創価学会の葬儀(友人葬・同志葬)

「新興宗教・創価学会・・・その信仰と教義の問題」

〜 「創価学会の葬式(友人葬・同志葬)」は大聖人様の御教えに反する謗法 〜


あなたとあなたの家族・・・本当に創価学会の友人葬・同志葬でいいのですか?

成仏のために日蓮大聖人様が教えて下さる墓参(葬儀)についての御書(創価学会の葬儀の誤りが明らかになる)


【×池田大作の間違った教え。】
@ 日蓮大聖人が一般信徒のために葬儀を執行をされたことはない。信徒同志でお葬式をした。
A 戒名は、江戸時代の檀家制度の悪弊で、日蓮大聖人が戒名をつけたことはない。僧侶のお金儲けのためである。
B 導師曼陀羅は後世の者が勝手に書いたもので、謗法である。


@が誤りであることがよくわかる御書三編
(当時の墓前での読経唱題は葬儀の意味が強い)

(一)、『春之祝御書』 (七五八頁)

春之祝御書(御書七五八頁)

春のいわいわすでに事ふり候ひぬ。さては故なんでうどのはひさしき事には候はざりしかども、よろづ事にふれて、なつかしき心ありしかば、をろかならずをもひしに、よわひ盛んなりしにはかなかりし事、わかれかなしかりしかば、わざとかまくらよりうちくだかり、御はかをば見候ひぬ。(乃至)その心をとげんがために此の御房は正月の内につかわして、御はかにて自我偈一巻よませんとをもひてまいらせ候。(乃至)とのゝ法華経の行者うちぐして御はかにむかわせ給はんには、いかにうれしかるらん、いかにうれしかるらん。
 

【現代語訳】

新年のお祝いは昔から執り行われており目新しいものではありませんが、めでたいものです。(新年の挨拶)さて、貴男のお父上である南条兵衛七郎殿とは、鎌倉の地でのほんの短い間のご交誼でしたが、何故か色々な機会に思い出したり、また忘れがたく離れがたい気持ちから、粗略にしてはならないと考えておりました。そのようなことから、若くして亡くなられましことは誠に悲しく、連絡を頂いて鎌倉より富士上野に足を運び墓前で読経唱題をいたしました。(それ以後お墓参りをすることができませんでしたので大変に気になっておりました。そこで)その思いを遂げるために、日蓮の代わりに弟子の日興を使として、正月の間に墓前で寿量品の自我偈一巻を読ませようと思い行かせました。(乃至)時光殿が日蓮の使の僧侶とともに墓前で読経唱題する姿をご覧になった亡き父君はどれほど嬉しく思われているでしょう。親として最高の喜びでしょう。


【語句の意味】

事ふり候ひぬ=言い古される、ことがらが古くさくなるなどの意。ここでは、正月の祝いは古くから執り行われている、と言う意味。

さては故なんでうどの=南条時光の父親で鎌倉幕府の地頭であった南条平七郎のこと。文永二年(一二六五年)三月八日に亡くなっている。戒名を行増と賜っている。
 
ひさしき事には候はざりしかども=ひさしで長い時の経過を表す。それに、反語である候はざりしかどもが加わって、交流は長くなかった、と言う意味になる。

よろづ事=いろいろな場面で、との意。

なつかしき心=忘れがたい思い。離れがたい、そばにいたい等々。

をろかならずをもひしに=をろか、は粗略にする、おろそかにする。おもひし、はそのように思わない、ということであるから、おろそかに思ったりしたことはない、という意。

よわひ=齢(よわい)年齢のこと。次の、さかんなりし、でまだ年齢が若いのに、となる。

はかなかりし事=死亡した。臨終を迎えた。

御はか=南条平七郎の墓は富士宮市下条の妙蓮寺の近くにある、土(たかんど)に現存する。

此の御房=南条家との関係などから日興上人の事と拝察される。

自我偈一巻=妙法蓮華経如來寿量品第十六の偈文。「自我得仏来から速成就佛身」をいう。寿量品の長行を要約しているために、墓前などでは自我偈を読誦することが多い。

とのゝ=南条時光のこと。

法華経の行者=此の御房のことで、日興上人を指すと思われる。

う(打)ちぐ(具)して=ちゃんと具わる。相(あい)伴(ともな)う。時光が日興上人のお供をして亡き父の墓前で読経唱題をしている様子を想像してみましょう。

いかにうれしかるらん=どれほどうれしいでしょうか。親として最高の喜びでしょう、との意。



(二)、『減劫御書』 (九二六頁)

減劫御書(御書九二六頁)

此の大進阿闍梨を故六郎入道殿の御はかへつかわし候。むかしこの法門を聞いて候人々には、関東の内ならば、我とゆきて其のはかに自我偈よみ候はんと存じて候。しかれども当時のありさまは、日蓮かしこへゆくならば、其の日に一国にきこへ、又かまくらまでもさわぎ候はんか。心ざしある人なりとも、ゆきたらんところの人、人めををそれぬべし。いまゝでとぶらい候はねば、聖霊いかにこひしくをはすらんとをもへば、あるやうもありなん。そのほどまづ弟子をつかわして御はかに自我偈をよませまいらせしなり。其の由御心へ候へ。
 

【現代語訳】

この大進阿闍梨を亡き六郎入道殿の墓に行かせます。以前には、日蓮の教えを聞いて南無妙法蓮華経と唱える人々が亡くなった時には、関東に住む方であれば日蓮が行って墓前で自我偈を読み亡き方の成仏のために回向を申し上げていました。しかしながら、現在の状況では、日蓮がどこかへ訪ねますと、その日のうちに国中に日蓮が訪れたことが知れ渡ります。そればかりか鎌倉幕府の役人まで騒ぎます。ご信心の篤い方でありましても、日蓮が訪ねたならば、人の目を気にしなければなりません。そのような状況ですから、行きたくとも行くことができずにおりましたから、亡き人がどれほど恋しく、待ちわびているかと思いどのようにすればよいかと思案をしておりました。そこで、まず弟子を行かせて日蓮の代わりに墓前で自我偈を読ませ、ご回向を申し上げることにいたしました。そのような事情をご理解下さい。


【語句の意味】

大進阿闍梨=大聖人の弟子。熱原法難の時に退転した「大進房」とは別人。

故六郎入道殿=駿河の国富士郡加島に住していた高橋六郎兵衛入道のこと。

むかし=過去・以前。

この法門を=大聖人様の教え。

聞いて候人々=折伏を受けてお題目を唱えた人々。ここでは「亡くなった人」が略されている。そこで、以前には、日蓮の信仰をしている者が亡くなった場合には、となる。

我とゆきて=自ら足を運んで。つまり、大聖人様自らが足を運ばれる、と言うこと。

当時のありさま=当抄は建治元年に身延での御述作である。佐渡から鎌倉に帰られ、身延に入山遊ばされたのであるが、謗法を厳しく戒めて折伏をする大聖人様を依然として幕府は快くは思っていなかった。そこで、大聖人が信徒の家に立ち寄るならば、その信徒が幕府から迫害を受けるような事態になるのでこのように仰せになる。



(三)、『忘持経事』(九五七頁)

忘持経事(御書九五七頁)

教主釈尊の御宝前に母の骨を安置し、五体を地に投げ、合掌して両眼を開き、尊容を拝するに歓喜身に余り、心の苦しみ忽ちに息む。我が頭は父母の頭、我が足は父母の足、我が十指は父母の十指、我が口は父母の口なり。譬へば種子と菓子と身と影との如し。教主釈尊の成道は浄飯・摩耶の得道、吉占師子・青提女・目ノ尊者は同時の成仏なり。是くの如く観ずる時無始の業障忽ちに消え、心性の妙蓮忽ちに開き給ふか。然る後、随分に仏事を為し、事故無く還り給ふ云云

【現代語訳】

御本尊様の御宝前にお母様の遺骨を安置して全身全霊を込めて読経唱題されました。合唱してしっかりと御本尊様のお姿を拝した時に、喜びが身にあふれてお母様を亡くされた苦しみが即座に治まりました。子供の頭や手足などの全ては一つ残らず父母から受け継いだものです。種と果実と身と影との関係のようなものです。従って、子の成仏は親の成仏です。親子とは別々のものではないと理解した時に即身成仏の境涯が開けたのです。その後、心の思うままに追善供養に励み、無事故で帰り着かれました。


【語句の意味】

教主釈尊の御宝前=ここで仰せの教主釈尊は久遠元初の釈尊の意。したがって御本尊様の御前こと。

母=建治二年二月下旬に亡くなった富木常忍の母親のこと。

五体を地に投げ=五体投地といい、体全体を大地に投げ打って修行をする方法。ここでは、全身全霊を込めて読経唱題したことをこのように表現されている。

尊容を拝するに=御本尊様のお姿を拝すること。御本尊様に身口意の三業から唱題をすること。

教主釈尊の成道は浄飯・摩耶の得道=浄飯王は釈尊の父。摩耶夫人は同じく母。釈尊が成仏することにより父母も同時に成仏したこと。

吉占師子・青提女・目ノ尊者は同時の成仏なり=吉占師子(きっせんしし)は目連尊者の父。青提女は母。目ノ尊者とは釈尊の十大弟子の一人。神通力第一と言われた。

心性の妙蓮=心性とは、私たち衆生の生命に元々具わっている心の本体のこと。したがって、心性の妙蓮忽ちに開きとは、元々私たちの心の中に具わっていた成仏の種が芽を吹き成仏の境界が開けたことを蓮華の花がさくことに例えて示される文。

無始の業障=無始は久遠の昔のこと。ゆえに、久遠の昔からの善悪の行いによって生命に蓄積された悪業や差し障りのことをいう。



(四)『曾禰殿御返事(そねどのごへんじ)』
(日興上人の御書・信徒の葬儀を執行されたことが明らかです)


曾禰殿御返事

なによりは市王殿の御うは(乳母)他界御事申はかり候はす、明日こそ人をもまいらせて御とふらひ申候はめ

【現代語訳】

どのようなことよりも、市王殿の乳母が亡くなられたことを残念に存じます。明日には弟子を行かせてご回向をもうしあげます。


【語句の意味】

曾禰殿は現在の山梨県甲府市近郊に住していた信徒。

市王殿の乳母=市王殿が誰かは不明であるが、その乳母が亡くなったとの連絡を受けた日興上人が即座に弟子を使わして葬儀の手配をして下さったことが分かるお手紙。




A戒名はいらないというが、日蓮大聖人様は戒名をおつけになっていた。大聖人様も「お金儲け」をしていた?

○【戒名】日蓮大聖人様が戒名をつけられた例。御父を「妙日」。御母を「妙蓮」。南条時光は「大行(だいぎょう)」。曽谷教信は「法蓮」。南条兵衛七郎は「行増」等々。

B導師御本尊様が謗法というのであれば、日寛上人も「謗法」になってしまいます。
しかし・・・。

○【導師曼荼羅(通夜・葬式の時に御安置する御本尊)総本山二十六世日寛上人御書写の導師御本尊が総本山に厳護されている。そこにも「五道冥官」をお記しになっている。五道冥官(ごどうみょうかん)は閻魔法王のこと。


※現在の創価学会が行っていることが正しいのであれば過去は間違っていることになる。過去が正しいのであれば現在が間違っていることになる。どちらも正しい、というのは成り立たない。無理があり、道理ではないのが池田教。したがって成仏は叶わない。葬儀という来世を決める大切な化儀である。正しい回向に励もうではないか。



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日蓮正宗向陽山佛乗寺