平成17年11月号
日蓮大聖人御会式厳修

立正安国論並御申状奉読の儀
  

 本年の御会式が十月一日(御逮夜)と二日(御正当会)の両日にわたり厳修された。

 参詣者の唱題の中、献膳の儀の後、読経・立正安国論並びに御申し状奉読の儀と御会式は厳粛に奉修され、御本仏日蓮大聖人様の滅不滅をお祝い申し上げると共に厚く御報恩申し上げ、破邪顕正と正法広布をお誓い申し上げた。

 御逮夜法要では、九十四歳になられるお婆様が今年もお元気にご家族の方とともに参詣され、大聖人様への御報恩の信心を私たちに身をもって教えて下さった。

 翌二日にはさらに多くの方々が参詣され、また、布教講演では、仏寿寺御住職高木当道御住職より、御法主上人猊下の御指南をそのまま実践していく事の大事をご指導頂いた。

 最後に御宝前に飾られた桜の「お花くずし」があり、皆頂いたお花を手に、決意を新たにしつつ我が家の御本尊様のもとに帰った。
御住職ご指導
同心唱題会(平成十七年十一月六日)

阿仏房御書(御書七九二頁)

御文委しく披見いたし候ひ畢んぬ。抑宝塔の御供養の物、銭一貫文・白米・しなじなをくり物、たしかにうけとり候ひ畢んぬ。此の趣き御本尊法華経にもねんごろに申し上げ候。御心やすくおぼしめし候へ。


 阿仏房の御供養を「宝塔の御供養の物」と仰せです。宝塔は、法華経の、「見宝塔品第十一」で、金・銀・瑠璃・真珠・まいえの七宝で飾られた高さが五百由旬、縦横の広さが二百五十由旬の大きく荘厳な塔が大地から涌出し、その中に多宝如来が全身を収めていたことが説かれています。そして、釈尊の説く法華経の正しさを証明されたのです。さらに釈尊はその宝塔の中に入られ寿量品を説かれました。大聖人様はこのときの様子を御本尊様として書き表されて私たちに与えて下さいました。

 当抄の中ほどで、
「然れば阿仏房さながら宝塔、宝塔さながら阿仏房」
とも仰せになります。宝塔が御本尊様のことであり、また阿仏房のことでもある、との御指南です。
このように仰せ頂いた阿仏房は、勇気百倍の信心をすることができたことでしょう。阿仏房をはじめ佐渡の法華講衆といえば「登山の精神」が有名ですが、実は大聖人様の信仰をしていることを理由に、住処を追い払われたり、囚われの身となったりしました。そのような厳しい環境の中にあっても退転することなく信仰を貫く姿を「阿仏房さんあなたの信仰の姿はすでに宝塔を顕しています」と御本仏が仰せ下さるのです。

 仏乗寺の法華講衆も、佐渡の国の法華講衆を手本として、苦境にあっても御本尊様から離れない信心を貫き、順風の中でもおごることなく素直な心を忘れずに、大聖人様の仰せのままにお題目を唱え折伏を行じて行けば、一人ひとりの心の中に「宝塔」を建立することができます。

 佛乗寺の新築は、外に向かっては御本尊様のおわします「宝塔」を建立することであり、内にあっては一人ひとりの生命の中に「宝塔」を打ち立てる修行をする好機です。そのためには先ず唱題です。総本山への参詣です。御報恩のための修行です。今生で巡り会うことのできた、内と外と同時に「宝塔」を建立する好機を逃すことのないように、御法主上人の御指南を拝し、折伏の修行に励もうではありませんか。
折伏誓願目標百世帯達成に向けて
 本年も残すところ後二ヶ月となりました。

 本年は、御住職のご指導のもと、折伏目標百世帯の誓願を立て、誓願達成のために折伏行に精進してまいりました。現在残り二十三世帯を残すところとなっています。

 十月の役員会に於いて、目標は必ず達成しようとの決意があらためて一つになりました。具体的には、十一月・十二月の二ヶ月で、杉並東・西・南・北、中野、練馬、武蔵野東・西の八つの総地区がそれぞれ三世帯の折伏を必ず達成し、全体で二十三世帯の折伏をやり切ろう、そのためには、総地区長が中心となり、毎日一人以上の地区員さんと連絡を取り合い、下種先を出すなど具体的に行動を起こし折伏の輪を広げていけば、目標は必ず達成できると確認し合いました。

 言うは易く、行うは難し。しかし、言い訳を言ったり自分をごまかしている時ではないと思います。勤行・唱題に励み、先ず自分から実行してください。そうすれば支部の動きも変わり、目標は必ず達成できます。ともに実行あるのみです。

 がんばってまいりましょう。よろしくお願い致します。

(講頭)
地区長会に出席して
 十月の地区長会では、モンゴルとフィリピンの信徒の状況について話しがあった。ともに折伏推進委員長の折伏が機縁となり誕生した佛乗寺の海外信徒である。今回は特にフィリピンのご信徒について婦人部のKさんが報告をしてくださった。

 今年の二月に入信をしたM夫妻のご婦人が、入信後数十日後には十一人の折伏をしている。そんな夫妻の状況が気になり、九月にフィリピンをKさんが訪問したとの事。ところがその時M夫妻は別居状態にあり、婦人は四歳の子供を抱え仕事もなく、小さな家に十一人の居候暮らしをしていたそうである。しかし、そんな状況にあっても、彼女は自分のすぐそばに仏様がいることを常に感じていると言ったそうだ。また、今は生活が縮小しているが、不思議と自分には未来があると感じているという。

 私はこの話を聞いたとき、ビビッと身体に電流が流れたような気持ちになった。自分は日本人として恵まれた環境に生きている事が何を意味しているのか、考えない訳にいかなかった。

 そして、早速それを折伏の行動に移す事ができた。縁のある人に電話をし、ご住職に会える日はいつかを聞いてみた。その時彼の返事は、「気持の整理ができていない」との事だった。そのことをまた御住職に伝えると、「気持を整理しようと思っても整理などできるものではないのだから、何も考えずに会いましょうと伝えればよいのです。」と具体的に御指導くださった。

 改めて電話をしたところ、日時を指定してくれと言われた。この機会をなんとか活かそうと思っている今である。

(Yさん)
編集後記
 「自行若し満つれば必ず化他あり」。一年間お題目をあげてきて、一人の折伏ができないとすれば、反省しなくちゃいけないよ、やっているようでやっていない見せかけの信心になってしまうよ。大聖人様は折伏をしないと成仏できないと仰っている。自分を偽ることなく、なんとしても今年一人の折伏をさせていただこうと、本当に一生懸命になれば必ずできるものだよ。等々、御指南を交えながら、厳しくも解り易い言葉で励ましてくださる講頭のことばが胸を打つ。

 自らの怠惰な心に流されてしまわぬように常に思い出すようにしている。先日、出勤前に、これらの事を思い一時間の唱題をして電車に乗った。目の前に聖教新聞を広げた大学生であろう女の子が座っていた。熱心な目をしていた。出掛けに拝読してきた御聖訓「法華経の敵(かたき)を見ながら置いて責めずんば云々」を思い起こした。少し考えた後、
「びっくりさせてごめんね・・きっとご存知でなかったでしょうがこれも事実なんですよ・・キミには未来がある・・自分の目で様々な情報に触れ真実を見極めてください・・」等と、持っていた大白法の「創価学会問題裁判結果一覧」(十一月一日号付録)の余白に、どうか彼女の心に届くようにと走り書きをし、連絡先を添えそっと手渡して先に降りた。正確には膝の上に置いてきたのだが、彼女が怯えた目で受け取るのを精一杯拒否しているのがわかった。こちらの緊張が伝わったせいだろう。申し訳なかったと思う。

 彼女に伝える事ができたかどうか、それは分からないし、今回取った行動が最善かどうかも分からない。だが、唱題をする事によって、何もしていなければ唯の通勤であるところを、御本尊様のお使いとしての修行をする機会に変えることができたということは事実である。「自行若し満つれば必ず化他あり」とは、このような事をいうのだろうか。さらなる確信を求め励みたい。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺