日蓮正宗佛乗寺法華講青年部 週刊向陽


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第173号 目次  平成18年 5月 5日

○ 大行会(だいぎょうえ) 奉修
〜 5月1日 総本山において 〜
○ 永代経 奉修
○ 憲法記念日に思う


○ 天保7年5月1日  総本山第五十世日誠上人様御正当の日
大行会 奉修
 総本山大石寺の開基檀那である大行尊霊(南条時光殿)の祥月命日忌の5月1日、総本山において御法主上人猊下大導師のもと、大行会(だいぎょうえ)が厳粛に奉修されました。
永代経 奉修
 1日恒例の永代経の法要が、御住職の御導師により厳粛に奉修され、参詣者は有縁の方々と先祖代々諸精霊への追善供養を申し上げました。

 永代経の法要は毎月1日奉修されます。5月1日は総本山開基檀那南条時光殿の祥月命日。南条時光殿のご信心を鑑に、孝養の信心に励んでまいりたい。
憲法記念日に思う
 ご承知の通り、5月3日は憲法記念日です。

 憲法は、「為政者たちを規制するためのもの」であり、国の暴走をくい止めるべき国の最高法規です。

 日本国憲法は、過去における最悪の世界大戦の結果によりもたらされた人類共通の「信念」とも言えるでしょう。

 変な例えで申し訳ありませんが、二日酔いの朝、「もう二度と深酒はしない・・・」と反省したり、借金の苦しみを味わった後、「もう二度と借金はしない・・・」と心に誓うことはあっても、アル中の人や贅沢三昧の資産家の莫迦息子が、この様な「反省」をすることはないと思います。身にしみて実感しなければ、なかなか反省も出来ず、そこから正しい信念も芽生えてこないのが、凡夫の性とも言えるでしょう。

 そういう意味でも、日本国憲法は、深い深い戦争の反省と恒久平和という信念を高々に掲げた本物の憲法です。

 平和ボケの現代の為政者たちの現在の感情で簡単に変えてよいものであるはずがありません。

 池田大作などの似非宗教家は、軍事力を背景とした平和を肯定しつつ、憲法違反を犯して自衛隊を海外へ派兵しても、自らの政権与党の立場を守ることさえ出来れば、あとはお構いなしという有り様です。

 かつてはこの様な矛盾は与党内でも許されませんでしたが、理想も信念もなく保身のみに感ける者たちが多数を構成する世の中では、理想や信念が単なる絵空事として扱われ、理想や信念を掲げる者の方が悪い様にさえ扱われることもしばしばあります。

 創価学会を例にすると非常に分かり易いと思いますが、池田大作のように何億円という所得を得ている者や、そのお零れにしがみつく職業幹部たちは、「創価学会○○長」という肩書きを失えば何も出来ないか、或いは会内や取引先にしか通用しないその大そうな肩書きを捨てる勇気もなければ、信念も持たない者たちであると思います。

 上が上なら下も下・・・。「脱会したら嫌がらせが恐い・・・」「脱会したら職を失う・・・」「脱会したら収入が減る・・・」「脱会したら友達が減る・・・」等々、日蓮正宗の信仰の根本(本門戒壇の大御本尊様と嫡々代々血脈相伝の仏法に対する絶対の信心)を貫けない者たちは、まさに現実の中で信念を行動として貫けない情けない者たちです。

 「牧口先生は信念を貫かれた結果、獄死された・・・」「戸田先生は、信念を貫かれて牢獄された・・・」等々、大作の代作による大作のための夢物語を鵜呑みにして、やたらと「創価学会の信念」とやらを口にする人たちほど、完全に邪教と化した池田創価学会を脱会する勇気も信念もない人たちです。

 その時その時の幹部の都合によって与えられる情報を鵜呑みにし、右に行ったり左に行ったりと右往左往するだけの哀れな創価学会員・・・。

 上から与えられる情報を鵜呑みにし、日本国憲法が定める「武力の行使と一切の戦争の放棄」と「恒久平和」の『信念』を、池田創価学会員の様に、いとも簡単に放棄してはならない。

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