日蓮正宗佛乗寺法華講青年部 週刊向陽


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第233号 目次  平成19年 9月15日

○ 日蓮大聖人御報恩御講 奉修
○ 竜口法難/御難会 奉修


○ 文応 8年9月12日 大聖人様、平左衛門尉頼綱を諌暁[第三国諌]
○ 文永 8年9月12日 大聖人様、竜口法難[発迹顕本]
○ 宝永 元年9月13日 総本山大石寺に六万塔建立
日蓮大聖人御報恩御講 奉修

 9月8日(土)・9日(日)の両日にわたり、宗祖日蓮大聖人御報恩御講が御住職の御導師のもと厳粛に奉修されました。

 御書講では「報恩抄」を拝読し、御住職より御法話を賜りました。

 来月の御報恩御講は10月13日・14日です。
御難会 奉修
 9月12日、竜口(たつのくち)法難の日にあたり、総本山を中心に全国の寺院において御難会(ごなんえ)が厳修されました。



【竜口法難】

 文永8年(1271)9月12日、日蓮大聖人様は、松葉ヶ谷の草庵から鎌倉の街中を重罪人のように引き回されて評定所へ連行され、平左衛門尉より「佐渡流罪」を言い渡されました。しかしこれは表向きの評決であって、内実はひそかに大聖人を斬罪に処する計画が企てられていました。事実、深夜になると大聖人は処刑のために竜口の刑場へ護送されています。

 その途中、鶴岡八幡宮の前にさしかかったとき、大聖人は馬から下りられ声高に、
「いかに八幡大菩薩はまことの神か」(種々御振舞御書 御書一〇五九頁)
と叱責し、法華経の行者に対する守護はいかばかりかと八幡大菩薩を諌められました。また由比ヶ浜をとおり過ぎたところで、大聖人は熊王丸という童子をつかわして四条金吾に事の次第を知らせると、金吾はただちに大聖人のもとに駆けつけ、殉死の覚悟で刑場までお供をしました。刑場に到着したとき、金吾はおもわず嗚咽しましたが、大聖人は、
「不かくのとのばらかな、これほどの悦びをばわらへかし、いかにやくそくをばたがへらるゝぞ」(種々御振舞御書 御書一〇六〇頁)
とたしなめられました。その処刑の瞬間、突如として江ノ島の方角より月のような光り物が南東より北西に光り渡り、太刀取りはその強烈な光に目が眩んで倒れ伏せました。取り囲んでいた兵士たちも恐怖におののいて逃げ惑い、ある者はひれ伏すなどのありさまで、結局、大聖人の命を断つことができませんでした。

 この大聖人の身のうえに起こった竜口における法難は、これまでの上行菩薩の再誕日蓮としての仮の姿(垂迹身)を発(はら)って、久遠元初自受用報身如来即日蓮という真実の姿(本地身)を顕されたという重大な意義をもっています。これを「発迹顕本」といいます。

 このことについて大聖人は、
「日蓮といゐし者は、去年九月十二日子丑の時に頸はねられぬ。此は魂魄佐土の国にいたりて云々」(開目抄 御書五六三ページ)
と明かされています。この「魂魄」とは、まさに久遠元初自受用身としての魂魄であり、大聖人はこの竜口法難という身命を堵する大法難のなかで、久遠元初の御本仏としての御境界を開顕されたのでした。

(「日蓮正宗入門」より抜粋)

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