第5回

旅先のお寺で
先日、旅先で、偶然、日蓮正宗のお寺を訪問する機会があったのですが、その時、たまたまそのお寺に居合わせた皆様が、突然の来訪者である見ず知らずの私に、感動するほど素晴らしい接し方をして下さいましたので、その意外な体験を、ぜひとも皆様にもお伝えしたく思いペンを執りました。  by くろさわ
先日私は、東京から徳島行きのフェリーに乗り、四国方面へツーリングに行って来たのですが、その時の旅行で、四国を旅行中、偶然、日蓮正宗のお寺を見つけました。


志度で讃岐うどんを食べた後、国道11号線を高松に向かっていると、前を走っている軽自動車が不意にモタモタしたため、衝突を避けるため、急な減速を余儀なくされました。すると偶然、そこに「日蓮正宗玉林寺」という大きな塔のような看板を見つけました。

私は慌ててバイクを止め、時計を見ました。
『うーん、午後8時か。田舎のお寺だから、もう閉まっちゃっているだろうな…』

そっと耳をすましてみると、灯りのついた本堂の中からお経の声が聞こえました。
『おや、お経の声がする。ということはまだやっているな。これは何かの縁だな…』
そう思い、お寺の門をくぐり、そうっと玄関へ入り、靴を脱ぎ、静かに本堂の襖を開けました。

ちょうど五座の御観念文の最中で、私は《乃至法界平等利益…》の観念が終わった後の最後の題目三唱だけを皆さんと一緒にやったような形になりました。

すると、感じのよさそうな初老の紳士が、ニコニコしながら私に近づいて来て、
「おやおや、こんばんわ。勤行していきはりますやろ?」
と私に声をかけました。

私は一瞬、誰か知っている人と間違えられたのかと思いました。
「えっ?あっ、あのぅ、い、いいんですか?」

婦人部らしき方が何やら奥の部屋から、鈴を持ってきて私の横に置いて下さいました。その表情からは、少なくとも見ず知らずの私を歓迎してくれていることが窺えました。

さらに七十格好の老婦人が、御経本と、御聖訓一読集が置かれた経机を私の前に置かれました。全身に漂う優しそうな仕草からは、どことなく亡くなった私の祖母の面影が偲ばれ、それだけでもう、じゅうぶん私を歓迎してくれていることが窺えました。

気が付いたら私は、本堂の中心の特等席に座し、御聖訓の置かれた経机を前に、更に鈴を横に置くような好待遇で、初めて訪れたお寺で、勝手知ったようにひとりで夕の勤行をしていました。

はたして10分前、自分が10分後にお寺で、まさかこんな形で夕の勤行をしている姿を予測できたことでしょうか。あの時、前を走る軽自動車が減速しなければ、自分は日蓮正宗と書いた看板を見落としていたかも知れません。まったく不思議なものです。

しかし、それより何よりも驚いたのは、このお寺の皆さんの私に対する接し方でした。正直申し上げて、私は内心とても心配で仕方ありませんでした。

「もし素性を訊かれたら、何て言えばいいんだろうか…」
「田舎の人って、みんな一見さんには、けっこう冷たいものだよなぁ…」
「みんな学会の人が来たと思って、私を警戒するんだろうなぁ…」(おどおど…)
「偶然見つけたなんて言って、はたして信用してもらえるだろうか…」
「ああ、こんなことになるんだったら、ご住職に言って、信徒証明書とかいうの、貰っておけばよかったなぁ」
「やはり常識的には、事前に連絡しておくべきだよなぁ」
「皆さん、何も言わないで無視してくれれば、私も題目三唱だけして静かにおいとまするのになぁ」

しかし、それらすべてが、杞憂に終わりました。
それどころか、そんなことを考えていた自分が、なんだかとってもちっぽけな存在に思えて恥ずかしいくらいになりました。

夜8時という遅い時間に、突然何の連絡も無しで訪れた、どこの誰ともわからぬ見ず知らずの闖入者であったろう私に、よくもまぁ、これだけ気持ちのいい接し方ができるものだと、その快い対応に、私はいたく感服いたしました。

高松市内のビジネスホテルにでも泊まるつもりでいたのを、カプセルホテルに変更し、そのぶんをご供養させて頂きました。そして、思わず翌朝の朝参りも参詣してしまいました。東京から来たとわかると、いろいろなお土産を頂きました。

私は、もし逆の立場でしたら、とてもじゃないけどここまでの対応は出来なかったと思いました。もともと人に声をかけたり挨拶したりするのが苦手な私は、『誰だろこの人、見かけないなぁ…』くらいに思って、知らんふりしていただろうと思います。

仮にしかるべき責任者の立場の者であっても、「失礼ですが、どちら様ですか?」くらいの、通り一遍の対応しか出来なかったであろうと・・・。


上野殿御消息には、

「友達の一日に十度二十度来たれる人なりとも、千里二千里来たれる人の如く思ふて、礼儀いさゝかをろかに思ふべからず」

とあります。

度々くる人にさえ、それだけの一期一会の精神で接しなさいというわけですから、遠方から来られた客人には、なおさらのことであろうと、おそらく玉林寺の皆様は、こういった精神で、私に接してくれたのだろうと思います。


そんなことがあり、私も、お寺で見かけた知らない人に対して、積極的に、なおかつ気持ちよく接していきたいものだなあと、そう思うようになりました。

品相よく振る舞うのも、日頃からやっていないで、その時だけ振る舞えるものでは、決してないと思います。
日頃からの積み重ねで、はては人相や品格も、自然に作りあげられていくものなのだろうと思います。

かくいう私もかなりシャイなほうでして、いつも仏頂面をしていて、誤解されがちなタイプでもあり、笑顔を作るだけでも、そうとう苦手なクチなのですが・・・。

でも今回、少しずつ努力していきたいと思いました。
いいえ、努力していこうと思いました。

「花を求めて歩くより、歩いた後に花を咲かそう」と、思いました。

いいお寺に出会えたとき、いい人に出会えたとき、いい家庭を見た時、いい職場を見たとき、素晴らしい人の集まりを見たとき、そこを求めて羨望するのではなく、自分や、自分たちが、まさにそうなっていこうと努力する、そんな積極的な生き方を、私を含め、仏乗寺青年部のみんなで、やっていきましょう。


平成15年5月19日

文責編集部