心である。その仏様のお住まいを新たにすることができる因縁を深く考えて、功徳を積む修行に励むことが大切である。

「余談」
Q.数珠の先端の形が違うが何を表しているか。
 婦人部:涙でしょうか。
  〃  :壺だと思います。
 その他:色々。

A.答えは、功徳をためておく壺。

四条金吾殿への御返事に
「然るを毎年度々の御参詣には、無始の罪障も定めて今世一生に消滅すべきか、弥はげむべし、はげむべし」と教えられている。御登山の功徳は凡夫の頭では計り知れないが、知らず知らずに大きな功徳を積んでいる。功徳の壺にそれを蓄えて下山するのだが、油断すれば積んだ功徳もすぐに無くなってしまう。我々は常に自身を見つめ直し、正しい信心生活に生き、積んだ功徳を大いに折伏に生かしていきたいものである。
登山の感動
●御数珠についている小さな壺についての御住職様のお話しを肝に銘じた。
祈念の唱題により、その壺に功徳が満たされるけれど、おろそかにしていると壺の功徳は逃げて行く由、何時も功徳に満ちた日々を過ごす様にしたいと思いました。

●支部登山に参加出来て本当に良かったと思って居ります。
御住職様のお話もお数珠の意味も聞けて・・・
それに向かって頑張って行きます。今日は二人で旅館に泊まって来ました。本当に良い支部登山でした。

●今更に おしえ教義の奥の むづかしさ 励む朝夕 唱題のみ

●今回も無事に御登山させていただき、青年部の登山運営された方々、ありがとうございました。
                   
●身体的にも悪い時期でもあり、経済的にも行きづまり感の日々の中、少しアキラメの状況で日々勤行唱題をしてまいりましたが、総本山の御本尊様を近く見、猊下様とご一緒にお経唱題。信じている様で信じていない自分がいるのかと思えてきて反省、カツを入れられた気持ちです。帰路では虹を見ると良い事や、幸福になれると昔にハワイに行った時に聞いたのを思い出し、希望が湧いて来ました。無疑白信の心で頑張ります。           
                    
●何より天候回復、皆様全員の笑顔嬉しい参道で御座いました。有難さを胸一杯頂いて、明日からの前進に致したく思います。

●友人のYさんを初めてお連れできて大変ありがたく思います。悪天候の中でのお登山で申し訳なく思いましたが、大石寺に於ては不思議に春の様な天気で、清々しく御開扉をうけることができ、帰りには虹まで出て、心が軽くなりました。Yさんもきれいな境内をすなおに喜んでくれてこのように連れてこられた事を御本尊様に感謝いたしました。

●友人のYさんにお誘いいただき、初めての登山でした。台風も近かったので天気等も心配でしたが、大石寺では天気もよく、色々見て歩いたりも出来たので嬉しかったです。今回は皆様と御一緒でしたが、友達同士で来て、ゆっくり見て回りたいなと思いました。ぜひ次回も参加できたら良いなと思います。本日はとても良い経験でした。ありがとうございました。

●支部総登山初めて参加出来ました。御開扉では奉安堂いっぱいの信徒の皆様で自分の身体がスコブル感動し、全身で本門戒壇の大御本尊様に題目を唱えました。ありがとうございました。

●一週前に寛師会に参加し、続けて登山できる事に身の幸福を感じました。相変わらずご祈念ばかりの御開扉でしたが、早くご報恩の登山ができる様、自分自身を進歩させたいと思います。久しぶりにバスで参加しましたが、往復の道のりもゆっくりできておすすめです。

●とてもたのしかったんですけど、おにいちゃんがけがをしたのでたいへんでした。またいきたいです。
             
●ごじゅうしょくさまといっしょにお山にこれてよかった! 

●今までは直行登山で登山をさせて頂きましたが、今回は家族全員で(六名)登山出来た事を大変に感謝しています。又、ご住職様の壺の話を聞き感動しました。明日から壺に多くの徳を入れたいと思い今後は毎々心に止めて行く事を心掛けます。

●朝、起床時には台風の影響による雨がひどく、登山の決行が危ぶまれましたが、家を出る時には小雨になり、バス中もご開扉に向かう折にも晴れ渡り、奇跡に恵まれたような素晴らしい参拝となりました。いつも心を前向きに生活を送りたいと思います。

●今日初めて大石寺に行って、建物のきれいさ、空気の良さにびっくりしました。こうやってみんなが心から信じれるものがあるのは素敵だと思いました。自分は正直日蓮正宗がどういうものかよくわかりませんが少しづつ理解していこうかなと思いました。

●朝起きたらすごい雨で、せっかくの登山なのに・・とブルーな気分になりましたが、バスで走っている間に雨が上がり、陽がさしてきて、私の前途を祝しているのだなあと感じました。子供二人をつれて三人の登山は初めてなのでとても感激しました。いろいろ自分の悩みもあり苦しんでいますが、お山の青空のようにさわやかな気持ちになり、負けないで頑張ろうと決意致しました。御住職様をはじめ車両長さん、副車車両長さん、いつもありがとうございます。感謝しております。

●二回目ですが、今回はもっと感動しました。

●今私に足りないものは折伏です。今年中に二人はさせて頂きたい。その事を大御本尊様にお願い致しました。(※この登山から帰られた後、すぐに一世帯の折伏を成就されました。おめでとうございます。【編集部】)

●本日九月二十五日大御本尊様に題目を唱えさせて頂きまして本当に有難う御座いました。御祈念し奉る目標を実現出来る私であります様、そして功徳のある信心を、私は折伏が出来ないのが反省で御座います。頑張って信心をさせて頂きます。どうぞよろしくお願い申し上げます。有難う御座いました。

●私は支部登山に参加をし、ごかいひを受けさせていただきました。ごかいひのときにいつもはすぐねむくなってしまうけど、今日は大きな声でお経をあげていたのでねむくなりませんでした。今度大石寺にきたら、もっと大きな声でできるようにしたいです。

●わたしはごかいひでたくさんのごきねんができました。次の登山でもたくさんのごきねんが今日よりたくさんできるように、ねないように気をつけたいです。

●「もっと御本尊様のお使いができますように」という御祈念を常に忘れず、頑張ろうと決意した。

●私は今年受験生です。こなさなければならない課題の多い中、今日は参加してしまいましたが、やはり来て良かったです。今日の事を一つの支えとして残りの期間も頑張ろうと思いました。

●色々な自分の願いをご祈念できて良かった。

●二回目の支部総登山でした。今回は子供も参加し、また他県のお寺から参加している母やおじにお山で会うことができ、印象深い一日となりました。これからもますます信心に励んでいきたいと思います。

●お山に行く前は悶々としていましたが、帰りには爽やかになってきました。

●日蓮大聖人様のお膝もとに帰らせて頂き、今日は心が洗えた気持ちです。三号車の皆様には大変お世話になりありがとうございました。

●三十四年離れていたのですが、此の間、法華経は忘れたことはありませんでした。昨年十二月に私は再入信、女房はPL教団の信者でしたが、二人共に入信させて頂き、七月の夏期講習本日の支部登山、私は三十五年ぶり女房は初めてでした。

●今年九月の初め、或る事にチャレンジした事が七十歳にして第二の新しい人生が生まれようとしているところの登山で、とても有意義な登山でした。併せて先祖の供養も出来て、とても楽しい登山でした。何回来ても最高です。              

●青年部のTさん、Kさん、Iさん今日一日お世話になりました。「助け合う心、また教えられた気分です。信心=勉強」

●今日は天候も良くて、とても気持ちよかったです。引率の方達もとても元気で楽しかったです。又、宜しくお願い致します。ありがとうございました。

●お題目根本に頑張ります。

●沢山の方々に協力して頂き助けて頂いた御登山でした。皆さん、本当にありがとうございました。

●また、元気で登山に参加しましょう。題目を常に唱えて。

●御住職様との唱題行は内拝が十五分のびた様で、すがすがしく得をした気がしました。(帰りに虹を見ました。天気からすれば、当たり前の事かもしれませんが、私には初めての事です。)

●御開扉でねむらずうけられてよかった。

●今朝は雨が降って、一時はどうなるのかと心配しましたが、バスが大石寺に近づくにつれ、晴れてきたので本当によかったなと思います。副車両長も初めての事で、とても勉強になりました。

●朝、家を出た頃は、雨が降っていたのに、お山に着いたらいい天気になりました。皆さんの日頃の行いがよいおかげでしょうか。いい一日でした。ありがとうございました。

●御苦労様でした。出発の時の事は係の皆様もあまりなれていないのでとお聞き致しましたが(なれていないのは私だけです)私が二、三日、前になってから参加すると云ったのでややこしくなった事だと思います。お許し下さい。ただ御住職様や三号車の皆様には朝から御不快な思いをさせてしまった事にたいして「トシガイもなくただただ恥じいるばかりです」心よりお詫び申し上げます。

●毎年お昼のお弁当おいしくて楽しみにしていましたが、今年もとてもおいしかったです。 

●庶民の中からお出になられた大聖人様は、慈悲の精神で人々をお救いになってくださいます。『立正安国論』を北条時頼に奉進しても耳を傾けられる所とならず、逆に色々な諸宗教から迫害をお受けになっても決して揺るぐことなく御自分の御意志を貫き通されました。龍ノ口、伊豆配流、小松原の法難等に遭われても命をかけて南無妙法蓮華経を弘通された事などを知り本当に尊敬いたしております。
この度、U様の御縁でこの御本尊様の御教えにふれることができて私の救いになりました。キリスト教は博愛で、仏教は慈悲の精神であります。不軽菩薩は、会う人すべてが仏性を持っていることを知っていて、どんなに石を投げられても屈することは無かったそうです。人の悪口を言うことは自分の身を滅ぼすことであると御住職のお話を聞きました。どんな人にも良い所があると思います。人の弱点だけを見ずに、人の為に尽くすことを喜びとしなければならないと思いました。いつも御住職よりご法話をお聞ききすることが楽しみでございます。色々解らないことばかりですがこれからも御住職様の御鞭撻をよろしくお願い致します。大石寺に登山する日は風邪気味でしたが、精一杯お題目を唱えましたおかげで少し良くなりました。本当にありがとうございました。

●背な伸し夏の法衣に身を包む 修行の僧に幼な顔顕つ

●いつの日か正理説きつゝ世を救ふ 僧となる君健やかであれ



ご住職さまより

 年一回の支部総登山、御苦労様でした。  

 皆様のお蔭で住職も登山をさせて頂く事ができます。有り難いことです。何よりも嬉しかったのは、今年も初めての方ご一緒できたことです。数は多くないかも知れませんが、着実に進んでいる証拠です。この様な佛乗寺法華講衆の精進を大聖人様がお喜び下さっていると確信致します。

 共々に励んで参りましょう。  
宅御講をしていただいて
 御住職様に、「母の背中がねじれまがって御講に行けません。」と申し上げましたら、「それでは宅お講をやってはどうですか。」と言っていただきました。「宅お講とは何ですか…」と尋ねますと、「家でお講をやることです。」といわれました。初めはわざわざ御住職さまにご足労を煩わすのは悪く、また家での準備も大変なのかなと思い、一瞬お断り申し上げようと迷いましたが、「気にかけることはありません。普段のままでいいです。」と仰って下さいました。自分でも御僧侶に来ていただくことは、家に福運を積めると思っていましたので、今年の三月から、母の家で宅お講をしていただいております。

 気がついた点をいくつか申し上げます。第一にお経のときに御住職様の背中がすぐ近くにあるということです。この距離の短さは勤行をするとき、お題目を唱えるとき、いい加減にやれば御住職様にすぐ分かってしまいます。真面目にしなければならなくなります。非常にいいことだと思います。また御住職さまはどのように声を出しているのか、自分はどのようにしたら御住職さまの読経に合わせられるかと心がけるようになります。「お経を読む」「題目をあげる」という基本的な修行を自分は何十年もしていますが、出来ているようで出来ていないと日ごろより思っていました。勤行、題目の姿勢を見直すいい機会です。

 第二に御書の講義です。講義の内容はお寺のお講のときと同じ一節です。一番いい点は御住職様が御書の解説をなさっている時に、分からない箇所があればその場で、「それはどうゆう意味ですか」とすぐに質問できることです。御住職様より、あるときは一般的に、あるときはその人の教学力にあわせて噛み砕いて、またあるときはその人の生活の中で活かせるようにと説明してくださいます。

 御書講義が終わったあとは座談会です。皆で御住職さまとお話をしています。とてもためになります。宅お講とは御住職様より身近に信心を教えていただけるとてもよい場所と思います。御住職様がわざわざ足を運んでくださることが大変有難いことだと思っております。宅お講中は俗塵から離れて別世界にいるようです。数日は爽やかな気持ちでいられます。不思議です。

 現在は参加している人は五人前後です。「来る人が部屋いっぱいになるようにしましょう。」と御住職様より励ましを頂きました。是非皆様にも来てくださるようにお願いを致します。
編集後記
 宗祖日蓮大聖人御会式が、十月一日・二日の両日奉修され、御住職の導師のもと御本尊様に御報恩申し上げ、一同折伏への決意を新たにした。

 その御正当会の日、学会員の婦人部が三名佛乗寺の前で、「今、前まで来ました。」等と電話でやりとりをしていたそうである。法華講の婦人部の方が顔見知りだったためにすぐに知るところとなった。

 状況から見てお参りに来たとは考えられない。おそらく幹部から指示を受けての事だろう。でもいったい何を見に来たというのか。もし彼女たちに事の本質を見ようとする健全な精神があれば、池田氏個人の記念日ではなく、大聖人様の滅不滅をお祝いしてこのようにお寺に集う姿のどちらが信心とよべるか、一目瞭然のはずなのだが・・・残念ながら、三人は足を留めて熟考することなく早々と立ち去ってしまったようである。大良薬を目前にしながら、気づかぬどころか逆手に取る、まさに毒気深入の姿といえる。

 しかしお経文には、仏様がそのような毒気深入の子らを慈悲と智恵をもって救う姿が説かれている。ならば私たちも大聖人様の弟子として、お題目を唱えに唱えて慈悲と勇気をいただく時、彼らを救うきっかけを作ることが誰にでもできるはずである。精進してまいりたい。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺