日蓮正宗佛乗寺法華講青年部 週刊向陽


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第247号 目次  平成19年12月31日

○ いざ、「躍進の年」へ


○ 享保14年12月28日 総本山第二十五世日宥上人様御正当の日
いざ、「躍進の年」へ
 今年も今日で終わり、明日からは新しい年、「躍進の年」を迎えます。

 この一年間を振り返り、反省と新たな決意のもと、来たるべき平成二十一年立正安国論正義顕揚七百五十年へ向かって、更なる精進を続けて参りたいと存じます。

 さて、この一年間で、皆さま何が一番嬉しかったでしょうか。たくさんの嬉しかったことが浮かんでくる幸福な方々も多いのではないかと存じます。

 喜びは人により様々ですが、何と言っても折伏が成就し、入信・再入信された方々が前向きで清らかなご信心に立たれるのを目の当たりにすることは、やはり本当に嬉しいことです。

 如何なる状況であろうとも、日蓮正宗への入信を決意され、信心修行に精進される姿に接するたびに、心が洗われ、言葉では表現できないほどの嬉しさに全身が包まれますことも、皆さまご存知の通りです。

 御法主日如上人猊下は、「理屈や学問では絶対に成仏しないのです。信心という二字こそ宗教の命、仏教の命なのです。」と御指南くださり、御隠尊日顕上人猊下は、「『一念信解』とは、自分の心において『有り難い』と思って信ずる位のことであります。この場合、『信』と『解』は、どちらが先かと言うと、信が先なのです。皆さん方が折伏をするなかで、よく『解ったら信仰します』と言う人がいますね。これはつまり『解ったら信仰するけど、解らなければ信心しない』ということです。けれども、それは逆なのです。深く広い仏法の道理については、まず『信』ということが先であって、そこから『解』が自ずから起こるわけです。『解ったら信心する』などといっても、いつまで経っても解るはずはないのです。末法の凡夫は迷っていますから、迷った考え方でいくら正しい仏法を聞いても、解るはずがないのです。したがって、解ったら信ずるなどという考え方が、もう間違いなのです。そこで一念信解ということが、正しい道を進む一番の元になるわけです。」と御指南くださっております。

 そして、御法主日如上人猊下は、「信とは正しい対境、すなわち正しい御本尊に対して信を取る事が成仏の絶対的条件であって、以信得入と云っても正しい御本尊に対して信を取らなければ成仏は叶わないのであります。すなわち、成仏得道のためには、最勝最尊の正しい御本尊を撰ぶ事が最大肝要事となるのであります。その正しい本尊とは、大聖人が『観心本尊抄』において、『一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし(御書六六一頁)』と仰せられた御本尊、すなわち、久遠元初自受用報身如来、末法御出現の御本仏宗祖日蓮大聖人が出世の本懐として御建立遊ばされた本門戒壇の大御本尊であります。したがって、この本門戒壇の大御本尊を帰命依止の本尊と定めて信を取る時、我が身の即身成仏もはじめて叶えられるのであります。」と、本年の年頭にあたって御指南くださっております。

 世の中にはたくさんの宗派や新興宗教等がございますが、皆それぞれに解った様なことを言っておりますが、それらの中の誰一人として成仏の境涯を得ることはできませんし、僅かばかりの権門の知識をもって自己顕示欲の塊のような者が人を不幸にしているのが実情です。いくら彼等がありったけの知識を並べてみたところで、不正直な心が透けて見えます。

 それらの宗教と相対するのも勿体無いことですが、日蓮大聖人様、御歴代上人様、そして末寺の御住職様方は、常に慈悲と寛容と謙遜の心を身を以って教えてくださり、また如何なる場合も動じることのない信心をお示しくださいます。御法主上人猊下、御隠尊上人猊下の尊いお姿とお振舞を拝し奉るだけで、本当に有り難いと感じるのは皆さまご存知の通りです。創価学会等の様な口汚い誹謗中傷やその態度そのものが、如何に仏法に反しているかは一目瞭然です。私達は皆、「有り難いと思って信ずる」のですから、「有り難い」とは到底思えない反面教師の不正直な彼等の振舞をみれば、如何に正しい信心が大切なのかがよくわかります。

 僧俗一体となって、周りの人びとの幸せを本当に願い、大御本尊様のもとへと人々を導くことができる宗団が一体どこにあるでしょうか。世界広しと言えども、日蓮正宗以外にはどこにもございません。

 よくある話ですが、日蓮正宗以外の仏教宗派では、お寺のお坊さんが別の職業を持っていたり、或いは実家の跡を継ぐ為に定年後にお坊さんになったりと、即席或いは片手間のお坊さんばかりが目立ちます。しかし、それでも世間はそれを尊いかのごとく評価しようとすら致します。末法濁悪の世においては、世間では寧ろその様に考えるのが当然なのかもしれません。

 幼少の頃から親元を離れ、御本山において、また末寺において、長く厳しい信心修行と深い教学研鑽を積まれた御僧侶のもとで、老若男女が集い最高の仏法を信じ行じ学ぶことができる宗教が、一体どこにあるでしょうか。日蓮正宗以外にはございません。僧俗一体となり、唱題を実践し、折伏を実践し、正しい信仰を実践する日蓮大聖人正統門家は、日蓮正宗以外にはございません。

 明年は「躍進の年」、また多くの方々が日蓮正宗への入信・再入信を決意されることでしょう。自他共に大きく躍進できますことを心よりご祈念申し上げたいと存じます。

 皆さま、どうぞよいお年をお迎えください。

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