日蓮正宗佛乗寺法華講青年部 週刊向陽


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第178号 目次  平成18年 6月22日

○ 信教の自由と宗教の介入について


○ 明和 6年 6月14日 総本山第三十一世日因上人様御正当の日
○ 大正11年 6月15日 総本山第五十六世日応上人様御正当の日
○ 昭和20年 6月17日 総本山第六十二世日恭上人様御正当の日
信教の自由と宗教の介入について
 ご承知の通り、私達は憲法により信教の自由が保障された時代に生きております。

 そして、国は如何なる宗教にも特権を与えてはならないし、また宗教が政治に干渉することも、この精神に反しております。

 さて、隣の住人の顔も名前もよく分からない都会で暮らしおりますと、「干渉されないこと」と「干渉しないこと」が当然の様になっておりますが、それでも「祭り」などの宗教的行事が各自治会などが中心となって行なわれていることがございます。そして、因習深い地方では、更にいろいろな宗教行事が、村をあげて、町をあげて行なわれている様です。

 特に、私達が「祭り」などへの参加をお断り致しますと、大抵“白い目”でみられます。また、邪な宗教を破折致しますと、宗教に関心のない方々は反論不能になり、結局は「干渉しないでくれ!」「放っておいてくれ!」などとの言葉が返ってくることがございます。

 この様な個々人の間でのやり取りが出来るのも、やはり「信教の自由」が保障されているからですが、その一方で、特定の宗教に特権を与えることを知らず知らずのうちに許してはいないでしょうか?

 最近では、既成仏教や神道以外にも、新興宗教団体が、巧みに生活文化の中に入り込もうとしております。

 今回は、実際にあった出来事をご紹介させて頂きたいと思います。



■実例:某新興宗教の勧誘


 ※上記はある公的教育施設に通う子供達に配布されたものです。



 この教団は、ある教祖のお告げによって創設された単なる「新興宗教」です。

 この新興宗教を信じている方々であろうとなかろうと、この様な行為(公的施設の子供達を対象にした不適切な勧誘行為)は、慎むべきではないかと思いますが、皆様如何でしょうか。

 「日の丸・君が代」ですら、種々の問題が生じている現代において、この様な一新興宗教の行事への勧誘行為に対して、何の問題意識も持たない公の立場の方々がいるということなのでしょうか?

 まさか、明らかな新興宗教をも「文化」などと言って宗教的要素を否定しようとするのでしょうか?何も知らない子供達に、新興宗教の“おつとめ”を練習させることに問題はないとお考えなのでしょうか?大人たちは、この様な一新興宗教の宗教的行事を、まるで楽しい集いの様な錯覚を子供達に与えて、遊び盛りの彼らを巧みに誘惑しようとする行為に、何の違和感も感じないのでしょうか?

 上記文面からも、明らかに大人の意思で、積極的勧誘がなされていることが分かります。この新興宗教の信者である子供が、他の子供たちを勧誘しているものでもありません。また、信者である大人が、他の子供達の保護者に対して直接手渡したものでもありません。

 もし、これが彼らの布教活動或いは宗教活動であるならば、もっと正々堂々とその趣旨を説明すべきであると思いますし、もし、単なる共同生活を体験させる催しであるならば、保護者達のいない場所で、宗教的知識を充分に持たない子供達に対して、新興宗教の儀式などを強要すべきではないと思います。

 本来、「信教の自由」と「特定宗教団体の特権を認めない」ということは、セットのはずです。どちらが欠けても問題があります。仮にも特定の宗教団体が、ましてや新興宗教団体が、公的な場所或いは公的な集まりを利用して、布教活動や宗教活動を行なっているのであれば、非常識以上の問題であり、それを公的機関が見てみぬ振りをしているのであれば、大変忌々しき問題であると思います。

 いずれに致しましても、宗教に寛容である様に思われる人たち、或いは宗教に寛容であることこそが尊いことの様に考えている人たちほど、信教の自由と宗教権力の介在について疎く、見識も問題意識もなく、節度もないのではないでしょうか。

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