日蓮正宗佛乗寺法華講青年部 週刊向陽


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第254号 目次  平成20年2月22日

○ 日蓮大聖人御誕生会 奉修


○ 貞応元年2月16日 大聖人様、安房東条郷小湊に御誕生
○ 弘長 3年2月22日 大聖人様、伊豆流罪の赦免
○ 寛永 9年2月21日 総本山第十六世日就上人様御正当の日
○ 天明 5年2月20日 総本山第三十八世日泰上人様御正当の日
日蓮大聖人御誕生会

 日蓮大聖人は、貞応元年二月十六日、安房国(千葉県)長狭郡東条郷小湊の漁村に、三国大夫重忠を父とし、梅菊女を母として御誕生され、幼名を善日麿と名づけられました。

 大聖人は、この御自身の出生について、
「日蓮今生には貧窮下賎の者と生まれ旃陀羅が家より出でたり」(御書五八〇頁)
「日蓮は安房国東条片海の石中の賎民が子なり」
(御書四三八頁)
等と、当時の身分制度の中でもっとも低いとされる階層より出られたことを述べられています。このことは、大聖人が「示同凡夫」のお立場より、下根下機の末法の一切衆生を救われるという、仏法上の深い意義によるものです。

 大聖人の御誕生当時における世相は、前年の承久三年(一二二一年)に朝廷方が北条義時らの鎌倉幕府に敗れ、しかも後鳥羽・土御門・順徳の三上皇が流刑に処せられるという未曾有の大事件(承久の乱)が起こるなど、「下克上」の混乱がそのまま五濁悪世の末法の様相を示していました。

 この末法において、御本仏日蓮大聖人が御出現あそばされ、一切衆生を救済されることは、釈尊が法華経において予言されておりました。

 法華経如来神力品第二十一では、上行菩薩を筆頭とする地涌の菩薩に対し、特別に法華経の滅後弘通を付嘱(別付嘱)され、特に「結要付嘱」においては、法華経の肝要を
「要を以て之を言わば、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の経に於て宣示顕説す」
と、四句の要法に括って法華経の肝要を上行菩薩に付嘱されています。

 また、法華経如来神力品第二十一には、
「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」
と説かれており、末法出現の仏は、宇宙法界の尊極の法を一身に所持し、あたかも、太陽の光が闇を滅し、一切を養育するように、末法悪世の衆生を済度されることが示されております。

 大聖人の口伝法門を第二祖日興上人が筆録された御相伝書「産湯相承事」には、
「日蓮は富士山自然の名号なり、富士は郡名なり実名をば大日蓮華山と云うなり、我中道を修行する故に是の如く国をば日本と云い神をば日神と申し、仏の童名をば日種太子と申し 予が童名をば善日麿・仮名は是生・実名は即ち日蓮なり」
と、「日蓮」の名乗りに甚深の意義があることを明かされております。

 そして、大聖人の御誕生には、種々の不思議な瑞相がありました。宗祖御誕生のとき、砂浜から清水が渾々と湧き出で、御誕生の数日前より、海上には忽然として青蓮華が生じ、あざやかな花を咲かせたと伝えられており、今も小湊の磯には「蓮華ヶ淵」の名称を留めております。また、御誕生の日、庭の池に蓮華が開き、海中より五尺ほどもある巨鯛が飛び跳ねて御誕生を祝ったと伝えられております。現在でも「鯛の浦」(妙の浦)には、巨大な鯛が生息しておりますが、本来深海に棲む鯛が、岸辺の浅瀬にいることは、今も謎であり不思議な現象です。


「月は西より東に向かへり、月氏の仏法、東へ流るべき相なり。日は東より出づ、日本の仏法、月氏へかへるべき瑞相なり」(諌暁八幡抄)

「天竺国をば月氏国と申す、仏の出現し給ふべき名なり。扶桑国をば日本国と申す、あに聖人出で給はざらむ」
(御書一五四三頁)

「月は光あきらかならず、在世は但八年なり。日は光明月に勝れり、五五百歳の長き闇を照すべき瑞相なり」



 月氏国(インド)の釈尊は2月15日に入滅し、日本の大聖人が2月16日に御誕生され、末法万年尽未来際の一切衆生を済度あそばされるのです。


 2月16日、御本仏日蓮大聖人御誕生会が、総本山大石寺において、また全国の日蓮正宗寺院において厳粛に奉修されます。

 総本山大石寺においては、御法主上人猊下大導師により、御影堂(現在は仮御影堂)においての御報恩会、五重塔の「お塔開き」がおこなわれます。


■お塔開き

大聖人の末法ご出現をあらわすもので、総本山大石寺の五重塔が西の方を向いているのは、大聖人の仏法が中国・インドを経て世界に広宣流布(こうせんるふ)するようすを、太陽が東から昇って西を照らし、全世界に光明をおよぼすことになぞらえているからです。

■総本山大石寺五重塔

第二十六世日寛上人が、六代将軍徳川家宣室・天英院とともに、起塔の志を立ててその基金を遺された。その後五代にわたる法主上人が素志を継ぎ、第三十一世日因上人が諸国に勧化して得た浄財と亀山城主・板倉勝澄の御供養によって、寛延2年(1749年)に完成したものである。総本山の五重塔は東海道随一の規模で、昭和41年に国の重要文化財に指定された。


(参照:日蓮大聖人正伝、日蓮正宗入門等)

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