日蓮正宗佛乗寺法華講青年部 週刊向陽


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第293号 目次  平成20年12月5日

○ 永代経 奉修
○ 日蓮大聖人佐渡配流をお偲びして(7)


○ 元文2年12月1日  総本山第二十九世日東上人様御正当の日
○ 文化2年12月3日  総本山第四十三世日相上人様御正当の日
永代経 奉修
12月1日、今月の永代経の法要が御住職の導師のもと厳粛に奉修され、講中より多数の方々がお寺に参詣され、御塔婆を建立し、先祖代々諸精霊へ心より追善供養申し上げました。

法要の後、『法華経寿量品第十六』の御経文を拝して御法話を賜わりました。
日蓮大聖人佐渡配流をお偲びして(7)


塚原三昧堂

■塚原三昧堂において

『富木入道殿御返事』

『富木入道殿御返事』(御書四八七頁)

 此の比は十一月の下旬なれば、相州鎌倉に候ひし時の思ひには、四節の転変は万国皆同じかるべしと存じ候ひし処に、此の北国佐渡国に下著候ひて後、二月は寒風頻りに吹いて、霜雪更に降ざる時はあれども、日の光をば見ることなし。八寒を現身に感ず。人の心は禽獣に同じく、主師親を知らず。何に況んや仏法の邪正、師の善悪は思ひもよらざるをや。此等は且く之を置く。

 去ぬる十月十日に付けられ候ひし入道、寺泊より還し候ひし時、法門を書き遣はし候ひき。推量候らむ。已に眼前なり。仏滅後二千二百余年に、月氏・漢土・日本・一閻浮提の内に「天親・竜樹・内鑑冷然たり、外は時の宜しきに適ふ」云云。天台・伝教は粗釈し給へども、之を弘め残せる一大事の秘法を、此の国に初めて之を弘む。日蓮豈に其の人に非ずや。前相已に顕はれぬ。去ぬる正嘉の大地震は前代未聞の大瑞なり。神世十二、人王九十代、仏滅後二千二百余年未曾有の大瑞なり。神力品に云はく「仏滅度の後に於て、能く是の経を持つが故に、諸仏皆歓喜して無量の神力を現ず」等云云。「如来の一切の所有の法」云々。但し此の大法弘まり給ふならば、爾前・迹門の経教は一分も益なかるべし。伝教大師云はく「日出でて星隠る」云云。遵式の記に云はく、末法の初め西を照らす等云云。法已に顕はれぬ。前相先代に超過せり。日蓮粗之を勘ふるに、是時の然らしむる故なり。経に云はく「四導師有り、一を上行と名づく」云云。又云はく「悪世末法の時、能く是の経を持たん者」と。又云はく「若し須弥を接って、他方に擲げ置かん」云云。

 又貴辺に申し付けし一切経の要文、五帖一処に取り集めらるべき候。其の外論釈の要文、散在あるべからず候。又小僧達談義あるべしと仰せらるべく候。流罪の事、痛く歎かせ給ふべからず。勧持品に云はく、不軽品に云はく。命限り有り、惜しむべからず。遂に願ふべきは仏国なり云云。


文永八年十一月二十三日                  日蓮 花押

富木入道殿御返事

 小僧達少々還し候。此の国の為体、在所の有り様、御問ひ有るべく候。筆端に載せ難く候。

一切衆生の主師親、御本仏宗祖日蓮大聖人様が、末法の初めに御出現あそばされ、竜口法難・発迹顕本の後、佐渡に御到着されて間もない文永八年(一二七一)十一月二十三日、御歳五十歳の時、極寒の塚原において認められた御書です。

この後の二月、同じく塚原において、人本尊開顕の書である『開目抄』を顕されます。


参照
・平成新編日蓮大聖人御書:『富木入道殿御返事』(四八七頁)
・日蓮大聖人正伝(218頁)

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