日蓮正宗佛乗寺法華講青年部 週刊向陽


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第295号 目次  平成20年12月19日

○ 日蓮大聖人御報恩御講 奉修
○ 日蓮大聖人佐渡配流をお偲びして(9)


○ 文永11年12月15日 大聖人様、『顕立正意抄(けんりっしょういしょう)』を著す
○ 寛文 2年12月18日 日精上人様、『富士門家中見聞』三巻を著す
日蓮大聖人御報恩御講 奉修
12月13日(御逮夜)・14日(御正当会)の両日、宗祖日蓮大聖人御報恩御講が御住職の御導師のもと厳粛に奉修されました。

本年最後の御報恩御講には、講中より多数の法華講衆が参詣し、仏祖三宝様に厚く御報恩申し上げました。

御書講では、『南条殿御返事』を拝して御法話を賜わりました。
日蓮大聖人佐渡配流をお偲びして(9)


御流謫・佐渡塚原


『呵責謗法滅罪抄』(御書七一七頁)

此の佐渡国は畜生の如くなり。又法然が弟子充満せり。鎌倉に日蓮を悪みしより百千万億倍にて候


■阿仏房夫婦の帰依

当時の佐渡は念仏者の勢力がことに強く、念仏宗を破折する大聖人様に対する風当たりは凄まじかった。

その中に、とりわけ強盛な念仏信者の老夫婦がいた。多くの里人から尊敬され、文武両道に秀でた土着の武士・阿仏房とその妻・千日尼であった。

阿仏房は、流人の身・日蓮大聖人の噂を聞いて、阿弥陀仏を冒涜する悪僧を己が手で害せんと、ひそかに三昧堂を窺った。しかし、そこで阿仏房が目にしたのは、気高い威厳と大慈悲に満ち満ちた、日蓮大聖人の御尊容であった。

たちまちその害意の失せた阿仏房は、念仏の悪法なる理由と、法華経が最第一の法なること等、諄諄と大聖人より御法門を拝聴し、無明の夢から醒めるようにその場で念仏を捨て、大聖人に帰依したのである。

大聖人の信者となった阿仏房は、早速妻の千日尼や子息の藤九郎守綱を折伏し、一家ともに唱題修行に励み、大聖人を外護するため、人目をしのんで尊い給仕の誠を尽した。

『千日尼御前御返事』(御書一二五三頁)

地頭・地頭等、念仏者・念仏者等、日蓮が庵室に昼夜に立ちそいて、かよう人をあるをまどわさんとせめしに、阿仏房にひつをしおわせ、夜中に度々御わたりありし事、いつの世にかわすらむ。只悲母の佐渡国に生まれかわりて有るか

地頭という地頭、念仏者という念仏者が皆、大聖人を亡き者にせんと画策し、昼夜に立番をして、三昧堂に人を近づけぬよう、食べ物等を運ぶ者のいないよう、厳しく見張っている状況の中、阿仏房夫婦は、こうした権力者達の脅威にも屈することなく、身命を賭して大聖人を外護申し上げたのである。


参照
・日蓮大聖人正伝(221頁〜)
・日蓮大聖人御在世の信徒たち(37頁〜)

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