平成18年7月号
御住職ご指導
「寿量品」 〜 その八 〜  (永代経 平成十八年七月一日)

【御経文】

時我及衆僧 倶出霊鷲山 我時語衆生 常在此不滅 以方便力故 現有滅不滅
余国有衆生 恭敬信楽者 我復於彼中 為説無上法 汝等不聞此 但謂我滅度
我見諸衆生 没在於苦海 故不為現身 令其生渇仰 因其心恋慕 乃出為説法


【書き下し文】

時に我及び衆僧 倶に霊鷲山に出ず 我時に衆生に語る 常に此に在って滅せず 方便力を以ての故に 滅不滅有りと現ず 余国に衆生の 恭敬し信楽する者有れば 我復彼の中に於て 為に無上の法を説く 汝等此を聞かずして 但我滅度すと謂えり 我諸の衆生を見るに 苦海に没在せり 故に為に身を現せずして 其をして渇仰を生ぜしむ 其の心の恋慕するに因って 乃ち出でて為に法を説く


【現代語訳】

(衆生が執着の心を捨て去り、仏様のことを一心に思うようになったならば)その時に私と私の弟子たちは霊鷲山に姿を現すのです。私はその時に衆生に語ります。私は常に此所にあって入滅することはないのです。衆生を導く上から、入滅あるいは入滅しないという姿を方便の力を持って顕したのです。他の国土の衆生の中で、私(仏)のことを恭しく敬い、信じ願うものがいたならば、私はまた彼らの中に入りこの上も無き法を説きます。貴方たちは、この私の言葉を聞かないで、ただ私が入滅したと思い込んでいます。私が多くの衆生を見たときに、すべての人々は一様に苦しみの海の中に落ち込んであえぎもがいております。そのような衆生の姿ですから、私は直接姿を現すことをせずに、彼らの心に私をあこがれ慕う気持ちが生じるように図ったのです。そして、彼らが私を恋い慕う心を持ったならば、そこにはじめて身を顕して法を説くのです。


【解説】

 霊鷲山とは法華経が説かれたインドの地名です。霊山という言い方もあります。御書では、「霊山浄土」と仰せになり、日蓮大聖人様がおわします処が霊鷲山であると教えてくださっております。ですから、私たちの信心の上からこの「倶出霊鷲山」を拝しますと、御本尊様御安置の処であるということがいえます。また、仏様は私たちの心をお感じになり、出現されるとも説かれております。ですから私たちが仏様のことを思うならば、常に私たちの前に仏様はおわしますのです。そして、常に私たちに法を説き私たちを導いてくださっているのです。仏様のお言葉を素直に信じることができるならば大きな功徳を受けることができることを教えてくださる御経文である、と心にとどめておいてください。

 『法蓮抄』(御書 八一四頁)には、
「信なくして此の経を行ぜんは手なくして宝山に入り、足なくして千里の道を企つるがごとし」
とあります。御本尊様を信じる心が大切であることが、この御指南からおわかりのことでしょう。つまり、御本尊様を御安置し、朝夕お水をお供えしたり、お樒の水を取り替えたり、季節の果物が出回る頃になるとそれを購入してお供えをしたりするお給仕はまことに大切なことではありますが、それにとどまっていたのでは折角の宝物を前にしながら我がものとすることができない、という意味です。

 御本尊様にお給仕するご信心から、一歩前に進んで、御本尊様を信じてすべてを御本尊様とともに、という心を持ったならば、宝物は思いのままであり、どのような遠くまででも自在に遊行することのできる大きな境界を受けることができるのです。信が大切であることを御書ではこのように具体的な例でお示し下さいます。暑い暑い毎日ですが御精進御精進。さすれば「清涼の池」に到達できます。
日蓮正宗と他の日蓮宗とはどう違うのか
 以下の【問い】に対する【答え】は日蓮正宗の正しい信仰のあり方です。かつての創価学会ではこれが当たり前のことでした。今はどうでしょう。

 私たちもこれを読み、しっかりと心に入れるとともに、このことをもう一度思い出してもらえるように創価学会員に惜しみなく伝えていきましょう。


【問い】

 日蓮正宗と他の日蓮宗とはどう違うのか。(創価学会・正信会・顕正会との違いもわかる) ※( )内は編者


【答え】

 日蓮宗を名乗る以上は、日蓮大聖人の教えの本意が何であるかを知ることが、最重要事であるのは当然のことでしょう。中でも第一に挙げねばならぬことは、信仰者が根本として尊崇する対象・対境である「本尊」にいかなるものをたてているかを、大聖人の教えに照らし厳しく究明することです。そこで日蓮大聖人の仏法における本尊は、三大秘法総在の本尊でなければならないことは御書に照らし明らかです。

 この三大秘法総在とは、本門の本尊、本門の題目、本門の戒壇の三つを具備しているということです。日蓮宗といえば、誰でも南無妙法蓮華経の題目を思い浮かべると思いますが、だからといってただ題目を唱えていればそのまま大聖人の教えを正しく信奉することになるかといえば、そうではないのです。

 三大秘法総在の本尊といわれるように、あくまでも、大聖人の仏法における要中の要である本尊を根本とした唱題でなければ、大聖人の心にかなうどころか、その心に反する師敵対の行為になってしまうのです。大聖人は「日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」と厳しく戒められていますが、三大秘法総在の本尊を持たないで、題目を唱えるということは、まさに、‘あしくうやまう’行為という以外ありません。

 日蓮正宗と他の日蓮宗各派の最も重大な相違点はここにあります。すなわち日蓮正宗だけが、大聖人が自らの出世の本懐として樹立された三大秘法総在の本尊を厳然と持ち続けその法灯を清浄に受け継いでいるのです。念のためにいっておけば、この三大秘法総在の本尊とは、大聖人が、弘安二年十月十二日に一閻浮提総与(全世界の民衆に与える)として図顕された大御本尊のことです。弘安二年は、大聖人が立宗を宣言されてから二十七年にあたるわけですが、この年に出世の本懐を遂げられたことについて有名な「聖人御難事」という御書に次のように述べられています。

 「仏は四十余年・天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う(中略)余は二十七年なり」と。この出世の本懐として図顕された大御本尊が、現在、日蓮正宗総本山大石寺の正本堂に安置されていることは明らかな事実です。

 これに対し、他の日蓮宗各派は釈迦像や自製(勝手につくった)の曼荼羅等を本尊として拝ませています。日蓮大聖人の信徒が、釈迦像や自製の曼荼羅に向かって題目を唱えることは、念仏の信者がキリスト像に向かってナムアミダブツと唱えているようなものです。

 また、その謗法の淵源をさかのぼってみれば、日蓮正宗は、大聖人から血脈相承を受けた二祖日興上人以来、連綿と大聖人の正義を守り続けてきているのに対し、他の日蓮宗各派は、おおむね大聖人滅後に日興上人から離反し、独自の教義を立て、権力の迫害を恐れて自ら天台沙門(天台大師の弟子)と名乗ったような師敵対の諸師(五老僧)にその源を発していることも忘れてはならないでしょう。

 なお、戦時中、軍部の激しい宗教抑圧政策は日蓮宗の合同という暴挙になって現れ、日蓮宗各派が無節操に権力に屈したとき、ただ日蓮正宗のみが大聖人の正義を守り抜いたという歴史的事実のうえにも、正法を伝持する者とそうでない者との明暗の二様がくっきりと示されているといえましょう。

『仏法入門』@人生と信仰編 より
昭和五十八年十二月十五日 第三十九刷 発行所 聖教新聞社
体験発表
 昭和三十四年入信以来、平成三年一月の御講の席での学会員の狂気の騒ぎを体験するまで、ただひたすらに学会とともに生きてきた私は、脱会すると親しい友人、姉等を懸命に折伏しましたが、学会を妄信している人たちは、私の話に耳を傾けてくれませんでした。一人の友人をやっと説得して佛乗寺の法華講員になることを約束してくれましたが、次に逢ったときの彼女の話は、脱会することを港区の幹部に話したところ御書持参で訪問されて学会の正しさを話されたそうです。もう私の話を聞く耳は持っておりませんでした。「池田先生が例え地獄に落ちようとも先生の住むところを常寂光土と信じて私もともに地獄に行く」と言うのです。再会を約束してという私に「あなたとはもう絶交よ」と語気を強めて別れました。その人はその後引越しされたので現在どうなっているかわかりません。このようにして次々と友人は離れていきました。

 あれから十五年経った今年二月、その頃の友人の一人から電話を受けました。二月頃は脱講運動が始まったらしく、千葉や埼玉から訪れてきていました。それで思わず電話の彼女に「脱講運動ですか」と聞いたところ「違う、聞いてもらいたいことがあるので逢って欲しい」と言うのです。暖かくなったら逢いましょうと約束して、その日から真剣に御祈念が始まりました。もうすっかり折伏することをあきらめていたその人の名前を言って御本尊様に助けてくださいと祈り続けました。

 五月中旬、我が家で二時から六時まで真剣に話しました。この十数年間の近所の学会員や特に私の姉の不幸な現証を。それでも「学会もいやだけどお寺に行く気は無い」と言って帰りました。ところがその夜、九時半ごろに電話があり、「学会を離れられないのは富士桜霊園に主人が入っているから」とのこと。私は「墓地のことはわからないので月末にお寺でセミナーがあるから聞いてきて電話するわ」と言ったところ、そのセミナーに出席するというのです。そして、セミナーの一週間前の日曜の朝七時前に西荻窪のホームに上がっていったら目の前に笠原御住職様がいらっしゃるのです。驚きました。友人の話を簡単にお話ししたところ、「セミナーのときには他にも大勢の人がおりますから、個人的な話をお伺いすることができないと思いますので前日の土曜日にお連れ下さるとよいのではないでしょうか」とおっしゃって下さいました。当日二時にお寺に行きましたら、丁度井上庄作様の二七日の塔婆供養が始まるところでした。

 一緒に読経唱題をし、その後に塔婆供養や草木成仏の法話をご遺族とともに聴聞した彼女は皆様がお帰りになった後、突然、「来月八日は主人の命日なのですが、御塔婆供養をお願いできますか?」と言うのです。ご住職様が快くお返事されると友人のほうから手をさしのべてご住職様に握手を求めたのです。本当に驚きました。お寺には行かないと言っていた人なのに。

 その後すぐに素直に勧誡を受けることができました。

 ホームでご住職にお逢いできて、法事の場に参加させていただきすばらしい法話をお聞きできたことも全部偶然ではありません。友人と私のためにどんなに題目をあげて下さったことか。あらためて、御本尊様、ご住職様、日頃折伏のために唱題して下さっている皆様に心から感謝致しております。ありがとうございました。

(広瀬さん)
寺院建立に向け思うこと
 加藤諦三氏がある本の中で、心の中に『自分の城』をつくれ、ということを書いている。

 ある大学で「飛ぶ鳥を落とす」勢いの教授がいた。ところがしばらくするとその教授は、後輩から役職の偉さで抜かれていった。自分のほうが偉いと思っていたら、どんどん歳の若い教授に抜かれていってしまった。そしてその教授はうつ病になった。いま、「抜かれた」と書いたが、実は抜かれたのではない。それは社会的に抜かれたということで心理的には別の話である。そのうつ病になった教授は、心の中に『自分の城』を持っていなかったのである。

 会社と同じように大学にも行政上の役職がある。教育・研究だけが大学ではなく、教務主任とか学部長とか、研究所の所長とか、何々委員長とか、参与とか、理事とか、総長とか、色々な役職が大学にはある。

 「追い抜かれた」と感じてうつ病になった教授にも、学内で自分の位置はあったのである。自分の位置とは、学内での役職としてのポジションという意味ではない。一教授として教育研究をしていられるという意味である。彼がそこにいようとしなかっただけである。

 彼も自分の城を持とうとすれば持っていられたのである。彼は自分は何をすればいいのかを考えないで、役職に目を奪われた。そして社会の中での自分の位置を失った。

 心の中に『自分の城』を持っていれば、学内でどのような立場に立たされても、ニコニコして自分のすることをしていられるのである。

 会社だろうが、大学だろうが、ノイローゼにならない人は、それぞれ自分の城を心の中で持っている。心の中に自分の城を持っているから、社旗の中で自分の位置がわかる。このうつ病になった教授は、自分の城を心の中にもっていないから、みなと同じ城にいると思っていたのである。だから、「追い抜かれた」と感じたのである。

 さて、佛乗寺支部は現在、新築建立に向けて前進している。笠原御住職は、以前からたびたび『阿仏房御書』を引かれてご指導されている。

 「末法に入って法華経を持つ男女のすがたより外には宝塔なきなり。若し然れば貴賎上下をえらばず、南無妙法蓮華経ととなふるものは、我が身宝塔にして、我が身多宝如来なり。妙法蓮華経よりほかに宝塔なきなり。」

 この御指南が深く自覚できるならば、社会的なことでの執着が消えるはずであろう。そして相対的に人と比べるのでなく、自分の命に絶対を感じ、自己の宿業を受け入れられる。

 桜梅桃李という言葉がある。桜は桜の花を咲かせればよいし、梅は梅の花を咲かせる。もし桜が一生懸命に梅の花を咲かせようなどと思ったら、ノイローゼになって枯れてしまうのではないだろうか。人間もみな、宿業や因縁の違いがある。互いに深くその違いを認められれば、人に不当な要求などつきつけない。又、自分自身に対してもそうであろう。

 菩提寺を新築するに当たり、笠原御住職は皆の心に宝塔を立てるのだとご指導された。

(山中さん)
寺院行事

七月

  八日(土) 御逮夜御講 十九時
  九日(日) 御報恩御講 十四時
十三日(木) 御報恩御講 十四時

十四日(木) 
十五日(金) 盂蘭盆会 
十六日(土)   午前十一時 
          午後二時 五時三十分

八月

  一日(火) 永代経 十四時・十九時
  六日(日) 広布唱題会 八時半〜

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