日蓮正宗佛乗寺法華講青年部 週刊向陽


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第237号 目次  平成19年10月14日

○ 日蓮大聖人御報恩御講 奉修
○ 創価学会曰く:「御本尊はその脇書が重大なのである」
〜 創価学会の本尊偽造は明らか 〜


○ 文永5年10月11日 大聖人様、幕府・諸宗の11ヶ所へ諌状を送付
○ 文永8年10月10日 大聖人様、佐渡へ配流
○ 弘安2年10月12日 大聖人様、本門戒壇の大御本尊を建立
○ 弘安5年10月11日 大聖人様、日興上人様に「本因妙抄」を与える
○ 弘安5年10月13日 大聖人様、日興上人様に「身延山付嘱書」を
                与え、身延山久遠寺の別当と定める
○ 弘安5年10月13日 大聖人様、辰の刻、池上宗仲の館にて御入滅
○ 正応3年10月12日 日興上人様、南条時光から大石が原の寄進を
                受け、大石寺を創建
○ 寛保3年10月11日  総本山第三十世日忠上人様御正当の日
○ 昭和32年10月14日 総本山第六十四世日昇上人様御正当の日
○ 平成14年10月12日 日顕上人猊下、大石寺に奉安堂を建立
日蓮大聖人御報恩御講 奉修
 10月の宗祖日蓮大聖人御報恩御講が、13日(御逮夜)・14日(御正当会)の両日にわたり御住職の御導師のもと厳粛に奉修され、多数の方々がお寺に参詣され、御本仏日蓮大聖人様に厚く御報恩申し上げました。

 御書講では、「立正安国論」を拝読し、御住職より御法話を賜わりました。
「御本尊はその脇書が重大なのである」

〜 創価学会の偽造本尊 〜
■創価学会員の皆さんへ

 ご存知の通り、10月12日は、本門戒壇の大御本尊様御建立の日です。

 さて、創価学会2世3世の若い会員の方々はご存知ないかもしれませんが、「日蓮正宗教学小辞典」という本がございます。その本は、池田大作監修で創価学会教学部が編著者となって創価学会より発行(初版昭和43年)された本です。

それには、次の様に記されております。

大御本尊への疑難を破す(231ページ〜)

末法の御本仏日蓮大聖人が、弘安二年十月十二日、一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊をご建立あそばされ、出世のご本懐を遂げられたことは、厳然たる事実である。しかるに、日蓮宗各派では、そのことについて「日蓮大聖人や日興上人や、そのほか古い記録には何も書いていない。日蓮正宗第九世の日有上人が偽作したものだろう」というような、種々の悪口をいっている。これらの疑難を、ここで、まとめて破折しておきたい。

まず反問するが、もし本当に日蓮正宗が本門戒壇の大御本尊を偽作した宗教だったとしたら、日蓮大聖人の教えは一体どこにあるのだろうか。身延派の稲荷や竜神や、日蓮宗中山派の鬼子母神だけが日蓮宗だとしたら、日蓮大聖人の教えは泥沼に落ちて腐ってしまったようなものではないか。

日蓮大聖人の御本尊は多くあるが、それぞれ脇書があって「だれだれに授与する」とか、「どのような目的で、これをしたためた」等と書かれている。なるほど弘安二年に本門戒壇の大御本尊が顕されたという、そのとおりの御書はない。しかし現存するほかの御本尊でも、御書にいつお書きになったなどとあるものは、ほとんどなく、御本尊はその脇書が重大なのである。

弘安二年の本門戒壇の大御本尊は、日蓮大聖人のご真筆で「本門戒壇也、願主弥四郎国重等」と、はっきりおしたためになっていて疑う余地はない。

次に御書にはなくても、日昭・日朗などの五老僧が知らないわけはないという。ところが、それは、一般の常識的な考えであって、当時の実情を知らない者のいうことである。六老僧と並べたら、いかにも立派にみえるが、日興上人を除く五人は、日蓮大聖人の滅後にすぐ天台の弟子だといいはじめ、本尊は釈尊だなどといっているくらいであるから、話にならない。たとえ大御本尊を拝しても、本門戒壇などぜんぜんわかっていなかったから、書きとめておくはずもない。

日興上人は、日目上人に対する御相承書すなわち「日興跡条条の事」には「日興が身に充て給わる所の弘安二年の大御本尊」を日目に相伝すると仰せられている。これこそ日蓮大聖人から身にあてて賜わられた、弘安二年の本門戒壇の大御本尊である。しかも「日興跡条条の事」は日興上人の正副二通の疑う余地のないご真筆が厳然と富士大石寺に存在するのである。

(中略)次に日有上人の偽作説について、いったい、いつ誰がいいはじめたであろうか。それは、驚くなかれ、明治時代になってからである。


※以下、具体的に種々の破折がなされていますが、量が多いので省略致します。


さて、牧口さんや戸田さんとは異なり、免許の無いまま“センセイ”になられた池田大作さんは、最近では「私は名誉学位の世界一だ」などと言っているそうですが、一体それがどうしたというのでしょうか?

それこそ、身延派の稲荷や竜神や、日蓮宗中山派の鬼子母神や、腐るほどの名誉学位を誇示することが日蓮宗だとしたら、日蓮大聖人の教えは泥沼に落ちて腐ってしまったようなものではないか。

現在の創価学会は、日蓮正宗を誹謗し、総本山大石寺を誹謗し、血脈を誹謗し、本門戒壇の大御本尊を誹謗しております。

最近、某学会員が、某出版社から、本門戒壇の大御本尊を誹謗するという創価学会始まって以来?の邪説の書を出版したようですが、なぜ池田大作監修で創価学会或いは聖教新聞社から出さないのでしょうか?

つい最近(平成14年3月)まで、宗教法人創価学会規則に、「この法人は、日蓮大聖人御建立の本門戒壇の大御本尊を本尊とし、日蓮正宗の教義に基づき、弘教および儀式行事を行い、会員の信心の深化、確立をはかり、もってこれを基調とする世界平和の実現と人類文化の向上に貢献することを目的とし、これに必要な公益事業、出版事業および教育文化活動等を行うものとする。」と規定していた創価学会です。また創価学会及び聖教新聞社から出版された池田大作の(代作含む)膨大な著書の内容、或いは「なんといっても、御本山に登り、親しく大御本尊様を拝まなくては、本物の信心にはなれない」と指導していた第二代会長・戸田城聖さん等々・・・創価学会自身を創価学会が真っ向から否定するものを、創価学会が公式に出せるはずがないのでしょうが、いかにも、自己矛盾も自己否定もお構いなしのご都合主義・池田創価学会らしいではありませんか。本門戒壇の大御本尊様への渇仰心が少しでも残っている古い学会員に対しては、「いつかはまた本山にお参りできる日がやってくる」と嘯き、同時にその一方で池田同様信心の欠片も無い学会員や何も知らない若い会員に対しては、本門戒壇の大御本尊様を疑わしめ否定せんとする池田創価学会・・・。

にもかかわらず、学会のニセ本尊について、「後代の法主(今回は日寛上人)が宗祖開山等の曼陀羅(今回は戒壇の大御本尊)を其侭模写し給ひて更に模写の判形を(今回は日寛上人が)為されたるものを形木又は写真版等となしたるもの」である、などと更に嘯く創価学会・・・。

「それぞれ脇書があって『だれだれに授与する』とか、『どのような目的で、これをしたためた』等と書かれている」「御本尊はその脇書が重大なのである」・・・と池田大作監修本で創価学会自らが言っておきながら、今日ではその創価学会が、日寛上人御書写の御本尊を勝手に複製コピーした上に、平気でその授与書きを削除し、更に変造を加えた偽本尊を会員に拝ませております。

大御本尊様への信心を迷わせよう、大御本尊様を疑わしめよう、大御本尊様から遠ざけよう、とするのが魔と謗法の本質ですが、創価学会という魔、池田大作という魔は、本尊に迷う者を更に弄び、大聖人様の出世のご本懐、本門戒壇の大御本尊様をも疑わせようとしております。・・・それじゃあ、あなた方が拝んでいる“日寛上人が本門戒壇の大御本尊を書写された御本尊の写真版だ”と言い張っているものは一体何なのでしょうか???

“戒壇の大御本尊のお写しだ”と言いながら、戒壇の大御本尊を否定しようとする創価学会の莫迦ばかしさ・・・。猿でもわかる莫迦ばかしいこの矛盾に満ちた悪口誹謗を、いったい、いつ誰が言い始めたのであろうか・・・創価学会2世3世の若い会員の方々よ、驚くなかれ・・・池田創価学会による本門戒壇の大御本尊への疑難は、なんと今日平成時代になってからである。


大御本尊への疑難を破す(238ページ)

すなおに信心して大利益をうける者と、あいかわらずとるにたらない非難・攻撃をして、無間地獄に沈むものとの現実の証拠はどうにもならないことを知るべきである。

さあ、今すぐ無間地獄の因・不幸の原因である創価学会から脱会し、日蓮正宗の正しい信心の大利益に浴しましょう。

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